第45話

「さて、アジムくんだったかしらぁ? さっさと話しちゃってぇ」


 アジムさんとミスラさんを用意した椅子に座らせて、エリーさんが笑顔で問いかける。


 何が起きたのか理解できない2人は、しばらく固まっていたけど、やがて、ミスラさんが口を開いた。


「えっと、この状況は、どういうことなんでしょうか?」


 ミスラさんも緊張しているみたい。

 と言っても、当たり前の疑問だよね。


 でも、エリーさんは、説明する気がないのか、頬杖をついたまま、にこやかに笑うだけだった。


 それを見かねたレミィさんが、エリーさんの少し後ろから声を出す。


「以前にアリス様とお会いした際、アジム様は、自分のことをドラゴンキラーだと仰ったようですね」

「え? あ、ああ」


 急に話題を振られて、アジムさんはタジタジしている。


 ミスラさんの視線はアジムさんの方に向いていた。まるで、あんた、また何やったのよ。とでも言っているような目だ。


 それにアジムさんは、全力で首を振っていた。


「私たちは今、竜狩りと呼ばれる存在について調べています。そこでですが、この竜狩りとドラゴンキラーというのは、とてもよく似ていると思うのです。アジム様。あなたは竜狩りという存在について、何かご存じなのではありませんか?」

「え? あー、え?」


 アジムさんは、目を泳がせて、しどろもどろ。

  いつもの自信たっぷりなアジムさんの面影は、何処にもなかった。


「えっと、宜しいですか?」

「はい。ミスラ様、どうぞ」


 アジムさんが何も言えないうちに、ミスラさんがおずおずと手を上げて言う。


「多分、この子、ただかっこいいから、そんなことを言ってるだけだと思うんですよ。その、竜狩り、とかについて、何か知ってるとは思えないんですけど」


 一瞬の沈黙。

 それから口を開いたのはエリーさんだった。


「でもぉ、ドラゴンキラーでしょう? 魔族キラーでも、なんでもいいはずなのに、あえてドラゴンにしたのはどうしてぇ?」


 またも視線はアジムさんにいく。


 みんなの視線が集まって焦った様子のアジムさんは、かなり目を泳がせて、やがて、弱々しい声で答えた。


「少し前に会った人が、自分は竜を狩る者だって言っていたのがかっこよくて、真似、してました」


 誰も怒っていないのに、アジムさんは怒られた子供のように小さくなっている。


 ちょっとだけ可愛い。


「竜を狩る者、ねぇ。どんな人だったかしらぁ?」

「白い髪で筋肉ゴツゴツのおじさんだった」

「あ、一緒だ」


 私を襲ってきた人も、白い髪をしていた。

 すごく逞しかったし。


 それを聞いて、レミィさんはエリーさんに尋ねる。


「同一人物、ということでしょうか?」

「さあねぇ? それだけじゃわからないけどぉ。調べてみたらぁ?」


「わかりました」


 おもむろにレミィさんはアジムさんに近付いていく。


「少しだけ、失礼します。その男の人を思い浮かべてください」

「え? あ、ああ」


 アジムさんは、少し上を向いて思い出そうとする素振りを見せた。


「浮かべましたか?」

「まあ、うっすらとは、うおっ!」


 突然、レミィさんはアジムさんのすぐ目の前に手をかざした。


 いきなりのことで、アジムさんは驚いてのけぞっていたけど、レミィさんはそんなアジムさんの体を支える。


 そして、レミィさんがかざした手から光が漏れて、アジムさんの頭を辺りを光が漂い始めた。


 その光は、徐々に何かの形に変わっていって、やがて1人の顔ができあがった。


「あ、この人」


 その人は私も見覚えのある人だった。


 つまりは、この前、私を襲ってきた人。

 竜狩りの人だ。


「ふふ。これで確定ねぇ。アジムくんは、竜狩りに会ってるわぁ」


 エリーさんは満足げに笑った。


「アジムくん。その男とは何処で会ったのかしらぉ?」

「え? えーっと、あれは、確か、アスニカって町に行っていた時だったような」


 アスニカ?

 聞いたことない町。


 どんな町なのかを聞いてみると、レミィさんが簡単に説明してくれた。


「アスニカと言えば、ドラゴンの加護を受ける町と言われていますね」

「へー」


 ドラゴンさんの加護を受ける町って、なんかすごいな。


 なんでも、遥か昔にドラゴンさんと友好な関係を気付いていて、今でもドラゴンさんの加護を受けていると考えられてるみたい。


「竜狩りとして、ドラゴンにまつわる場所に来ていた、ということでしょうか?」

「まあ、普通に考えればそうねぇ。でもぉ、それだけじゃないわぁ」


 レミィさんの推測にエリーさんが口を挟んだ。


「おそらく、アリスちゃんを探してたのねぇ」

「へ? 私を?」


 どういうことだろう。

 私はこの前、初めてあの男の人に会ったのに。


「正確には、アリスちゃんのような存在、と言った方がいいのかもしれないけど」


 私のような存在?

 ますます意味がわからない。


「どういうこと?」


 聞いてみたけど、エリーさんはニヤニヤとするだけで答えてはくれなかった。


 仕方なく、レミィさんの方を見ると、レミィさんは複雑な表情で、エリーさんを見ている。


 そして、神妙な声音で尋ねた。


「それは、つまり?」

「ふふ。ええ、そうよ」


 2人の間では、会話が成り立っているみたい。

 本当にどういうことなんだろう。


 チラッとアジムさんたちの方を見ても、途方に暮れてるみたいだし。


 なんて思っていると、唐突にエリーさんが、パンッと手を打ち鳴らした。


「方針が見えたわねぇ。それじゃあ、アリスちゃんには、アスニカに行ってもらうわぁ」

「え? アスニカ?」


 話が見えないまま、話が進んでいっちゃう。


 アスニカって、何処なの?

 どうして、アスニカに?

 疑問が頭の中を飛び交う。


 どうしよう。


 どうしよう。


「大丈夫ですよ。私もご一緒いたしますから」

「あ、そうなの」


 困っていた私に、レミィさんが言ってくれる。


 それならよかった。

 レミィさんがいてくれるなら、安心だ。


「あ、それは駄目よぉ。レミィには、他の仕事をしてもらうからぁ」

「え?」


 がーん。

 レミィさん。一緒に来てくれないんだ。


 じょあ、やっぱり、1人で行かないといけないんだね。


 しかし、そんな落ち込んでる私に、エリーさんが声をかけてきた。


「その代わり、2人を連れて行けばいいわぁ」

「え? 2人って……」


 エリーさんは、アジムさんとミスラさんを指差す。


「この2人なら、あなたも安心でしょぉ?」

「う、うん。でも」


 2人は迷惑じゃないのかな。

 ただでさえ、いきなりこんな所に連れてこられて、驚いてるはずなのに。


 でも、エリーさんは、ふてぶてしい態度のままアジムさんたちに向かって口を開いた。


「これは、私からの命令よぉ。アリスちゃんに同行して、竜狩りの情報を集めなさい。もちろん、報酬は出すわぁ」


 エリーさんは、チラッとレミィさんを見る。


 すると、レミィさんは懐から紙切れを出して、ミスラさんにそれを見せた。


 ミスラさんは、その紙を見てかなり驚いているみたいだったけど、すぐに真剣な表情になって、エリーさんに向き直る。


「アリスちゃんの手伝いならもちろんいいです。けど、いくらなんでも、乱暴すぎませんか? 勝手に呼び出して、話を進めて」


 ミスラさんは、やっぱり怒ってるみたい。


 そうだよね。

 こんなことされたら、誰だって怒るよね。


「ごめんなさい」

「あ、アリスちゃんはいいのよ。呼び出したのは、エリザベート様でしょう?」


 ミスラさんは、慌ててそう言ってくれたけど、それでもやっぱり私が悪いんだと思う。


 だって、エリーさんは、私のために2人を呼んでくれたんだから。


 そう思っていると、エリーさんは、クスッと笑ってミスラさんを見た。


「それくらい急を要することだった。それだけのことよぉ。謝ってほしいなら、謝るわぉ」


 全然、謝る態度じゃないよ、エリーさん。

 足を組んで頬杖をつくエリーさんは、どう見ても謝っているようには見えなかった。


 それを見て、ミスラさんは、溜息を漏らす。


「もういいです。どっちにしろ、アリスちゃんが困ってるなら、手助けしてあげたいですからね」


 ミスラさんの答えに満足げに頷いて、エリーさんがレミィさんに何か指示を出す。


 そして、パンッと手を打ち鳴らした。


「ふふ。なら、決まりね。準備はこちらでするわぁ。明日の朝には出発よぉ」



 そうして、私たちは、アスニカに向けて旅立つ準備を始めるのだった。

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