第61話

 私たちが次に向かうのは、ヤマトという都市。


 そこは、この国で一番有名な都市で、姫、と呼ばれる偉い人がいるみたい。

 今回の目的は、その人と話して、あるものを手に入れることらしい。


 ただ、その人以外の人には、詳しい事情を説明しても、話がややこしくなるだけなので、また隠れながら、その姫さんの所に行くことになった。


 ドラゴンさんのお墓があった街からは、少し離れているので、今は、ドラゴンさんに乗って移動している。


「この感覚も久しぶりね」


 今は、ドラゴンさんに乗りたいと言うりゅうのみこさんのために、私は体を貸してあげている。


 昔はこうやって、私と同じように旅をしていたって言うし、りゅうのみこさんも、懐かしいんじゃないかな。


「懐かしい、ねぇ。確かにドラゴンさんの背中に乗るのは久しぶりだけど、旅自体はそんなに、懐かしくもないわね」


 そうなの?


「あの時は、大抵誰かに追われてたからね。旅をしているって感覚はなかったわ」


 りゅうのみこさんは辟易した様子。

 その頃のことを思い出してるのかも。


「そう考えると、こうしてのんびり旅をするのは、初めてと言えるのかもね」


 大きく伸びをする。

 ダランと力なくドラゴンさんの背中で手足を広げて、空を見上げる。

 完全に気の抜けた体勢。


 少し大きめの森の中を進む。

 微かに流れる風は、確かに心地よい。


 ついこの前、竜狩りさんに襲われたなんて、信じられないくらい、穏やかな空気。

 のどかな時間。


 こんな時間が、ずっと続いてくれればいいのに。



 そう思ったのも束の間、ガバッとりゅうのみこさんが起き上がった。


 何事かと思ったら、りゅうのみこさんが口を開く。


「ドラゴンさん。右、500メートル」


 何かの指示を出すりゅうのみこさん。


 ドラゴンさんは、その指示だけで何を求められているのかを察したように、その場にピタッと立ち止まった。


 目線は右の方に向けられていて、何かを見つめているみたい。

 それは私の視線も同じで、木々の先にある何かに、ずっと目を向けていた。


 だけど、そこに何かがあるようには見えない。


 視線は共有してるから、りゅうのみこさんに見えているのなら、私にも見えているはずなんだけど。


「見えてる訳じゃないわ。気配よ。誰かが魔族と戦っている、ね」


 魔族と戦っている。

 言われても私にはわからなかった。


 だけど、もし困っているのなら、助けてあげないと。


「見ず知らずの人を?」


 うん。助けてあげようよ。


『はぁ。まあ、この体はあなたのだし、勝手にしたら?』


 途端に頭の中に入ってくるような声。

 つまりは、体が元に戻ったということ。


「ドラゴンさん。行ってみよう」

「ブウウン」


 私が言うと、ドラゴンさんはそっちの方へ向かってくれた。


 木々がたくさんあるから、その間を動くのは大変そうなので、一度空に飛び上がって、気配のした方に向かっていく。


 私にはわからなかったけど、ドラゴンさんには場所がわかっているみたい。


 そして、迷うことなく、向かっていく先には、りゅうのみこさんが言った通り、誰かが魔獣と戦っていた。


「どっしゃぁい!」


 軽やかな動きで魔獣を切り払う。

 その動きは洗練されていて、1つの動きを見るだけでも、この人がすごく強い人だってことがわかった。


 それは男の人で、見た感じ、苦戦している様子はなく、特に困っている訳でもなかったけど、ここまで来たからと、私はその人の元に降りることにした。


 でも、男の人が魔獣を退治するのとほぼ同時で、結局、助けはいらなかったみたい。


「ふぃー」


 男の人は、軽く汗を拭う。


 ズシィン、と音を立てて降り立つと、男の人はこちらに気付いて振り向いた。


「うおっ! 竜様っすか!」


 男の人は、ドラゴンさんを見て、驚いたように少し後ずさる。

 だけど、怯えているという訳ではなさそう。


 竜は、ヤマトミヤコ共和国の、ドラゴンさんの呼び方だよね。覚えてる。


「あの、大丈夫?」


 私は、ドラゴンさんの背中から顔を出して聞いてみた。

 怪我とかをしてるようには見えなかったけど、一応、念のため。


「うおっ! 女の子もいたんすか。大丈夫っすよ。こんなの、朝飯前っすから」


 男の人は快活な笑顔で答える。

 すごく元気の良さそうな人だ。


 見ていて気持ちいいくらい。


「よかった」

「心配してくれたんすか? ありがとっす」


 白い歯を見せる男の人は、ちょっと子供っぽい。良い意味で。

 素直そうというか。


「それにしても、その竜様は、君の友達っすか?」


 男の人の興味は、ドラゴンさんに向かっているみたい。


「家族だよ」

「へー、そうなんすか。いっすね、仲良さそうで」


 ニカッと笑った男の人は、魔獣の亡骸にサッと剣を払い、魔獣の亡骸は砂のように細切れになった。


 多分、全部、切っちゃったんだと思うけど、目にも止まらぬ早さってこういうことを言うんだね。


「すごい」

「そっすか? はは、まあ、慣れっすよ」


 男の人は、剣を鞘に収め、グッと体を伸ばしていた。


「ところで君は、こんな所で何をしてるんすか? まだ旅をするには歳が若すぎると思うんすけど」

「あ、えっと」


 不思議そうな顔をする男の人。


 そうだよね。いつも街に入る時にも、不思議そうな目で見られるし、聞かれるのは当たり前だよね。


 どう答えたら良いんだろう。

 悪い人ではないと思うんだけど。


『旅をしながら、探し物をしてるって言えば良いわ』


 困っていると、りゅうのみこさんがアドバイスをくれた。


『別にこちらのことを怪しい人物と思ってないみたいだし、そんなに、深く詮索もしてこないでしょ。なら、簡単に説明すれば納得するわ』


 そっか。わかった。


「えっとね、ちょっと旅をしながら、探し物をしてるの」

「へー。そうなんすか。大変っすね」


 男の人は、まるで自分のことのように顔を歪めた。


「実を言うと、俺も探し物というか、人を探してるんすけど、中々見つからないんすよね」


 しみじみと言う男の人は、ここ数日、とある人を探しているみたいなんだけど、中々見つけられないらしい。


 手がかりは少なくて、最後に目撃情報のあった場所を調べても、行方は掴めなかったみたい。


 だけど、絶対に見つけなきゃいけない人で困っているんだとか。


「どんな人? 私があったことある人なら、教えてあげられるかもしれないよ?」

「え? うーん」


 男の人が唸った。

 まあ、私が今まで出会った人は、大抵がリリルハさんの国にいる人だから、この国の人で知ってる人なんて、ほとんどいないんだけど。


 でも、もしかしたらという可能性はある。


 もし、力になれるんなら、力になりたい。

 ただ、そう思っただけなんだけど。


「まあ、物は試しっすよね。それに、君なら、もしかしたら、あったことがあるかもしれないっすよね」


 男の人は何かに納得したように頷いた。


 私ならって聞こえたけど、どういうことだろう。

 と思っていたら、その理由はすぐにわかった。


「実は、竜狩りと呼ばれる人を探してるんすよ」

「えっ! り、竜、狩りを?」


 思っても見なかった名前に、私は思わず声が上ずってしまった。


 私の中のりゅうのみこさんの意識も、一瞬にして変わったのがわかる。


『どうして探してるのかを聞きなさい』


 りゅうのみこさんは冷静な口調だけど、咲かすように言う。


「えっと、どうして探してるの?」

「うーん。君には難しいと思うんすけど、その人がいると、色々と困るんすよ。だから、ちょっと、お話ししたいなと思ってるんすよね」


 男の人は、やや苦笑いを浮かべながらそう言った。

 それを聞いて、りゅうのみこさんは頭の中でぶつぶつと呟く。


『この男、まあまあ実力はあるし、頭は弱そうで、使えるかもしれないわね』


 少しだけひどいことを言うりゅうのみこさんは、顔は見えないけど、悪いことを考えている顔をしてるような気がする。


 そして、いつの間にか、体の自由が奪われていた。


「その人、私、知ってます」


 りゅうのみこさんに、また体を使われているみたい。


「えっ! 本当っすか!」


 りゅうのみこさんの言葉に、男の人は食いついた。


「どこにいるか、知ってるっすか?」

「ううん。それはわからないの」


 そう言うと、男の人はあからさまにガックリと肩を落としていた。


「だけど、最後に見た場所までは案内できるよ」

「本当っすか?」

「うん」


 りゅうのみこさんは、こっちだよと言って、ドラゴンさんに進む方向を指示した。


「ありがたいっす。ちょっと手がかりが尽きて困ってたんすよ」


 男の人は、私たちの後ろを軽い駆け足で付いてきた。


 竜狩りの人を最後に見た場所って、あの岩のあった所だけど、あそこまで案内するのかな。


「する訳ないでしょ。護衛よ、ヤマトに着くまでのね」


 りゅうのみこさんは、ニヤッと笑った。

 自分の顔だからわかる。

 今、すっごく悪い顔をしてる。


 でも、体の自由は効かないし。


 嘘ついたら、駄目なんだよ。

 そう言っても、やっぱりりゅうのみこさんは、答えてくれなかった。


 そんなこんなで、男の人と私たちは、しばらくの間、一緒に旅をすることになった。

 もちろん、行き先は変わらず、ヤマトへ。

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