第7話

 そういえば、二人が何処に行ったのかわからなかったけど、とりあえずリリルハさんのお部屋に行ってみたら、よかった、2人ともそこにいた。


「アリス? どうしましたの? あなたも疲れているのですから、休んでいていいのですわよ?」

「ううん。私も、話聞く」


 シュルフさんに言われたのもあるけど、私もこの事件の結末が気になるから。


「そんな、面白い話でもないですわよ?」

「いいのではありませんか? アリス様も、ここまで協力してくれてるんですから」


 あまり気乗りしていない様子のリリルハさんだったけど、助け船を出してくれたのはレミィさんだった。


 レミィさんは、ニヤッと笑って私に目配せをする。


 どうして私が来たのか、察しているのかも。


「それは、そうですが……」

「それに、もう、お時間です」


 レミィさんが懐中時計を見て言う。


 それと同時に、コンコンとドアを叩く音。それからすぐに、私のすぐ後ろでドアがガチャと開く音がした。


「あ」

「アリス様。こちらへ」


 ぶつかる。

 と思ったら、いつの間にか、レミィさんが近くにいて、私がドアにぶつからないように優しく引っ張ってくれた。


「ありがとう」

「いえいえ。アリス様はこちらでお待ちください」


 隙のない動きで私を案内してくれて、それからまた、何事もなかったかのように、部屋の中に入ってきた男の人に礼儀正しくお辞儀をする。


「この度は、急なお話にも関わらず、ご足労いただき、誠にありがとうございます。どうぞ、こちらへ」

「ふん」


 入ってきたのは、この前の男の人、エンリッヒさんだった。


 エンリッヒさんは少し機嫌が悪そうで、案内された椅子に、ドカッと座った。


「私も忙しいのでね。用があるなら、手短にお願いしますよ」

「ええ、わかっておりますわ。エンリッヒ殿」


 リリルハさんは、エンリッヒさんの態度に臆することなく、毅然として言った。


「私も、あまり気が長い方ではありませんので、単刀直入に言いますわ。エンリッヒ殿、あなた、魔族を使役して、この町に訪れる行商人を襲わせましたわね?」

「は? 何を言っているんですか? そんなこと、する訳がないでしょう」


 エンリッヒさんは、淀みなく答える。

 まるで、最初からそう言おうと準備していたみたいに。


 エンリッヒさんの反応に、リリルハさんは少しだけ眉を潜めたけど、すぐに元の表情に戻って話を続けた。


「今回の事件、原因はトマルの森に設置された魔方陣でしたわ。そこから、魔獣が現れていたんですの」

「なんと! それは恐ろしい」


 エンリッヒさんは驚いた顔をした。

 でも、驚いているようには見えなかった。


 どうしてかな。


「魔方陣は、私のメイドとそこにいるアリスがすべて、破壊してくれましたわ」

「すべて!」


 あ。今度は本当に驚いたみたい。


「あら? どうかしましたの?」

「あ、いや、あれだけの数の魔方陣を、本当にすべて破壊したのですか?」

「ええ。ドラゴンさんの力を借りたようですが」


 あれ?

 今の会話、少し引っ掛かるような気がしたけど、でも、どこだろう。


 ちょっとわからないな。


「もちろん、偵察隊は派遣しますわ。本国に要請をしていて、明後日には特殊部隊が来てくれることになっています」


 その言葉に、エンリッヒさんは少しだけ緊張しているように見えた。


 額に汗も滲んでいて、何か、恐いことでもあるのかな。

 口数も少なくなっていて、そわそわとしているみたい。


「まあ、犯人がわかれば、そこまでする必要はないのですけど」


 リリルハさんはそう言って、わざとらしく溜息を吐いた。


「時に、エンリッヒ殿。今回の事件、もちろん魔方陣を設置した犯人を捉えなければなりませんわよね?」

「そ、そりゃあ、そうでしょう。けしからん奴もいたものだ」


「ええ、本当に。私のメイドも、必死に魔方陣を設置した者を探ってくれましたが、残念ながら、まだ特定はしておりませんの」

「な、なるほど。それは大変ですな」


 エンリッヒさんの声が少しだけ明るくなった。


「ですが」


 ピクッとエンリッヒさんが反応する。

 さっきから、エンリッヒさんは、リリルハさんの言葉1つ1つに反応してる。


 まるで、小さな動物の子供みたいで、怯えた姿が、面白いと思っちゃった。


「その魔方陣は、かなりの使い手が設置したようで、それほどの魔法使いとなると、ある程度、当たりもつけられるみたいですの。ですわね? レミィ」

「はい」


 リリルハさんがレミィさんに声をかける。


 レミィさんは、エンリッヒさんの前に、何枚かの紙を置いた。


 それを見て、エンリッヒさんの顔は青白く染まる。


「真の、犯人と断定することはできませんが、魔方陣を設置したのは、この方だと思われます。先日、調査のため、この方の所にお邪魔させていただきました」

「なっ!」


 エンリッヒさんが驚愕した様子で立ち上がった。


 レミィさんは、そんなエンリッヒさんを面白そうに眺め、さらにもう1枚の紙を見せた。


「最初は話を聞いていただけませんでしたが、丁寧に、お願いした所、こんな紙を頂けました」


 丁寧に、と言った所で、リリルハさんが頭を抱えていた。

 どうしたんだろう。


「これは依頼状ですね。きちんと報酬も書かれていて、ここには依頼者の名前も書かれています。読めますか?」


 エンリッヒさんは何も言わない。


「クリスタロフ・エンリッヒ。拇印まで捺されてますね。さて、どういうことでしょうか?」

「い、陰謀だ! 私は、こんなもの知らない!」


 レミィさんの持つ紙を奪い取り、エンリッヒさんは、それを破り捨ててしまった。


 レミィさんは、微かに笑みを浮かべて、すごく余裕の顔。


「エンリッヒ様。そういえばさっき、あれだけの数の魔方陣と言ってましたけど、どうしてあなたが、魔方陣の数を把握しているのですか?」

「そ、それは」


 あ、そっか。

 さっき引っ掛かってたのはそれだ。


 エンリッヒさんはあの時、あそこにはいなかったはずなのに、どうしてそんなことを言えたのか、それが引っ掛かったんだ。


「し、知らない! 知らない! 私は無実だ! 私がやった証拠なんてないだろう! あの紙だってでっち上げだ!」


 エンリッヒさんは叫ぶように反論した。


 リリルハさんは、そんなエンリッヒさんを、悲しそうに見つめ、立ち上がる。


「エンリッヒ殿。私も、あなたを疑いたくはありませんでしたわ。お父様の古くからの友人である、あなたを」


 リリルハさんは、エンリッヒさんよりもずっと年下で、親と子どもぐらい年が離れているのに。

 エンリッヒさんは、リリルハさんの凛とした雰囲気に、気圧されたように後ずさりする。


 呻き声のような、唸り声のような、何とも言えない。決して意味のある言葉ではない声を出して、エンリッヒさんは奥歯を噛み締めている。


「ですが、民を危険に晒すような真似を許す訳にはいきません。私はあなたを、魔族使役による犯罪者として告発しますわ!」


 ビシッとエンリッヒさんを指差して、リリルハさんが宣言する。


 それに一瞬圧されたように、エンリッヒさんがふらついたけど、立ちとどまって、リリルハさんを睨んだ。


「ふ、ふざけるな! 大した証拠もないくせに、私は認めないぞ! アドルフを呼べ! そんな横暴は許されないはずだ!」

「エンリッヒ様。これは、あなたのためを思っての提案でございます」


 騒ぎだしたエンリッヒさんをいなしながら、レミィさんが静かな声で言う。


 エンリッヒさんの叫び声よりも、大分小さな声なのに、レミィさんの声はすごくよく響いていた。


 エンリッヒさんも、その声に反応する。


「何をふざけたことを……」

「今回の事件、あなただけの犯行という訳ではないでしょう。流石のあなたも、あれ程の魔法使いを、自分で用意できるはずがありませんから」


 エンリッヒさんの話を遮って、レミィさんが言う。


「恐らく、強力な後ろ楯があるのでしょう。流石と言うべきでしょうか。まだ特定には至っておりませんが、何となく、想像はついております」

「レミィ」


 リリルハさんがレミィさんを制止する。

 でも、レミィさんは、わかっております、と短く言って、エンリッヒさんに向き直った。


「さて。私はその方について詳しくは知りません。ですが、あなたはお詳しいのではないですか? ここで疑われ、あの事件が公に晒されることの意味を」

「っ!」


 エンリッヒさんの声にならない悲鳴が聞こえた気がした。


「あなたが、大領主様に泣きつくのは結構ですが、その場合、この事件は、我が領国すべてに轟く話になってしまいます。それは、まずいのではありませんか?」

「あ、う」


「この場で、あなたが素直に自らの罪を認めれば、この町の領主たるリリルハ様の裁量により、事件は処理されます。その意味がわかりますか?」


 どういうことだろう。

 私にはすごく難しい話みたい。


 でも、エンリッヒさんには理解できるみたい。


「計画が失敗したと思われたら、あなたはどうなるのでしょうか。お咎めなし? そんなことはありませんよね」


 レミィさんがすごく妖艶な顔で、後ろからエンリッヒさんの肩に手を置いてそっと囁く。


「う。ぐぐ、ううぅ」


 エンリッヒさんはすごく肩を震わせて、悔しそうに歯を鳴らしていた。


 そして、観念したようにエンリッヒさんがリリルハさんを見る。


「わ、私の身の安全は、保証してくれるんだろうな?」

「ええ、もちろんですわ」

「私は、多くを語ることはできないぞ」

「ええ、それも構いませんわ。どうせ、時間の問題ですから」


 ガクッと、エンリッヒさんは膝から崩れ落ちた。床に手をついて、項垂れて、本当に疲れてるみたい。


 そして、おもむろに、エンリッヒさんが口を開いた。


「認めよう。私が、魔法使いを雇ったんだ」

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