第58話
「竜狩り、さん」
そこにいた竜狩りさんは、今にも襲いかかってきそうなくらい、鬼気迫る雰囲気があった。
そんな竜狩りさんに、りゅうのみこさんは、へぇ、と場違いなくらい興味深そうな声を漏らす。
「あなたが、今の竜狩りさんなのね」
だけど、りゅうのみこさんの静かな声の中には、激しい怒気を込めているように感じた。
竜狩りさんは、そんな怒気に全く気圧されることなく、私じゃなくて、りゅうのみこさんの方を睨んでいる。
「お前は、何者だ?」
「私は先代の竜の巫女よ。あなたの祖先が倒した、竜の巫女よ」
「なんだと?」
何の捻りもなく、率直に言う、りゅうのみこさんは、竜狩りをからかうように、ケラケラと笑う。
「素敵な顔ね。絵に描いたような間抜け面」
「ふざけたやつだ」
竜狩りさんは、苛ついたように剣を構え、今にも飛びかかってきそう。
「ねえ、ほら早く、私を解放して。じゃないと、あの竜狩りさんに、殺されちゃうわよ」
りゅうのみこさんは、全く焦った様子もなく言う。
ハッとしてドラゴンさんを見る。
ドラゴンさんは、竜狩りさんの臨戦態勢を見せるけど、この前の感じだと、勝てるとはとても思えない。
私なんて、もっと相手にならないし、ここでは、この前みたいにレミィさんに助けてもらうということもできやしない。
助けてくれるとしたら、この、りゅうのみこさん、だけ。
「ほら、早く!」
「させるか!」
竜狩りさんが突っ込んできた。
私は咄嗟に手を伸ばす。
だけど、岩に手が届く前に竜狩りが迫ってきて、触れるのに、間に合わなかった。
「グオオオン!」
「くっ。邪魔だ!」
間に合わなかった。
はずだけど、ドラゴンさんが、私を庇ってくれたおかげで、何とか、岩に手を触れることができた。
その瞬間、いつものように、光が溢れて、頭の中に、色んな光景がよぎっていく。
ただ、いつもと違って、何処かの空間に飛ばされる感覚はなかった。
記憶を思い出すこともなくて、ただ、目の前に夥しい光景が流れていく感じ。
「う、あ、ぐ」
頭が痛い。
情報が物理的に頭に詰め込まれるみたいで、ガンガンガンガン、金槌で叩かれたみたいに痛い。
「うあ、あぁぁぁ!」
痛い。
痛い。
痛い!
目がチカチカする。
視界が真っ白になる。
何も見えない。
頭が痛い。
しかも、意識がどんどん薄れていく。
ううん。違う。
薄れていくと言うより、なんか、夢の中に入っていくような感覚、と言う方が正しいのかな。
とにかく、感覚がどんどんフワッとしていった。それに比例して、頭の痛みも少しずつ収まっていって、視界も少しずつ、元に戻っていった。
そして、夢の中にいるみたいに、完全に体がフワッとした所で、痛みが完全に落ち着いた。
あれ?
でも、声が出ない。
「ああ、久しぶりの生身の体は、いいわね」
私の声が出た。
「くっ。遅かったか」
いつの間にか、竜狩りさんが、目の前にいた。
だけど、いつの間にか、私は竜狩りさんの剣を素手で受け止めていた。
違う。これ、私じゃない。
今の声も、私の声だけど、私が話したものじゃない。
これは、りゅうのみこさんだ。
「少しの間、体を借りるわよ。助けてあげる、お駄賃と思いなさい」
「ごちゃごちゃと!」
竜狩りさんは、剣を無理やり引き抜いて、もう一度私に向かって切りかかってくる。
だけど、それも、私は魔法で防いでしまった。
もちろん、体を動かしているのは全部、りゅうのみこさんだけど。
りゅうのみこさんは、私の体を、魔法を、私よりもうまく使いこなしている。
私と、りゅうのみこさんが同じ存在だって言うなら、当然なのかもしれないけど。
「あら? まだ、この魔法も思い出してないの?」
りゅうのみこさんは呆れたように言って、手から溢れる光で、光る剣を作り出した。
「小癪な」
竜狩りさんと剣を打ち合う。
目にも止まらない早さで、繰り広げられる剣の応酬に、私は全くついていけなかった。
なのに、体は勝手に動いていて、すごく不思議な気分。
気付かないうちに、私は両手に光る剣を握っていて、竜狩りさんの攻撃を完璧に捌いていた。
その動きはまるで踊っているみたいに優雅。
竜狩りさんの攻撃は、荒々しくて、粗忽なものに見えるけど、私の体は、それを全て受け流している。
「昔のあいつより、大分手応えがないのね」
竜狩りさんの剣を上に弾いて、剣の塚の部分で、竜狩りさんのお腹を辺りを殴る。
「ぐっ!」
竜狩りさんは、足でそれを防いだけど、威力が強すぎたからなのか、体勢を崩した。
それを見逃さず、今度は竜狩りさんの顎を蹴りあげた。
「がっ!」
クリーンヒット。
竜狩りさんがのけ反る。
「ドラゴンさん!」
「グオオオン!」
りゅうのみこさんの声に反応して、ドラゴンさんが炎を吐く。
その炎は、私の右手に持つ剣に吸い込まれて、剣はオレンジ色に色を変えた。
剣を振るうと、そこから炎が舞い上がって、辺りが燃え上がる。
「今ここで、あの時の復讐をしてあげようかしら?」
辺りには炎が立ち込めているのに、何故か、氷に閉ざされているかのように冷めきっていた。
それは、りゅうのみこさんの魔法によるものだと思う。
私の左手にある剣は、凍りついていて、これでもかと冷気を放っている。
炎と冷気で、辺りには、白い霧が発生する。
白い霧は、生き物のようにうねって、大きなドラゴンさんのような形を作った。
私の持っている剣みたいに、炎を宿したドラゴンさんと、白い霧で作られた冷気に包まれたドラゴンさんが、私の後ろに控えている。
「くっ。厄介だな」
竜狩りさんは、見定めるように、私たちを見比べる。だけど、それを待たずに、炎を纏った剣を振るった。
炎は竜狩りさんを襲い、それを避けた竜狩りさんを、今度は氷の礫が襲いかかる。
なんとか剣で弾く竜狩りさんだけど、形勢は完全にこちら寄りだった。
すごい。
ドラゴンさんでも、全く歯が立たなかったのに、こんなにも、りゅうのみこさんが強いなんて。
「言っておくけど、これは、あなたの体の力よ。私はそれを使いこなしているだけ」
私の頭の中を読んで、りゅうのみこさんが答えてくれた。
だけど、そうなんだ。
この力は、元々、私にも備わっているものなんだ。
これ程に強力な力を、私は秘めていたんだ。
「分が悪いか」
ふと、竜狩りさんの呟きが聞こえてきた。
「あら? 逃げるの?」
「ああ、退散させてもらう」
「逃げられると思ってるの?」
両手の剣を振るうと、竜狩りさんの後ろを炎と氷が塞いだ。
まだ竜狩りさんとの距離は離れているけど、この分だと、多分、それはあってないようなものなんだろう。
だけど、竜狩りさんは、まだそんなに切羽詰まったような表情はしてなくて、注意深く周りを見渡していた。
「勘違いするなよ。俺とお前に、そこまでの力の差はない」
竜狩りさんは、剣をこちらに向けた。
「負け惜しみにしか聞こえないわ」
「どう思おうと構わん」
竜狩りさんは、私たちに向けていた剣を、グルンと回して、後ろの炎と氷を切り裂いた。
そして、そのまま、私たちの方へも、その剣で発生した風が迫ってきて、魔法で防いだけど、その衝撃は凄まじいものだった。
私の後ろにある木々は、風で切り刻まれる。
そして、視界が見づらくなると、さらに2、3回、魔法で作られた壁に風がぶつかった。
そして。
それで視界が遮られ、次に見た時には、竜狩りさんの姿は何処にもなかった。
「あら? 逃げ足の早さは、あの時のやつ以上かも?」
竜狩りさんの姿が見えなくなると、手に持っていた剣は、スウッと消えてしまった。
それと同時に、空間に広がっていた炎と冷気も、一瞬で消える。
それを見て、私はやっと落ち着くことができた。
よかった。なんとか助かったんだ。
ありがとう。
りゅうのみこさん。
「お礼なんていいわ。この体が傷付くのは、私も嫌だし」
りゅうのみこさんの声は、すごく優しいものだった。
今まで、りゅうのみこさんって、少し恐い印象があったけど、そんなこともないのかもしれない。
「さて、それじゃあ、体を返してあげる」
その言葉と共に、一瞬だけ体が重く感じた。
それから、なんとなく不思議な感じがして、指を動かしてみると、私の思った通りに動いてくれる。
「あ、戻った」
声も戻ったみたい。
自分の体を探ってみるけど、変な所は見当たらなかった。
『どう? ちゃんと戻ったでしょ?』
そして、頭の中に、りゅうのみこさんの声が聞こえてきた。
と言っても、その聞こえる声は私のものだから、なんか、違和感があるんだけど。
「うん。よかった。じゃあ、早くアジムさんたちの所に戻らないと」
そう。私は早く戻らないといけない。
アジムさんに攻撃をして、そのままここまで来てしまったけど、アジムさんのことが心配だし、ちゃんと謝らないといけない。
許してもらえるかはわからないけど、それでもちゃんと謝りに行かないと。
そう思って、ドラゴンさんに乗ろうとすると、不意に足が重たく感じた。
「あれ? んー。んー!」
『ちょっと待って』
重たい足を、無理やり動かそうとしていると、またりゅうのみこさんの声が聞こえてきた。
『あの人たちの元には戻らない方がいいわ』
「え? どうして?」
謝らないといけないのに。
『記憶が共有されてわかったけど、あなた、まだ不安定な状態なのよ』
「不安定な状態?」
首を傾げる。
目の前には誰もいないから、他の人が見てたら、おかしな光景かもしれないけど。
それに、とりあえず、声を出すけど、それが必要なのかもわからない。
まあ、気分的に。
『記憶の欠片は、私たちのような存在に共有のものという話はしたわよね』
「うん」
『そして、その記憶の欠片で、あなたは我を忘れたことがあったわよね?』
「あ、うん」
確かにそう。
アジムさんの時は、自分の体が自分の体じゃないみたいに、勝手に動いてしまった。
それのせいで、私はアジムさんたちに攻撃してしまったんだ。
『それは、私の記憶があなたに共有されたから。当時の私の感情を読み取ったから、だから暴走した。あなたの意思とは関係なしに。どういうことかわかる?』
なんとなく、りゅうのみこさんの会いたいことがわかった。
「じゃあ、またアジムさんたちに会えば、あんな暴走をしちゃうの?」
『その可能性は高いわ』
私が、人間を許すことはないから。
そう小さく付け足したりゅうのみこさんの声からは、本当に黒い感情が込められていた。
『少なくとも今は、あの服を来ていた人間たちは、近付かない方がいい。私が暴走しかねないから』
りゅうのみこさんが暴走すれば、多分、また同じことが起きてしまう。
それを起こさないためには、今は距離をおいた方がいい。
そういうこと、か。
「うん、わかった」
それなら、どうしようもない。
謝りに行きたいけど、行ってまた怪我をさせたら、意味がないもんね。
少し時間をおいて、落ち着いたらちゃんと謝りに行こう。
ちゃんとお話しすれば、話は聞いてくれるはずだから。
『良い子ね』
りゅうのみこさんは、フフっと笑ってくれた。
『それじゃあ、今後のことについて、ちょっと相談しましょう』
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