第15話

 痩せている人に案内された場所は、石のあった場所から結構離れた場所にあった。


 しかも、真っ直ぐじゃなくて、色んな小道を通ったり、ドラゴンさんは通るのがギリギリなくらいの洞窟を抜けたりと、結構大変だった。


 そうして辿り着いたのは、森に囲まれた大きな館。

 リリルハさんの家と同じくらいかも。


 でも、リリルハさんの家よりも掃除がされていないみたい。

 それに、かなり古い建物みたい。ちょっと壊れた所もある。


「ここ?」

「ああ、そうさぁ」


 痩せている人は、ギギィと大きな音を立てて、正面から堂々と館に入っていった。


 こんな夜遅くなのに、そんなに大きな音を出して大丈夫なのかな。


 みんな、まだ寝てないのかな。


 館の中は薄暗くて、明かりは疎ら。

 カサカサと音がするのは、虫さんなのかな。


 痩せている人は、ギシギシと今にも壊れそうな床を慣れた様子で歩いていく。


 ドラゴンさんは、流石に家を壊しちゃいそうなので、外で待ってもらった。


 ドラゴンさんは名残惜しそうな顔をしてるような気がしたけど、頭を撫でてあげると、素直に待っててくれた。


 痩せている人は、2階の方に上がっていって、突き当たりの部屋に入る。


 私もそれに続いて入ると、奥の方に人がいるのが見えた。


「何の真似だ?」


 男の人の声が聞こえた。

 おじいちゃんみたいな、少ししゃがれた声。


 多分、奥にいる人の声だと思う。


「いやな、デリーさん。面白いのを連れてきたんだよ」


 デリーさんと呼ばれた男の人は、奥の方からこちらに向かって近付いてきた。


 痩せている人の影から男の人を見ると、デリーさんは、声の通りのおじいちゃんだった。


 でも、私を見る目が少し恐くて、怒ってるように見えた。


「私が依頼したのは、そんなガキじゃなかったはずだが?」

「まあ、話を聞けって。あんたの依頼、結果的に達成してるんだよ。しかも、お釣りが来るくらいなぁ」

「……どういうことだ?」


 2人は、私から少し離れてこそこそと何かを話している。内緒話だ。


 聞かれたくないなら、聞くのは失礼だよね。


 私は2人の会話が聞こえないように、両手で耳を塞ぐ。


 それから程なくして、2人の会話が終わったみたい。そして、デリーさんが私の方に近付いてくる。


 デリーさんは、私の前で立ち止まると、観察するように私を見回していた。


「なぁ、嬢ちゃん。さっきの話をしてくれないかぁ?」

「え? あ、うん」


 そうだった。

 私はそれを説明するためにここに来たんだった。


 私はデリーさんに、痩せている人のお仕事を邪魔しちゃったこと。あと、どうして私もその石を探していたのかを説明した。


 その間も、デリーさんは興味深そうに私を観察していた。


 ◇◇◇◇◇◇


 全部、説明を終えても、デリーさんは何も言わない。


 ジッと見られている。

 時には後ろに回って見られたり。

 手を触られたり。

 髪を触られたり。


 少しだけ、気持ち悪かった。


 それから、しばらくして、やっとデリーさんが口を開いた。


「ふむ。別に特別な所はないか。が、確かに異質な気配はあるな」


 言うと、デリーさんが私の頭に触れる。


「ん?」


 一瞬、パチッて音がしたけど、何かしたのかな。


「なるほど。魔力抵抗力が凄まじいな。ならば」

「お、やめとけよぉ。あまり手荒なのは、ドラゴンが来るからなぁ」


 デリーさんが手を振り上げた所で、痩せている人がその手を掴んだ。

 痩せている人が言うと、デリーさんは少しめんどくさそうな顔をして手を下ろした。


「なるほど。それは面倒だ」


 そう言うと、デリーさんは、私から離れていった。


 そして、壊れかけの椅子に座って、壊れかけの机に置いてあったノートに何かを書いていく。


「だが、あれだけの魔力抵抗力。しかも、この辺りの魔力は、確かに活発になっている。つまり、魔力の制御はできていないということか。となると、このガキは、魔力の動力源に?」


 ブツブツと、私にはわからない単語でデリーは一人言を続ける。


 それを面白そうに、痩せている人が眺めていた。

 そして、一段落ついた様子のデリーさんに、痩せている人が声をかける。


「んでよぉ。これだけのを見つけたんだから。報酬は色つけてくれるんだろうなぁ?」


 痩せている人が言うと、デリーさんは、ふん、と鼻を鳴らして、ドサッと机にお金を置いた。


「これでどうだ?」

「ふーむ。まあ、上々だな。あんがとよ」


 それを取っていった痩せている人は、私の肩に手を置いて、ニヤリと笑った。


「まあ、悪いようにはならねぇよ。じゃあな」


 それだけ言って、痩せている人は何処かに行っちゃった。


 私、どうしたらいいんだろう。


「さて。ガキ」

「私、アリス。ガキって名前じゃないよ?」


 さっきからデリーさんは、私をガキって呼ぶ。


 もちろん、デリーさんは私の名前を知らないだろうから仕方ない。


 けど、私にはリリルハさんが付けてくれたアリスって名前がある。

 だから、その名前で呼んでほしい。


 でも、デリーさんは、ちっ、と舌打ちをして、私を見下ろしていた。


「うるさいガキだ。そんなことはどうでもいいんだよ」

「どうでもよくないよ。名前は大切だよ?」


 やっぱり名前で呼んでくれると嬉しい。

 だから、みんなも嬉しいと思う。


 デリーさんにも、デリーさんって名前があるのに。


「話が進まん。さっさとこっちに来い」

「あう」


 右手を引っ張られた。

 急に引っ張られて驚いたけど、なんとか転けないでデリーさんに付いていく。


 デリーさんは、私を引っ張って、壁の方に歩いて行った。


 そして、壁まで行くと、そこに手を触れる。


 すると、変な模様が壁に浮かび上がって、ガガガッと何が動く音が聞こえた。


 そして、ガクンと足元が揺れた。


「あう」


 それから壁が少しずつせり上がっていって。


 ううん、違う。

 私たちが下がってるんだ。


 床ごと、私たちは下に行ってるんだ。


 1階を通りすぎて、床の穴を抜けて、地下に下りていく。


「何処に行くの?」

「黙ってろ」


 デリーさんは前だけを見てこちらを見てくれない。


 うるさくしたら駄目なのかな。


 あ、夜だから静かにしないといけないのかも。


 そうだよね。みんな寝てたら、うるさくしたら駄目だもんね。


 私はなるべく喋らないように、デリーさんに付いていくことにした。


 ◇◇◇◇◇◇


「こんの、馬鹿がぁ!」

「ぶべぇ!」


 所は変わって、村ではアジムがミスラによって殴り飛ばされていた。


 アジムを村に連れてきた男、名をウンジンという男は、アジムをしっかりと家まで連れてきていた。


 そこで物音に気付いたミスラが鉢合わせをして、ウンジンから事情を聞いたミスラが気絶しているアジムを殴った。


 今はそういう状況である。


「は! こ、ここは?」


 無理やり起こされたアジムは、状況を理解していない様子。


「あんた、何勝手なことしてんのよ! だから危ないって言ったじゃない!」

「は? え? あ!」


 怒鳴られて、やっと思い出した様子のアジムはすぐさま立ち上がる。


 そして、今にも駆け出そうと、近くにあった剣を手に持った。


「そ、そうだ、早くアリスを助けに行かないと」

「待て」


 そんなアジムを、ウンジンが制止する。


「は? お、お前、どうしてここに? そ、そうか、お前がアリスを。この、覚悟しろ」


 状況を理解しないまま、アジムは剣を構える。


「だぁかぁらぁ、待てッて言ってんでしょうがぁ!」

「ぶべらっ!」


 そんな、落ち着きのないアジムに、ミスラが拳骨を叩き込んだ。


 床にめり込む勢いのアジムを、掴み起こして、アジムを椅子に座らせる。


「ちゃんと話を聞きなさい。あんたのために時間をかける時間なんてないのよ」


 そう言うと、ミスラはウンジンの方を向いた。


「それで? あなたは何がしたいの?」

「俺は、その少年をここまで送り届けると約束をした。ただそれだけだ」


 ウンジンはそれ以上、語らない。


 そんな態度のウンジンに、ミスラは苛々した様子で詰め寄る。


「あなたたち、アリスに何かしようって言うんじゃないでしょうね?」

「俺たちは何もしない。ただ雇われただけだからな」

「なら、場所を教えなさいよ」

「それは契約違反になる」

「このっ!」


 ミスラがウンジンに殴りかかる。


 が、その拳を易々と受け止め、ウンジンはミスラを組み敷いた。


「あぐっ」


 ドンッと床に叩きつけられたミスラは呻き声を溢す。だが、その目はギラリとウンジンに向いていた。


「ほう」


 その目を見て、ウンジンが感嘆の声を漏らす。


「おいおい。何変なことしてんだよぉ?」


 そんな緊迫した空気をぶち壊すように、間延びした声が聞こえてきた。


 全員の視線がそちらに向く。


 そこには、ウンジンの仲間の男がいた。


「お前、さっきはよくも! アリスはどうした?」

「あ? もう雇い主に引き渡したよ。ほれ」


 あっさりとした様子で、男はウンジンにじゃらじゃらとお金の入った袋を渡した。


「……多いな」

「まあ、追加ボーナスだ。で、だ」


 ポンポンと男がウンジンの肩を叩く。


 ウンジンはそれに、やれやれと声を溢して、ミスラを離した。


 ミスラはすぐにでも、また殴りかかろうとしたが、その手を掴んで、男が口を開く。


「助けてきてやろうか?」

「は?」


 何を言ってるんだ、と、ミスラが男を睨む。


「俺たちはあの幼女が、何処にいるかも知ってる。すぐに案内してやってもいいぞ?」

「おい、ライコウ、それは契約違反だぞ」


 ライコウと呼ばれた男は、ちっちっち、と舌を鳴らした。


 そして、薄気味悪い笑みを浮かべて、ウンジンを見た。


「あの契約には履行後のことは書かれていない。つまり、契約が完了すれば何してもいいのさぁ。金ももらったしな」


 ライコウの言葉を聞いて、ウンジンは何やら紙を取り出して読み出した。


 そして、上から下までくまなく読んだ上で。


「なるほど。確かに、書かれていない」

「だろ?」


 そして、ライコウはまたミスラの方に向き直る。


「どうだ?」

「何が、目的なの?」

「金さぁ。それさえあれば、俺たちは何でもするんだよ」


 得たいの知れない雰囲気のライコウに、ミスラは警戒する。


 すぐに返事をできなかったのは、この男たちが信用できなかったから。


「おい、姉上。こんな奴らを信じるのかよ」

「黙ってなさい」


 今にも飛びかかりそうなアジムを制止して、ミスラはもう一度、ライコウを見た。


 そして、部屋の奥の方に行って、金庫の中から大量のお金を取り出した。


 それをドサッとライコウの前に差し出す。


「これで足りるかしら?」

「多いぐらいさぁ。このぐらいで十分だ」


 その内の8割方を持って、ライコウが家を出ていく。

 それに伴って、ウンジンも家を出ていった。


 バタンと、扉を閉められて、ミスラが溜息を漏らした。


「い、いいのかよ。信じられるのか?」

「わからないわよ。でも、一刻の猶予もない。早く、アリスを助けてあげないと」


 ミスラは疲れた顔で下を向いていた。


「私は私でアリスを探すわ。あんたはここで待ってなさい」


「は? そんなの無理だ。俺はあいつらに付いていくからな」

「ちょっと!」


 ミスラの制止を振り切って、アジムはライコウたちを追いかけて行ってしまった。


「ああ、もう!」


 ミスラは苛立ったような溜息を漏らして、駆け足で家を出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る