第6話
あれから私たちはすぐにリリルハさんの家に戻った。
ドラゴンさんにお願いして、全速力で。
家まで行くと、リリルハさんは外で待っていた。
ドラゴンさんが飛んでくるのが見えて、待ってくれてたみたい。
でも、傷だらけのシュルフさんを見て、リリルハさんは悲鳴を上げるように、すぐにお医者さんを呼んでくれた。
大怪我で運ばれていったシュルフさん。
だけど、私の応急措置、なのかはわからないけど、少しだけ怪我を治しているのがよかったみたいで、命に別状はないみたいだった。
それでも、魔獣に噛まれた所から毒が入っていたみたいで、その日の夜はずっと高温にうなされていた。
そんなシュルフさんの側に、リリルハさんはずっと寄り添っていた。
本当は私も、一緒に見ていたかったんだけど、いつの間にかシュルフさんに抱きつくような形で眠ってしまっていた。
起きたら、シュルフさんは静かな寝息を立てていて、もう問題はないと、リリルハさんが教えてくれた。
そのうち起きるだろうと、お医者さんも言っていて、それでみんな、やっとホッとすることができた。
◇◇◇◇◇◇
「それでは、アリス。あの森には、魔獣が現れる魔方陣があったのですわね?」
「うん」
シュルフさんが回復するまでの間に、私はリリルハさんにあの時見たことを教えていた。
それを聞いたリリルハさんは、頭を抱えて、こめかみをグリグリとする。
「それは、大問題ですわ。明らかに人為的な犯罪、ということですから」
「うん」
せっかく魔獣たちを倒したのに、犯人が捕まらないと、また同じことが繰り返されてしまう。
リリルハさんはそれを心配していた。
「しかも、シュルフがあれだけの深手を負うなんて、これは、深刻な問題ですわ」
シュルフさんは、メイドさんたちの中でも、メイド長の次に強い。
不意打ちとはいえ、そんなシュルフさんがあそこまで苦戦するなんて、相当な魔法使いが作った魔方陣ということ。
そんな相手。しかも、まだその正体が掴めていないなんて、すごくまずい状況だって、私でも理解できた。
「はぁ。頭が痛いですわ」
「大丈夫?」
昨日からずっと起きっぱなしのリリルハさんは、多分、すごく疲れてると思う。
でも、リリルハさんは、疲れが隠しきれてない笑顔で、大丈夫ですわ、と言う。
「それより、お礼を言わなくてはね、アリス。シュルフを助けてくれて、ありがとう」
リリルハさんが立ち上がって頭を下げた。
「え? 私、何もできなかったよ? シュルフさんに助けてもらって。ドラゴンさんに助けてもらって。何もできなかったよ?」
「そんなことありませんわ。アリスがいなければ、おそらくシュルフは帰ってきませんでしたもの」
そうなのかな。
わからない。でも、リリルハさんが笑ってくれるなら、それでいい気もする。
力になれたのなら、よかったな。
「あぁ。やっぱり素敵な笑顔ですわ。それを見られただけで、今日の仕事も頑張れそうな気がしますわ」
「なら、この仕事もよろしくお願いできますか?」
「え?」
急に後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはメイド服の女の人が立っていた。
「レミィ! あなた、今まで何処に!」
その人を見て、リリルハさんは、バンッと机を叩いた。
モスティア・レミィ。
この女の人の名前。
「久しぶりね、アリス様」
「うん、本当に」
レミィさんに会うのは久しぶり。
私がこの家でメイドをすることになった時に会って、最初に挨拶したのがこの人だった。
それ以来。
この人は、この家のメイドさんたちのリーダー。
つまり、この人がメイド長。
「挨拶は大切ですが、私の質問に答えなさい!」
レミィさんは、リリルハさんとあまり歳も変わらなそうに見えるのに、メイド長を任されている。
すごく若く見えるのに、メイドさんたちも、レミィさんのことは認めているんだって。
「野暮用ですよ。いつものことです」
「野暮用って。あなたは」
リリルハさんは諦めたように溜息を漏らした。
私は、レミィさんのことはよく知らないけど、シュルフさんから聞いていたのは、レミィさんは、特殊な人だということ。
いつも何かとこの家を離れることが多いみたいで、メイドさんのお仕事以外に何かお仕事をしてるみたい。
しかも、リリルハさんもそれをすべて知っている訳じゃないんだって。
そんな人に、リリルハさんは絶大な信頼を寄せている。
確かに少し不思議な感じはする。
でも、リリルハさんが信じてるなら、この人もきっといい人、なんだよね。
「まあ、いいですわ。それで、仕事というのは?」
普段のレミィさんを知ってるからなのか、リリルハさんは特に深く聞くことはなく、本題に入った。
さっきまで底知れぬ笑みを浮かべていたレミィさんだったけど、不意にその表情が真剣なものに変わる。
「ええ。それは、今回、アーデルとアリス様が調査した事件に関することなのですが」
「……続けなさい」
リリルハさんの雰囲気が一気に鋭くなった。
すごく恐い顔。
でも、私が見てることに気付いたリリルハさんは、ニコッと笑って、大丈夫よ、と口パクで言う。
うん。いつものリリルハさんだ。
「実は、私は今回の事件、最初から人為的な事件ではないかと考えていました。ですので、独自に調査をしていたんです」
「あなたは、また勝手に」
また、ということは、前にも同じようなことがあったのかも。
レミィさんは、そ知らぬ顔で鼻唄を歌っている。
「まあ、いいですわ。それで?」
「はい。そして、犯人と思われる人を見つけました」
「すぐに教えなさい!」
リリルハさんはバンッて立ち上がって、レミィさんに詰め寄った。
「もちろん、お伝えします。ですが、その前に説明を。リリルハ様、落ち着いてください」
「シュルフをあんな目に遭わせて、落ち着いていられませんわ! ……私が、シュルフを行かせたせいでもあるのですから」
悔しそうにリリルハさんがうつ向く。
「いいえ。リリルハ様。リリルハ様は、間違っていません。町の民を守るため、行動されたリリルハ様は、何も」
そんなリリルハさんの頭を、レミィさんが撫でた。優しく、慈しむように。
なんか、姉妹みたい。
顔とかは特に似てる訳じゃないけれど。
でも、リリルハさんも、レミィさんに撫でられて、少しだけ落ち着いたみたい。
「子供扱いしないでくださいまし。それより、説明とは?」
私が見ていることに気付いたリリルハさんは、少しだけ名残惜しそうにレミィさんの手を払った。
レミィさんはそれに、特に嫌な顔をしないで、むしろ微笑ましげに笑っていた。
「ええ。犯人、とは言いましたが、今回の事件は、もう少し根深いものがありそうなんです」
「どういうこと?」
レミィさんが、声を潜めて、リリルハさんに耳打ちした。
詳しい話は聞こえなかったけど、リリルハさんは、それを聞いて、すごく驚いているようだった。
◇◇◇◇◇◇
「シュルフ!」
シュルフさんが目を覚ましたと聞いて、私とリリルハさん、それとレミィさんはすぐにシュルフさんのいる病室に飛んできた。
ちなみに、飛んできたと言っても、ドラゴンさんに乗って飛んできた訳じゃなくて、ちゃんと走ってきた。
ドラゴンさんは、まだ外。
「リリルハ様、アリス様も、ご心配をお掛けしました」
シュルフさんは、まだ包帯だらけですごく痛そうだったけど、でも大分元気になったみたい。
それを見て、リリルハさんも、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「これ程、領主様を心配させるなんて。これは、後で大反省会ですね」
「レ、レミィさん! 帰っていたのですか」
リリルハさんの後ろから声をかけたレミィさんに、シュルフさんは驚く。
シュルフさんでも、レミィさんが戻ってることに驚くんだ。
本当に、レミィさんって不思議な人。
「ええ。さっきね。それで、今回の事件の顛末の報告をしていたの」
「事件の顛末、ということは、犯人がわかったんですね?」
「ええ、そう。解決は、しないかもしれないけど」
「え?」
レミィさんの話に、シュルフさんが首を傾げる。
犯人がわかったのに、事件が解決しないって、どういうことだろう。
リリルハさんも、難しい顔をしてるし。
リリルハさんは、シュルフさんに抱きつくと、深い溜息を吐いた。
「シュルフ。無事で何よりですわ。あなたが、あんな状態で帰ってきて、生きた心地がしませんでしたわ」
「申し訳ありません。リリルハ様」
リリルハさん。本当に心配してたもんね。すっごく。
ずっと、寝られないくらい。
「今回のことは、私の責任ですわ。ただ妄信的に、人を信じる。それだけではいけないと、改めて痛感しました」
「リリルハさん?」
苦しそうな顔をして、リリルハさんが言う。
「あとは、私が始末をつけますわ。あなたは、少し休んでいなさい」
リリルハさんはそう言うと、最後にもう一度ギュッと、シュルフさんを抱き締めて、部屋を出ていった。
そのあとに、レミィさんが連なっていく。
「アーデル。傷が治ったら、反省会よ」
それだけ言い残して、レミィさんも部屋を出ていった。
「えっと、アリス様、お2人から何か聞いてますか?」
「ううん。私もわからないの」
「そうですか」
シュルフさんが不安そうにしているのは、リリルハさんが辛そうな顔をしていたからだと思う。
「恐らく、犯人は……。アリス様。誠に勝手なお願いですが、リリルハさんの側にいてあげてくれませんか?」
「うん、いいよ。でも、どうして?」
もちろん、リリルハさんの近くにいるのはいいけど、今はお仕事もないし。
でも、私がいたら、邪魔かなと思うんだけど。
「リリルハ様は、ああ見えて繊細な方なので、自分の町の民を裁く時は、いつも落ち込んでいるんです。あなたなら、少しは心安らぐと思うんです」
ああ見えて、という部分が少し引っ掛かったけど、そういうことなら、断る理由はないかな。
「うん、わかった」
私はさっきのリリルハさんの真似をして、シュルフさんに抱きついた。
うん。シュルフさんはもう大丈夫みたい。
「じゃあ、いってきます」
「はい。お願いします。……不意打ちには気を付けないといけませんね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます