第8話
町の警察さんが来て、エンリッヒさんは逮捕された。
証拠はエンリッヒさんの名前が書かれた依頼状。
さっき破り捨てられたけど、あれはレミィさんが作った偽物だったみたい。
見た目は本物と全く同じで、よくわからないけど、見ただけじゃ、違いはわからなかった。
拇印まで似ていたけど、あれ、その気になれば、本当に捏造できたのかも。
レミィさんはいい人だから、そんなことはしないと思うけど。
そして、エンリッヒさんが、どうしてあんなことをしたのか。
理由を教えてくれた。
エンリッヒさんは、リリルハさんがこの町の領主になる前、この町の領主代行を務めていたらしい。
それまでは、町の権限を思うがままにしていたのに、突然現れたリリルハさんが、領主になるからと、自分が領主代行を止めさせられたことに、ずっと不満があったみたい。
それで、いつかリリルハさんを領主の座から引きずり落として、自分が領主代行に戻ろうとしていたんだって。
そんな時、とある人から、その方法を教えてもらって、そのための協力者も教えてもらって、こんなことをしてしまったみたい。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ。疲れましたわ」
事件の後処理のため、レミィさんは警察と一緒に行ってしまった。
部屋に残っているのは、リリルハさんと私。
リリルハさんは机に突っ伏して、深い深い、溜息を吐いた。
リリルハさん。今日は溜息を吐いてばかりみたい。
「つかれた?」
「ええ。疲れましたわ。この疲れを癒すのは、可愛いものだけですわ。アリス。抱き締めてくれませんこと?」
「うん。いいよ」
「なんてね……、え?」
リリルハさんに抱きつく。
自分で言ったことなのに、リリルハさんはすごく驚いていた。
「ア、アリス?」
抱きつくと、フワッとリリルハさんの良い匂いがした。
落ち着くような、優しい気持ちになれるような、そんな匂い。
1番最初にこの町に来た時、リリルハさんが私を抱き締めてくれた。
それで私は落ち着けたと思う。
だから、リリルハさんにも同じように思ってほしかった。
その気持ちが伝わるように、私は精一杯、リリルハさんに抱きつく。
「アリス。ありがとうございますですわ」
リリルハさんの優しい声が上から聞こえる。
見上げると、リリルハさんは嬉しそうで、それでいて、少し悲しそうな笑顔をしていた。
「私、この町の人たちを愛していますの。中には、私のことを嫌いな人もいるでしょう。でも、私は、その人たちも含めて、愛おしいと思えるのです。だから、私は、何があっても、町の人たちを信じようとしていたのですわ」
「うん。リリルハさんは、すごく優しい人だって、私、知ってるよ」
それを知ってるのは、私だけじゃない。
レミィさんも、シュルフさんと、野菜を売ってるおじさんも、セリアちゃんも、カイトくんも、みんな知ってる。
でも、リリルハさんは、すごく悲しそうだった。
「ですが、そのせいで、私は、シュルフやアリスを危険な目に遭わせてしまいましたの。それだけじゃありません。私は町の人たちすら危険な目に遭わせる所でしたわ。それは、領主として、最低のこと」
リリルハさんが唇を噛み締める。
血が滲むくらいに。
「私が甘い考えを持っていたから、すべてが遅れてしまった。子どものように考えが甘かったのですわ」
リリルハさんが悔やんでいる気持ち。
それは痛いくらいにわかった。
だって、すごく苦しそうな顔をしてるんだもん。
昨日、シュルフさんを見た時、リリルハさんは本当に悔しそうな顔をしていた。
だから、すごく辛いんだって、私も知ってる。
でも。
「リリルハさんは、そのままでいいって、シュルフさんが言ってたよ?」
「……シュルフが?」
「うん」
それに。
「たぶん、レミィさんもおなじだと思う。ううん。町のみんなもおなじだと思う」
「で、ですが、そのせいで、私は重大な過ちを……」
私の言ってることが納得できないみたいで、リリルハさんは引き下がらない。
でも、そんなに難しい話じゃないと思うけど。
「私、よくおかいものに行くけど、みんな、リリルハさんはやさしいって話してくれるよ?」
みんな、リリルハさんの話をする時は、すごく嬉しそうで、そして、すごく誇らしげで、聞いてるだけで、私も嬉しくなる。
だって、みんな、リリルハさんが大好きだって、すごく伝わってくるから。
エンリッヒさんは違ったのかもしれないけど。
でも、私は、エンリッヒさんも、リリルハさんのこと、優しいと思ってたんだと思う。
だから、
「泣かないで?」
「へ?」
リリルハさんはハッとした顔をして、自分の目に触れた。
それで初めて、自分が泣いてるということに気づいたみたいで、リリルハさんはすごく驚いていた。
「リリルハさんは、すっごく優しい人。みんなもそれを知ってるの」
「私は、でも、領主として、あまりにも未熟で……。そんな私が、どうして、皆さんに認められるというのですか?」
「みんな、リリルハさんのことを知ってるからだよ。それだけで十分なの」
「っ!」
リリルハさんは堪えていた涙を溢れさせて、私に抱きついてきた。
大声を上げて泣く訳じゃなくて、すすり泣くように、私を抱き締める。
でも、今のリリルハさんは、別に辛そうには見えなくて、むしろ嬉しそうな顔をしていた。
少しでも、私の話伝わったのかな。
それだったら、嬉しいな。
シュルフさんが大怪我をして、自分のせいだって思って、自分が甘いからだって思って、ずっと後悔してたんだよね。
早く気付けば、あんなことにはならなかったのにって、責任を感じてたんだよね。
リリルハさんはすごく頑張ってる人だから。
だから、今だけは、その気持ちを忘れてくれるように、私もリリルハさんを強く抱き締めた。
◇◇◇◇◇◇
抱き締め合う2人を、部屋の外から眺める影が1つ。
「ふふ。不思議な子。リリィが、弱い部分を他人に見せるなんて」
小さな声で呟くのは、レミィ。
レミィは、リリルハを、まるで妹のようにリリィと呼んでいた。
「これで少しは、肩の荷が下りるといいけど」
そう呟くと、レミィは気配を感じさせることもなく、部屋を離れた。
誰も部屋に近付かないように、配慮しながら。
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