第55話 その前に その四

 ヒミコの部屋と思わしき部屋の捜索を始めたリリルハたちだったが、これだけ広い部屋にも関わらず、置いてあるものはそれほど多くはなかった。


 必要最低限の生活家具ぐらいしか置いておらず、街の統治者の部屋にしては、かなり質素なものに見える。


 しかし、そんな中でも、計算された物の配置や、整頓された資料の束に、レミィは感心したように声を漏らした。


「へー、リリルハ様の部屋よりも整理されてるみたいですね」

「うっ。別に、私の部屋は関係ありませんわ」


 レミィが言うように、リリルハの部屋はお世辞にも綺麗と言えるものではなかった。


 というより、レミィたちメイドがしっかりと掃除をしているため、見た目こそ綺麗さを保っているものの、もし、それがなければ、悲惨な状態になっているであろうというのは、両者ともに認識していることだった。


 というのも、リリルハは自分の部屋で仕事をすることも多く、そのための書類を溜め込んでいるのだが、忙しさゆえに、使い終わった資料を片付けることなく、次の仕事へ行ってしまうため、どんどんと溜まってしまうのだ。


 それもこれも、レミィたちが、次から次へと整理整頓をしてくれるための甘え、と言えなくもないが、どちらにしても、リリルハは整理整頓が得意なタイプではなかった。


「細かな所まで目が行き届いています。少しは見習っていただきたいですね」

「わ、わかりましたわよ。帰ったら、少し整理しますわ」


 このままでは、本気の説教が始まりかねないと、リリルハは早々に話を切り上げる。


 と、そんな会話をしている最中、リリルハはふと、何かに触れた。


「ん? これは?」


 それは、小さな箱のようなもので、一見は何かの小物入れくらいにしか見えないのだが、微かに感じるのは、魔法の痕跡だった。


 リリルハは、無言でレミィの方を見る。


 レミィも察したようで、ソッと近付き、慎重な手付きでその箱に触れた。


「なるほど。隠し細工ですか」


 レミィは、フワフワと、箱の周りで手を揺らし、魔法で光の線を描く。

 すると、箱はグラグラと震えて、やがて、パカッと開いた。


 そこには、小さな鍵が入っており、それ以外には何も入っていない。


「それは?」

「恐らく、隠し部屋のものですね。魔法により、この鍵を使わなければ、警報がなる仕組みなのでしょう」


 ですが、と、レミィは悪巧みをする、物語の犯人のような笑みを浮かべた。


「この箱にも、そういう仕掛けをするべきでしたね。複雑な仕組みの魔法でしたが、私にかかればこんなもんです」


 そう言うレミィを見て、リリルハは、今度から大事なものは、レミィの入れない場所、見つからない場所に隠しておこうと誓ったのだった。



「まあ、とにかく、その隠し部屋というのに、何か秘密がありそうですわね」

「ええ。その鍵穴は……、ああ、あそこですね」


 キョロキョロと部屋を見渡したレミィは、すぐに鍵を使えそうな場所を見つけてしまった。


 部屋の1番奥。

 ちょうど観葉植物に隠れた場所にあった鍵穴は、レミィの持つ鍵がちょうど入りそうな形をしている。


 観葉植物をどかして、レミィが鍵穴に鍵を差し込む。

 そして、ガチャリと右に回すと、ガコンと音がして、すぐ近くの壁にまっすぐな亀裂が入り、微かな段差ができた。


「ここから、何処かに行けそうですね」


 段差に指をかけて、手前に動かす。

 すると、壁が扉のように動いて、その先へ続く道が現れた。


「ここが、隠し部屋ですわね」

「そのようです。一応、すぐにはばれないように、偽装の魔法をかけておきましょう」


 レミィは魔法をかけると、開いていた壁が、元の姿に戻っているように見えた。


「これなら、大抵の人にはばれません。相当な実力者でもなければ、魔法の解除、そもそも認識ができないはずです」


 レミィがリリルハの手を掴んで、開いていた壁に進むと、何に当たることもなく、先に進むことができた。


「時間稼ぎには持ってこいですわね。隠し部屋を調べている間に、ヒミコが戻ってきて、見つかったら、洒落になりませんもの」


 リリルハとレミィは、隠し部屋に続くと思われる通路を、道なりに進んでいった。


 通路はかなり狭くて、人1人がギリギリ通れるくらいの道しかない。

 しかも、その通路は、ジグザクに入りくんだ作りになっており、入ったり戻ったりを繰り返していた。



 そうして、しばらくした頃、リリルハたちは、やっと少し開けた空間にたどり着くことができた。


 そこは、多くの図書が保管された部屋のようになっており、壁にある棚には、書物がぎっしりと詰め込まれていた。


「これは、何の部屋ですの?」


 リリルハは、とりあえず1つの本を手に取ってみた。


 タイトルには、竜の巫女に関連する史実集4巻、と書かれている。


 その他の本を見ても、どうやら、竜の巫女に関する歴史の本が置かれているようで、中をサラッと見てみると、先ほどヒミコがリリルハたちに説明していたような内容も読み取ることができる。


「なるほど。ここは、資料館のようなものですね。代々、竜の巫女に関する資料を保管している場所なのでしょう」


 リリルハと同じように、いくつかの本を読み、レミィがそう説明する。


「そのようですわね。となると、少し気にはなりますが、私の求める情報ではなさそうですわね」


 リリルハは、疲れた様子で、本を元の場所に戻した。


 リリルハが求めているのは、あくまでアリスに関連する情報。

 具体的に言えば、ヒミコとエリザベートが、どのような話をしていたか、というもの。


 しかし、ここには歴史の本しか置いていないようで、例えば、エリザベートとの会話のメモなどは置いていなさそうだった。


 リリルハは、早々に諦め、元来た道を戻ろうと、足を動かす。


 が、何故か、レミィは本を読んだまま、動こうとする気配がなかった。


「レミィ?」


 リリルハの声かけにも反応することなく、レミィは真剣に本を読んでいる。


 流石に不審に思い、レミィの元へ近づくリリルハだったが、そんなリリルハに、レミィは深刻な顔を向けた。


「リリルハ様。先ほどのヒミコ様との会話を覚えていますか?」

「さっきの会話ですの? それはもちろん、覚えていますわよ」


 この国において、竜の巫女が神のような存在として語り継がれていること。

 そして、その竜の巫女の生まれ変わりかもしれない、アリスに興味を持っているということ。


 リリルハは、軽く頭の中で整理した。


 肝心の竜狩りへの対処法方など、知りたい情報のすべてを手に入れた訳ではなかったが、話としてはそんな所だった。


 しかし、何故そんなことを聞くのかと、リリルハが尋ねようとした所で、レミィが自分の見ていた本をリリルハに見せた。


 それは、さっきまでリリルハが見ていた本と同じような、歴史のことが書かれた本のようだった。


 しかし、レミィが見せたページは、歴史に関することではなく、筆者の考察が書かれた部分。

 そこには、先ほどのヒミコとの会話では聞いていない内容が書かれていた。


 リリルハは、レミィから本を受け取り、その内容を読んだ。


「えっと、竜の巫女様は、神が遣わした存在。いずれまた、この世界に降臨されるだろう。その時、我々は、竜の巫女様の裁定に完全に従わなければならない」


 この筆者も、竜の巫女という存在を崇拝してるのだろう。そう思わせる文章だったが、レミィが伝えたいのは、そういうことではないようだ。


「竜の巫女様の決定は絶対である。それを邪魔することは許されない。これは、未来永劫変わることはないだろく。そして、我々は、竜の巫女様の決定に、全身全霊をもって、お力添えしなくてはならない」


 その書きぶりからして、この本を書いたのは、この国の主要な人物だったのだろう。

 そして、この本によって、国の方針を代々受け継いできたのかもしれない。


「竜の巫女様の望みは、人間を滅ぼし、もう一度生まれ変わるチャンスを与えることである。それは、これからも変わらない。そのために」


 そこまで言って、リリルハの声が止まった。

 そこから先に書いてあったことに、驚いたから。


 それでもなんとか続きを読み進める。


「これから先、新たに生まれてくる竜の巫女様は、この世界のことを知らない。だからこそ、我々は、竜の巫女様の生まれ変わりをいち早く発見し、もう一度、人間の是非を問わなければならない。そして、もう一度、願わなければならない、人間を滅ぼすようにと」


 リリルハは、この文章の意味を考えた。


 が、その答えは1つしかなかった。


「ヒミコは、アリスに人間を滅ぼさせようとしているということですの?」

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