第43話

「なるほどねぇ」


 レミィさんの話を聞いて、エリーさんがうんうんと頷く。


 少しだけ演技っぽかったけど。


 それからエリーさんは、頬杖をついて何でもないように口を開いた。


「竜狩りというのはぁ、調べてみたけどぉ、ヤマトミヤコ共和国の伝承みたいねぇ」

「ヤマトミヤコ共和国の伝承?」


 私が復唱すると、エリーさんは面白そうに笑みを深めた。


「そう。ヤマトミヤコ共和国の伝承。まあ、史実に基づいた伝承みたいだけどねぇ」


 エリーさんは、まるで物語を語るような口調で、伝承の内容を教えてくれた。


「その話はぁ、ヤマトミヤコ共和国ができる前の話でぇ、あ、ヤマトミヤコ共和国では、ドラゴンのことを竜と呼ぶのよねぇ」


 その語り口から、エリーさんが話を始めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それは、遥か昔、今からおよそ1000年前の話。


 当時は、今よりもたくさんのドラゴンさんがいて、空を自由に飛び回っていた。


 人々は、そんなドラゴンさんたちと、友好な関係を結んでいて、仲良く協力しながら生きていた。


 そんなある日。

 突如として、悪夢が始まる。


 その日もいつもと変わらない日常で、みんなも普段と変わらない生活をしていた。



 しかし。

 その日常は、一変する。

 

 普段は温厚なドラゴンさんたちが、いきなり暴れだしたのだ。

 それも、すべてのドラゴンさんたちが、だ。


 ドラゴンさんたちは、人を襲い、町を襲い、国を襲う。


 突然暴れ始めたドラゴンさんたちに、人々は混乱し、慌てふためいて、何もできなかった。



 そんな中、ドラゴンさんたちの前に、1人の女の人の姿があった。


 その女の人は、ドラゴンさんたちを従えて、暴れるように指示を出しているようだった。


 その女の人の正体はわからず、わからないまた、そのままたくさんの人が死んでいった。


 わかるのは、その女の人が、ドラゴンさんを操り、世界を襲っているということだけ。


 極悪非道にして、残虐無比。


 その女の人は、ありとあらゆる悪の限りを尽くし、世界を混沌へと誘う。


 もう、世界は終わりだ。

 誰もがそう思っていた。



 そんな時、現れたのが、竜狩りと呼ばれる人物だった。


 名前は語り継がれていない。

 後世に残っているのは、その人物が後に竜狩りと呼ばれるようになったということだけ。


 竜狩りは、ドラゴンさんに対して、唯一無二の力を有していて、次々とドラゴンさんを倒していった。


 そして、竜狩りは、多くの仲間を集め、遂にはドラゴンさんを従えている女の人の所までたどり着いた。


 世界に希望を背負った竜狩りは、死闘の末、見事、女の人を討ち滅ぼす。


 そして、世界に平和が戻ったのだった。


 ドラゴンさんたちは、女の人に操られ、世界に迷惑をかけたことを悔やみ、世界の表舞台から姿を消した。


 今では細々と、世界のどこかで慎ましやかに生きているのだとさ。


 ◇◇◇◇◇◇


「めでたしめでたしって話よぉ」


 エリーさんの話が終わる。


「なるほど。そんなことが……」


 レミィさんが物思いに更ける。

 そんな様子を、私は他人事のように見ていた。


 何故か、頭が働かなかった。

 少しだけ視界がぼやけていた。


「アリス、様?」


 レミィさんが不思議そうな、心配そうな顔で覗き込んでくる。


「どうしたの?」

「いえ、アリス様。何故、涙を流しているのですか?」

「え?」


 言われて顔に触れる。


 本当だ。

 私、泣いてる。


「あらあら、今の話、怖かったかしらぁ?」


 エリーさんが、にこやかに近付いてくる。

 そして、少しだけ屈むようにして、私の目を見た。


 まるで、何かを探るように。

 その目は、少し怖いけど。


 でも。


「怖くはなかったよ。でも、少しだけ悲しかったの」

「悲しかった? 今の話がですか?」

「うん」


 何が悲しかったのかは、わからない。

 どうして悲しかったのかは、わからない。


 誰のことが悲しかったのかは、わからない。


 でも、すごく、すごく悲しくなったの。


 話を聞くだけで、すごく、悲しくなったの。



「ふぅん」


 何も説明できない私に、エリーさんが溜息を漏らした。


「アリス様。紅茶をどうぞ。少しは落ち着きますよ」

「ありがとう。レミィさん」


 レミィさんは、温かい紅茶をくれた。


 少しだけ飲んでみると、ハーブの香りが仄かに広がって、確かに少し落ち着いた。


 少しだけ鼻をすする。


 うん。もう大丈夫。


 顔を上げると、エリーさんは元の椅子の所まで戻ってしまっていた。


「何が悲しかったのか、そこが重要なのにねぇ。役に立たないわぁ」

「うっ」


 エリーさんは、つまらなそうに自分の爪を見ながら言う。

 すごく冷たい声だった。


「仕方ありませんよ。アリス様は、あまり表情には出ませんが、感受性が豊かなのですから」


 そんな私をレミィさんが優しくフォローしてくれた。


「別にぃ。期待もしてなかったけどぁ」


 エリーさんは、興味なさげに頬杖をついていた。

 けど、不意に私の方を見て、フッと笑った。


「まあいいわぁ。でも、あなた、また襲われるかもしれないわねぇ」

「え?」


 そう言うエリーさんは、さも面白いものを見つけたと言わんばかりに笑顔を見せている。


「あなた、ドラゴンを従えているでしょう? もし、あなたを襲ったのが、竜狩りの末裔なら、そんなあなたを敵視するのは当然よねぇ」

「あ、なるほど」


 確かにその通りだ。


 もしあの人が竜狩りの人と同じような考えを持つ人なら、いきなり私が狙われたのも納得できる。


 それに、あの人はドラゴンさんのことを竜と呼んでいた。

 そう考えると、その可能性はさらに高いような気がする。


 少なくとも、今の話を知っている人ではあると思う。

 だから、私に攻撃をしてきたんだろう。


 ということは、あの人に出会ったら、また攻撃されるのは避けられないということ。


 どうしよう。


「何か、良い案はありますか?」


 レミィさんが、エリーさんに尋ねる。


 エリーさんは、うーん、とわざとらしく声を出したあと、ニヤッとして私の横にいるドラゴンさんの方を見た。


「無いこともないわぁ」


 エリーさんが笑う。

 少し、不気味な笑顔。


 そして、その笑顔のままエリーが言う。


「そのドラゴンさんとぉ、別れれば良いのよ」

「え?」


 エリーさんは、何でもないように、ううん。

 からかうような声で、そう言う。



 私は一瞬、思考が止まった。

 そして、何も考えられず、声が漏れた。


「ドラゴンさんと、別れる?」


 言葉を繰り返したけど、意味がわからなかった。


 呆然とエリーさんを見ていると、横にいるレミィさんが、不機嫌そうな声を出した。


「エリザベート様。冗談はおやめください」


 レミィさんの口調に、エリーさんはそ知らぬ様子で答える。


「冗談のつもりなんてないわぁ。だってぇ、答えは明らかでしょう?」


 エリーはそう言って、ドラゴンさんを指差した。


「そのドラゴンさんがいるから、あなたは襲われるのよぉ? なら、別れればすべて解決。でしょう? すごく簡単じゃない」


 エリーさんはニヤニヤと笑っていた。

 どういう思いでそんなことを言っているのか、私にはわからない。


 もしかしたら、エリーさんの言う通りなのかもしれない。


 けど。


「ドラゴンさんのことなら心配ないわぁ。私たちが、この国の全力を持って守ってあげる」

「え?」


 エリーさんは、私が何かを言うよりも前にそう言った。

 まるで、私の答えを予期していたように。


「ドラゴンさんを独りにしたくないんでしょう? 大丈夫。私たちが守るわぁ。あなたといるよりも、遥かに安全よぉ」

「それは……」


 そうかもしれない。

 そもそも、ドラゴンさんは私をいつも守ってくれるけど、私はドラゴンさんを守ってあげられたことなんてない。


 今回、襲われた時だって、私は何もできずに、ドラゴンさんに助けられてしまった。


 今度、あの人に会っても、また同じことを繰り返すだけになってしまう。


 ううん。下手したら、もっと足手まといになってしまうかもしれない。



 違う。


 ずっとだ。


 私はずっと、ドラゴンさんの足手まといだ。


 ずっと、目が覚めてからずっと、ずっと隣にいてくれたから気付かなかったけど、私はドラゴンさんに何もしてあげられてない。


 何もお返しできてない。


 ドラゴンさんは優しいから、気にするなと、いつも言ってくれてるような気がしていたけど。


 でも。


 それでも。


 私はドラゴンさんの優しさに、甘えていた。



「ふふ。気が付いたかしらぁ? 自分の身勝手さに」

「エリザベート様!」


 レミィさんが怒ったように声を荒げる。

 でも、エリーさんはそれを無視して、私の方をジッと見ていた。


 私はというと、それに対して、何も、言い返せなかった。

 だって、全部がその通りなんだもん。


 それを見て、エリーさんが追い討ちをかけるように言う。


「あなたは、ずっとドラゴンさんに一緒にいたいみたいだけどぉ、それって依存でしょう? もしくは束縛ねぇ。それは、本当にドラゴンさんの自由意思なのかしらぁ」


 エリーさんの言葉は、私の胸に深く刻まれた。


「ドラゴンさんの意思を無視して一緒にいるなら、あなたとヤマトミヤコ共和国の女は、何が違うのかしらぁ?」

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