第60話

 辿り着いた部屋は、かなり薄暗くて、外からの光はほとんど入ってこないみたいだった。


 壁には、ちらほらと蝋燭が立てられているけど、多分、普通の人なら何も見えないんじゃないかな。


 さっきは、そんなに広くない部屋に見えたけど、こうして中に入ってみると、思ったよりも空間は広がっていて、ドラゴンさんが元のサイズでも、楽々入れたんじゃないかなと思うぐらいだった。


 歩くとジャリッと音がして、よくよく見てみると、なぜか建物の中なのに、ここだけ下が地面になっている。


 どうしてだろう。


『ここよ』


 りゅうのみこさんの声が、少しだけ優しくなったような気がする。


「ここに何かあるの?」


 部屋を見渡しても、特に何かがあるようには見えないんだけど。

 だって、こんなにも広い部屋なのに、不自然なくらいに何もない。


『それは、魔法で隠されているからよ』

「魔法で?」


 あ、そうなんだ。

 気付かなかった。


 この部屋、魔法をかけられてるんだ。


『まあ、私がかけたんだけど、ずっと昔にね』

「え? そうなの?」


 ずっと昔。

 りゅうのみこさんが、自分で魔法をかけたというのなら、ずっと昔というのは、本当にすごく昔の話ということになる。


 どうしてそんな昔のものが、こんな所にあるんだろう。それも、こんな風に隠された場所が、今も残ってるなんて。


「このかくし部屋も、りゅうのみこさんが作ったの?」

『厳密には違うわ。作るように仕向けたのは私だけど』

「ん?」


 どういう意味だろう。


『長くなるから、後で説明してあげるわ。それよりも、そこに赤い模様があるでしょ?』

「赤い模様?」


 唐突に言われて、模様を探してみると、確かに壁の所に、赤い何かで描かれた模様があった。


「あ、これのこと?」

『ええ、そう。それに触ってみて。あなたなら、それが反応するから』


 少し急かすように言うりゅうのみこさん。


 これって、魔方陣だよね。

 反応するってことは、これにも魔法がかけられているということだと思うけど。


 りゅうのみこさんの口振りから、この魔方陣も、りゅうのみこさんが作ったものなんだろう。


 これが何の魔法なのかわからなかったけど、とりあえず、りゅうのみこさんが言うんだから、危険なものではないんだよね。


 ほんの少しだけ不安だったけど、りゅうのみこさんを信じて、私はそれに触れた。


 すると、その模様は少しだけ赤く光って、すぐに消えてしまった。


「あれ? 消えちゃった」

『これでいいわ。後ろを見なさい』

「後ろ?」


 言われて振り向くと。


「うわぁ!」


 そこには、さっきまでなかったはずの大きな四角い石が立っていた。


 見上げるくらいの大きさがあるその石には、たくさんの模様が刻まれていて、まるで、誰かのお墓みたいだった。


「クウウン」

「ドラゴンさん?」


 それを見た途端、突然、鞄の中にいたドラゴンさんが、飛び出してきた。


「クウウン、クウウン」


 そして、ドラゴンさんは、その石に向かって、何かを言っているみたいだった。

 何を言っているのかは、私にはわからなかったけど。


「ドラゴンさん。この石のこと知ってるの?」

「クウウン」


 ドラゴンさんが頷く。

 心なしか、ドラゴンさんが嬉しそうにしているように見える。


 いつもと顔はあまり変わってないんだけど。


『ここにはね、私と一緒にいてくれたドラゴンさんが眠っているの』


 ふと、そう聞こえてきた。

 それを聞いて、私は、あの光景を思い出す。


 りゅうのみこさんと一緒にいたドラゴンさん。

 りゅうのみこさんを守っていたドラゴン。


 そして、りゅうのみこさんを命がけで守ってくれたドラゴンさん。


『あの時は追われていて、何もしてあげられなかった。だから、ここにお墓を作ったの』


 りゅうのみこさんの感情が伝わってくる。


 悲しい気持ち。

 悔しい気持ち。

 よくわからない気持ち。


 それと同時に、この前みたいに体の感覚が、フワッと変わった気がした。


「また、少し借りるわね」


 あ、また、体が勝手に動く。

 りゅうのみこさんが、私の体を使ってるんだ。


 りゅうのみこさんは、お墓に向かっていって、目の前に膝を付いた。


「遅くなって、ごめんね」


 りゅうのみこさんは、お墓の下の辺りに触れる。

 すごく、懐かしそうに。

 すごく、愛おしそうに。


 ドラゴンさんも、その手を見つめて、ソッと手を添えた。


「また、一緒に旅をしようね」


 りゅうのみこさんがそう言うと、私の周りに、微かに風が吹いた。


 その風は、お墓の周りを回って、被っていた埃を綺麗にする。


 そして、お墓のすぐ下の地面に、ズズズッと穴が開いていって、その穴がどんどん深くなっていった。


「見つけた」


 溢れた声。

 穴の先にあったのは、大きな大きな白い骨。


 ドラゴンさんの顔のような形をした骨や腕の形をした骨、足の形をした骨。


 これが、ドラゴンさんなんだ。


「あの時、なんとかドラゴンさんを取り返したけど、竜狩りにまた襲われそうになって、こんな形で隠すことしかできなかった」


 悔やむように言うりゅうのみこさんは、固く歯を食い縛る。

 痛いくらいに食い縛る。


「本当は、ちゃんとしたお墓を作ってあげたかったのに」


 それだけ漏らして、りゅうのみこさんは黙る。


 沈黙のまま、魔法の風は、ドラゴンさんの骨を優しく包み込み、私の方へと持ってきてくれた。


 白い骨は頭だけが、辛うじてドラゴンさんとわかるものだったけど、触れただけで、それがあのドラゴンさんだということは、完璧に理解できた。


 それは、今、私の体を使っているのが、りゅうのみこさんだからこそなのかもしれないけど。


 たくさんあった骨を、りゅうのみこさんは、少しも残らず上にあげて、目の前に積み上げる。


 そして、その骨の山に、フッと息を吹き掛けた。


 すると、骨の山はその形のまま、少しずつ小さくなって、薄い幕のようなものに包まれた。

 それは、手のひらサイズの玉になって、掌に乗っかった。


「これで、いつも一緒よ」


 手に乗る玉は、微かに暖かく感じる。

 そう感じるのは、りゅうのみこさんの心が暖まっているからなのかもしれない。


 その玉に興味津々という様子で、ドラゴンさんも覗き込んできた。


「クウウン」


 キラリと光る玉に、私とドラゴンさんの顔が写る。


 私の顔はつまり、りゅうのみこさんの表情だけど、2つの顔は、どっちも嬉しそうで、それでいた、泣きそうな顔だった。


 ◇◇◇◇◇◇


『ここはね、私が人間を操って作らせた場所なのよ』

「操って?」


 私は思わず息を飲んでりゅうのみこさんの言葉を繰り返した。


 人間を操ってって、そんなことができるなんて。


『流石に、なんでもかんでもやらせることはできない。だけど、単純に穴を掘らせて、大きなお墓を作らせることはできた』


 簡単な命令で、かつ、短時間であれば、人間を操ることができる。

 りゅうのみこさんはそう言った。


 だから、この場所も、たくさんの人に、数回に分けて、少しずつ少しずつ、作ってもらったらしい。


『そして、ここに、神聖な神が眠っている、という伝説を流した。人間なんて、ちょっとそんな噂を流したら、すぐに信じちゃうからね』


 りゅうのみこさんは、本当に馬鹿なやつら、と吐き捨てる。

 私は、そんなことないよって、言おうとしたけど、それよりも先に、りゅうのみこさんが続きを口にした。


『だからこうして今も、こうして守られているのよ。その他にも、色々と細工はしてるけどね』


 それらをすべて説明するのは時間がかかるから、気が向いたら教えてあげる。

 りゅうのみこさんは、そう言って、話を切り上げた。



『さて、じゃあ、次の目的地に行くわよ』


 そういえば、いつの間にか、体の自由は戻っていて、りゅうのみこさんの声も、私の口からじゃなくて、頭の中に響くものに変わっていた。


「次はどこに行くの?」

『次は、この国の偉い人に会いに行くわよ』

「偉い人? リリルハさんみたいな?」

『まあ、そんな所ね』


 ということは、今度はこんな風に忍び込んだりはしないってことだよね。

 よかった。


『今度は少し警備も厳しいだろうから、気を付けなさいね』


 と思ったら、違ったみたい。


『まあ、見つかっても、どうとでもなるんだけど、めんどくさいからね』

「そもそも不法侵入をしなければ良いんじゃないかな?」


 言ってみるけど、りゅうのみこさんは答えてくれない。

 無視された。


『さあ、行くわよ』

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