第59話

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

『大丈夫よ。早く行きなさい』


 りゅうのみこさんの指示に従って、塀を乗り越える。

 だけど、これ、不法侵入って言うんじゃないのかな。


 私は、りゅうのみこさんと今後の話をして、とりあえず、とある場所を目指すことにした。


 それは、りゅうのみこさんの思い出の場所。

 何ヵ所かあるみたい。


 どういう場所なのかは教えてくれなかったけど、そこにもう一度行くことができれば、思い残すことはなくなるらしい。


 そうしたら、私がアジムさんたちの所に行っても、暴走しなくなるということだった。


 悲しい思いをたくさんしてきたりゅうのみこさんの思い出の場所、というのなら、私もそこに連れていってあげたい。


 そう思って、しばらくはそれを目的として旅をすることにしたんだけど、まず指示されたのが、この街への不法侵入だった。


 この街は、ヤマトミヤコ共和国と呼ばれる国の端にある街で、規模は大きいけど、そんなに警備の固くない、比較的侵入しやすい街なんだって。


 そんな情報、何処から持ってきたんだろう。


『ヤマトミヤコ共和国については知ってるの?』


 不意にりゅうのみこさんの声が頭に入ってきた。


「うーん。よく知らないの」


 レミィさんから、簡単に説明は受けたけど、詳しい話はされなかった。


「でも、リリルハさんの書状は見せない方がいいって言われた」

『リリルハ。ウィーンテット領国の人ね。まあ、そうでしょうね』


 りゅうのみこさんは、さも当たり前というような口調。


『敵対してる、とまでは言わないけど、仲の良い関係でもないからね』

「あ、そうなんだ」


 そんな会話をしながら、塀を乗り越える。

 木に登ったりしながらだから、すごく大変だった。


 りゅうのみこさんが、身体能力を上げる魔法を教えてくれたけど、私にはまだ難しくて、そんなに劇的に能力が上がってないから、尚更なんだけど。


「ふぅ、疲れた」


 いつもはドラゴンさんに助けてもらってたから、余計に感じる。



 さて、どうして、ドラゴンの助けを借りられないのかというと、理由は私の鞄の中にある。


「クウウン」


 私の方から下げた大きめの鞄から、少しだけ頭を出したのは、小さくて、可愛いドラゴンさん。


 なんと、あのドラゴンさんが、こんなにも小さくなってしまったのだ。



『ドラゴンさんをそのままにして、街に入ってたとか、目立ちすぎでしょ』


 と、りゅうのみこさんに言われ、ドラゴンさんの体を小さくする魔法まで教えてもらった。


 その魔法は見事に成功し、こんなに小さくて可愛い姿になっている。


 確かにこれなら、ドラゴンさんも、歩きづらくないし、目立つこともない。


 それに。


「やっぱり、可愛い」

「クウウン」


 ドラゴンさんの頭を撫でる。

 すると、ドラゴンさんは気持ち良さそうな声を漏らした。


 鞄からピョコンと顔を出すドラゴンさんは、いつものようにキリッとした顔をしてるけど、小さい分、いつものような威厳はない。


 だけど、いざという時のために、ドラゴンさんは自分の意思で元の姿に戻ることができるようになっている。



『ドラゴンさんを愛でるのも良いけど、早く行くわよ』


 りゅうのみこさんの声と同時に、頭の中に地図みたいなのが浮かんだ。


 それは、この街の地図のようで、来たことないはずなのに、街の構造がはっきりとわかった。


『まず、ここに向かうわ』


 りゅうのみこさんが示す場所は、何か大きな建物だった。


 何て言う建物なのかはわからないけど、そもそもこの街は、私が今まで訪れたことのある街とは雰囲気が違うみたい。


 木材でできた建物が多くて、なんと言うか、暖かみを感じる。


『私たちが向かうのは、寺院と呼ばれる場所よ』

「ジーン?」


 聞いたことのない建物だ。

 何をする所なのかな。


『まあ、難しい話はいいわ。とにかく私は、そこに行きたいの』


 説明するのがめんどくさそうに、りゅうのみこさんは、話を切り上げた。


 多分、難しい説明をされても、私にはわからないだろうから、やめたんだろうけど。


「うん。わかった」


 とにかく私は、りゅうのみこさんが見せてくれた地図に従って、目的地へ向かうことにした。


 ◇◇◇◇◇◇


「ここ?」

『そう、ここ』


 寺院と呼ばれる場所まで来た。

 大きな三角帽子みたいな屋根と柱、そこの繋ぎ目は複雑な形をしていて、すごく細かい造りをしている。


 たくさんの人が行き来していて、賑わっているように見えるんだけど、雰囲気はそんなこともなくて、静かですごく厳かな感じ。


 りゅうのみこさんの指示通りに、物陰に隠れながらここまで来たけど、ここからどうやってあの建物に入れば良いんだろう。


『ここからさらに奥に行けば、裏口があるわ。そこから入りましょう』

「どうして、そこまで知ってるの?」


 あたかも来たことがあるような口振りだけど、りゅうのみこさんは、あの岩のあった所から動けなかったはずだし。


 不思議に思って尋ねてみると、りゅうのみこさんは、なんでもないような口調で言う。


『ここら辺の構造を魔法で探ったのよ』

「そんなことできるんだ!」


 初めて来た街でも、ここまで完璧に把握できるなんて。


「ん? 魔法っていつ使ったの?」


 りゅうのみこさんが、今、どういう状況なのか、というのは、よくわかっていない。

 だけど、簡単に聞いた話だと、私の中にいる、という状況らしい。


 中にいると言っても、意識だけの話で、私の体を使わない限り何もできないと言っていた。


 だったら、魔法も一緒で、勝手に使うことはできないはずなんだけど。


『あの岩の所にいる間に、世界中を見てたのよ』


 何事でもないように言ってるけど、それって、すごいことなんじゃないのかな。


 世界中、こんなに細かく見て回るなんて、すごい魔法のはず。


『そのうち、あなたにもできるわ』

「そうなのかな」


 りゅうのみこさんは、そう言うけど、私にはとてもそう思えなかった。



 とはいえ、それは今は関係ないので、りゅうのみこさんの言う通り、さらに奥へと向かう。


 すると、言われた通り、建物の裏に入れる所があって、私はそこからソッと中に入った。

 幸い、近くには誰もいないみたいで、簡単に中に入ることができた。


 裏口だからか、中は外から見た時よりも、広くは感じなかった。

 ただずっと通路が続いているだけで、どちらかと言えば、ただの廊下って感じ。


『それじゃあ、まずは姿を消す魔法を使って」

「何それ?」

『はぁ』


 りゅうのみこさんの溜息が聞こえてきた。


 でも、だって、そんな魔法、知らないんだもん。



 それから、私は隅に隠れて、しばらく私はりゅうのみこさんから、必要な魔法の説明を受けた。


 それで、四苦八苦しながらも、なんとかりゅうのみこさんの教えてくれた魔法を使って、姿を消すことに成功した。


『あまり長くは持たないわ。あなたなら特にね』


 ここに来るまでに、この魔法を使わなかったのは、それが理由みたい。


 まだ長く使えないからって。

 うう、ごめんなさい。



 そんなこんなで、なんとか入り込めた私は、りゅうのみこさんの言う通り、右の方へと向かった。


 向かう途中、何人かの人に会ったんだけど、魔法のおかげで、私に気付く人は1人もいなかった。


 そして、突き当たりまで行くと、そこに少し豪華、というのか、厳重そうな扉のようなものを見つけた。


『ここ、ね』


 りゅうのみこさんの声音からは、待ちきれないという気持ちが溢れているようだった。


『魔法で鍵を開けて。やり方はさっき教えた通りよ』

「う、うん、わかった」


 勝手に入って良いのかな。


 だけど、りゅうのみこさんにそんなことを言える雰囲気ではなくて、私はそのまま、さっき教えてもらった魔法を使って、その扉の鍵を開けた。


 さっきは上手くいくか心配だったけど、簡単に開けることができた。


 扉の先には明かりはなくて、遠くの方に広い部屋があるように見えるけど、詳しいことはわからなかった。


「ねぇ、本当に入って良いの? 悪いことはしちゃ駄目だよ?」

『心配する必要はないわ。ただ、私の持ち物を返してもらうだけだから』


 りゅうのみこさんは、ずっと同じことしか言ってくれない。

 りゅうのみこさんの持ち物が何なのかも、教えてくれない。


 りゅうのみこさんは、それで話は終わりとでも言うように、沈黙してしまった。


 仕方なく、私は扉を抜けて、奥にある広い部屋の方へと向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る