第44話

 私はドラゴンさんと二人きりにしてもらった


 エリーさんが、宮殿の部屋を1つ貸してくれたから、私は今、そこにいる。


 私は椅子に座って、ドラゴンさんを見る。


「ドラゴンさんは、どうして、私についてきてくれるの?」


 答えなんて返ってこないって、わかっている。

 けど。


「ドラゴンさんは、自由になりたいの?」


 ドラゴンさんが首を振ったようにも見えた。

 でも、それも、私がそうさせているのかもしれない。



「あなたとヤマトミヤコ共和国の伝承の女に、どんな関係があるのかは知らないけどぉ、もしかしたら、同じようにドラゴンさんを操れる力があるのかもねぇ」


 だから、ドラゴンさんは私についてきてくれるんじゃないか。


 エリーさんはそう言っていた。


 そう考えればすごく納得できる。


 ドラゴンさんが私についてきてくれるのも。

 ドラゴンさんが私を守ってくれるのも。


 私には記憶がない。

 だから、ドラゴンさんを洗脳した記憶もないのかもしれない。


 だったら、私はどうすればいいのか。


 それを考えないと……。



「アリス様。いらっしゃいますか?」


 コンコンと扉を叩く音と、レミィさんの声が聞こえてきた。


「入ってもよろしいですか?」

「うん」


 少し迷ったけど、入ってもらうことにした。


 少しだけ話を聞いてもらいたかったから。


「大丈夫ですか? アリス様」

「うん。大丈夫だよ」


 私は笑顔を作る。

 うまく作れてるかわからないけど。


 レミィさんは、私の隣に座って、ドラゴンさんの方を見る。


「お悩みですか?」


 だけど、声は私の方に向かっていた。


「うん。悩んでるの」


 私は正直に言う。

 すると、レミィさんはクスッと笑った。


「その割には、そんなに落ち込んでる様子はないですね」

「そう?」


 はい、とレミィさんが言う。


 でも、そうだね。

 悩んでるけど、どうしたらいいかわからないけど。


 落ち込んではいないかも。


「私、ドラゴンさんがどうして一緒にいてくれるのかわからないの」

「はい」

「だから、エリーさんの言う通り、私がドラゴンさんを拘束してるかもしれないの」

「ええ」


 その疑いが晴れることはない。

 私が、記憶を思い出さない限り。


 だから。


「私、早く記憶を取り戻すの」


 私は強く決意して言う。


「記憶を思い出して、ドラゴンさんと、どうして一緒にいるのかを思い出すの。それで、もし、私がドラゴンさんを拘束してるなら、解放してあげるの」


 私の答えにレミィさんは何も言わない。

 だから、私は続ける。


「私はまだ何も知らない。何も覚えてない。だから、ちゃんと知って、考えて、そして、悪いことをしてたら、謝ろうと思うの」


 言い切ってから、レミィさんの方を見る。


 そしたら、レミィさんは優しくこっちを見て笑っていた。


「アリス様は、強くなられましたね」


 レミィさんが頭を撫でてくれる。

 少しくすぐったいな。


 でも、強くなれたのは、私の力じゃないよ。


「この前ね、リリルハさんに会ったの。そこでね、リリルハさんが言ってくれたんだよ」


 私がどんな存在でも、私を大好きでいてくれる。ちゃんと叱ってくれる。


 だから、私は自信を持って答えを出せたんだと思う。


 私は、この前のテンちゃんのいた街で、リリルハさんが言ってくれたことを話した。


 それを聞いたレミィさんは、驚いたように目を見開いたあと、懐かしむように目を細めた。


「あの人は、本当に……」


 何かを言いかけて、レミィさんが口を閉じる。


 でも、その顔はすごく優しそうで、何か嬉しい出来事を思い出しているようだった。



「あらぁ? もうお悩みタイムは終わりなのぉ? ざぁんねん」

「え?」


 不意に扉の方から声が聞こえてきた。

 見ると、そこには残念そうな顔のエリーさんがいた。


 エリーさんは、やれやれ、といった様子で肩をすくめたあと、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこっちに来た。


「もうすこぉし、悩んでる顔が見たかったけどぉ、意外としっかりしてるのねぇ」


 エリーさんは、私の顔をまじまじと見ている。


「エリザベート様。まさか」

「ふふ。あら? どうかしたのかしらぁ?」


 レミィさんがジトッとした目でエリーさんを睨む。


「冗談は言わないと言いませんでしたか?」

「冗談ではないわぁ。その方が手っ取り早いしぃ、確実でしょ? ただ、それだけが答えなんて言ってないわよぉ」

「しかし……」



 そのあとも、レミィさんはエリーさんに色々と言っていたけど、エリーさんはのらりくらりと答えを返していて、やがてレミィさんは諦めたように溜息を漏らした。


「まあ、あなたのその性格は今さらですか」

「そうねぇ。あはは」


 エリーさんが笑う。

 レミィさんが呆れたように肩を落とす。


 レミィさんのこんな姿、珍しい。


 いつものレミィさんはなんでもそつなくこなして、なんでも知っていて、余裕たっぷりなのに、今は完全にエリーさんに負けちゃってる。


 すごく新鮮な光景だ。


 そんなことを思っていると、レミィさんと話していたエリーさんが、こちらを向いた。


「それで、本題に入るけどぉ、あなたはドラゴンさんと、旅を続けるのねぇ?」

「うん」


 エリーさんの質問に答える。はっきりと。


 その答えに、エリーさんが微かに笑った気がした。


「まあいいわぁ。そう決めたならぁ、私にとやかく言う筋合いはないしぃ」


 エリーさんはそう言いながら、部屋の扉に背をもたれた。


「でもぉ、そうなったらぁ、あなたはまた竜狩りに襲われるわぁ。それでもいいのねぇ」

「うん。なんとかするの」


 エリーさんの鼻で笑うような声が聞こえた。


「あなたになんとかできる訳ないわぁ」


 コツコツと私に近付き、私を見下ろしてくる。


 顔は笑顔なのに、すごい威圧感で、すごく恐い。

 だけど、目をそらしちゃ駄目だと思って、私もエリーさんを真っ直ぐに見た。


 そうして、少しの時間が過ぎて、エリーさんは唐突に口を開いた。


「でもぉ、相手の弱点を知ってたら、話は別にいかもねぇ」

「弱点?」


 あんなに強そうな人に弱点なんてあるのかな。

 想像できないけど。


「エリーさんは、なにか知ってるの?」

「しらなぁい」


 あっけらかんとした様子で言うエリーさんは、楽しげに笑った。


「だってぇ、興味もないもぉん」

「エリザベート様」


 レミィさんが窘めるように言う。

 けど、エリーさんは、テヘッと舌を出すだけだった。


「まあでもぉ、知ってるかもしれない人ならいるでしょう?」

「知ってる人? いるの?」

「ほら、あそこ」


 エリーさんが指差したのは、私の持ってる鞄。


 鞄?


 何を言ってるのかわからなくて、首を傾げると、エリーさんが鞄の方に歩いていって、おもむろにゴソゴソと何かを探す。


 そして、取り出したのは、四角い箱。


 それは。


「アジムさんの……」


 それはアジムさんからもらった魔法の箱。

 アジムさんとミスラさんを呼ぶことができる魔法の箱。


 でも、その箱のことなんて、エリーさんに話してないのに、どうして知ってるんだろう。


 しかも、特別誰かに見せたこともないのに、どうして形まで知ってるんだろう。


 でも、エリーさんはさらに深いことまで知ってるみたい。


「確か、ドラゴンキラー、だったかしらぁ? あはは。まあ、本物とは思えないけどぉ」


 エリーさんは、四角い箱をカチャカチャと弄ると、それを床に叩きつけた。


 その瞬間、四角い箱から白い光が眩しいくらいに溢れだして、部屋を包み込んだ。


「ひゃあ!」


 私も眩しく過ぎて目を瞑った。



 それから少しして、光が収まったから、ゆっくりと目を開くと、そこには。


「え、えっと」

「な、なんだ! これは!」


 食事をしていたと思えるテーブルと、唖然とした表情のミスラさん。


 剣を構えて、周りを警戒しているアジムさんがいた。


「アジムさん! ミスラさん!」

「え? アリス?」


 いきなり現れた2人。

 そうだ。あの魔法の箱で2人を呼べるんだった。


 でも、いきなり、どうして?

 

「この人に聞いてみましょう?」


 エリーさんは、ポンポンとアジムさんの肩を叩く。


 そんな訳のわからない空間で、エリーさんだけが平然とした様子で、そう言った。

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