第11話 その前に

「行ってしまいましたね」

「ええ」


 アリスが町を去っていって、背中が見えなくなるまで見送った後、レミィはリリルハの部屋に来ていた。


 リリルハは今日の分の書類に目を通していて、忙しなく判子を押している。

 レミィの話に、リリルハは声だけで答えて、手を止めることはなかった。


 レミィはレミィで、リリルハの仕事を手伝っているのだが、その視線は、いつものように働くリリルハに注がれている。


「何、見てますの?」


 リリルハはその視線に気付き、訝しげな視線を返す。


「いいえ。今日くらいは、少しぐらい休んでもいいのに、と思いまして」

「何を言ってますの? こんなことで休んでられませんわ」


 リリルハの態度には、明らかに強がりが含まれている。


 レミィはそんなリリルハを可笑しそうに眺め、リリルハの目の前の書類を取り上げた。


「何をしますの?」

「いいえ。何も。この程度の仕事なら、私でもできますので」

「あなた、領主を舐めてますの?」


 だが、実際、レミィはリリルハよりも仕事ができるのは事実。


 いつも仕事が追い付かなくなった時、真っ先に手助けを求める相手は、レミィだった。


「リリィ。あなたにとって、こんなこと、のはずがないでしょう?」

「その呼び方、いつもやめなさいと言ってますでしょう」


 言いながらも、リリルハは少しだけ肩の荷が下りたように、息を吐いた。


「やっと、私以外に、あんなに心許せる相手ができたんだから、悲しむのは仕方ないことですよ」

「それでも、私は……」


 まだ食い下がるリリルハを慈しむように、レミィがリリルハの頭を撫でる。


「ほら、少しぐらい、泣いた方が落ち着けます」

「泣いてませんわ。泣いて、なんていません」


 そう言うリリルハは、レミィの胸に顔を埋めて、すすり泣くような吐息を漏らした。


「ふふ。また会えますよ。そんなに遠くないうちに」

「当然、ですわ」


 その声は、くぐもっていて、よく聞き取らないくらい鼻声になっていたが、それでも、さっきより元気が込もっているということは、レミィにはすぐにわかってしまったのだった。

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