第5話

 ドラゴンさんの向いている方に歩くこと数十分。


 唐突に、シュルフさんが立ち止まった。


「これは……」


 シュルフさんが見ていたのは、地面に残った足跡。

 人よりも少し小さいくらいの足跡だけど、それは、人のものとは似ても似つかない形をしていた。


 しかも、そんな足跡がたくさん。


「これは、魔獣の足跡ですね。しかも、新しい」


 魔獣。

 確か、魔族の一種だったと思う。


 魔族には、色んな姿形をした魔族がいて、その中でも、普通の獣に近い姿形をした魔族を魔獣と呼ぶらしい。


 ちなみに、たまに、人の姿に似た魔族もいて、それは魔人と言うみたい。


 魔獣の足跡は、全部、同じ方向に向いてるみたいで、シュルフさんはその足跡を数えてくれて、魔獣が全部で10匹か11匹いるとわかった。


「目撃者の情報によれば、見たのは、四つ足で、狼のような魔獣だと言っていましたから、これは、ビンゴ、かもしれませんね」


 シュルフさんは嬉しそうに笑う。


「大手柄ですよ、アリス様、ドラゴン様」

「え? 私は何も……」

「いいえ。アリス様がいなければ、ドラゴン様が何を言っているのか、一生わかりませんから」


 そうなのかな。


 ドラゴンさんを見ても、見つめ返してくれるだけで、何も言ってはくれない。


 さっきみたいに、何かを言ってるようにも思えないし、今は、ただ見つめあってるだけなのかな。


「それより、魔獣が10匹程、ですか。特に問題はないと思いますが、アリス様は影で隠れていてください」

「でも……」


 私は戦えないから、近くにいたら、シュルフさんの邪魔になっちゃうよね。


 でも、シュルフさんは大丈夫なのかな。


 1人で大丈夫なのかな。


「心配しなくても大丈夫ですよ。魔獣の10匹や20匹。特に問題ありませんから」


 シュルフさんは、自信ありげに言う。

 シュルフさんが強いのは、私もよく知ってる。


 でも、何となく、嫌な予感がして、胸の辺りが気持ち悪かった。


「アリス様を危険な目に遭わせないというのは、リリルハ様との約束ですので。ご理解ください」


 確かにリリルハさんはそう言ってた。


 でも、リリルハさんが言ってたのはそれだけじゃなかった。


「私だけじゃないよ? リリルハさんは、シュルフさんも心配してたよ」


 だから、私だけ遠くで守られているのは違うと思う。


 私に何ができるかなんてわからないけど、でも、遠くで見てるだけなんて、そんなの駄目だと思う。


「全く。よく覚えていらっしゃることで」


 シュルフさんは、呆れたように笑った。


「わかりました。ドラゴン様もいらっしゃることですし、遠く離れていて、何かあっても困りますしね」

「うん」


 ドラゴンさんを見ると、ドラゴンさんは、何も言わずに私の服を甘噛みして引っ張った。


「ドラゴンさん? あうっ!」


 そのまま私は持ち上げられて、ドラゴンさんの背中に乗っけられた。


 ドラゴンさんの背中は大きくて、大きな翼が私を守ってくれているみたい。


「そうですね。そちらにいられるのでしたら、私も安心して戦えます」


 ◇◇◇◇◇◇


 それから、私たちは、シュルフさんが調べた足跡から、新しい魔獣たちの住みかを見つけることができた。


 今度はさっきみたいに空っぽじゃなくて、本当に魔獣たちがいた。


 遠くから見ると、魔獣たちは本当に狼さんみたいな姿をしていて、ウロウロと周りを警戒するように回っていた。


 少しずつ、気付かれないように近付いていって、よく見えるようになった魔獣は、狼さんみたいな姿をしていても、やっぱり魔獣で、狼さんよりも遥かに鋭そうな牙に、よだれを垂らして、爛れたような顔には、目が3つあった。


「可愛くない」


 素直にそう言ってしまった。


「ふふ。魔族が可愛いかどうか確認する人なんて、そうそういないと思いますけどね」


 シュルフさんは面白そうに笑う。


 さっきまで緊張していた顔も少しだけ緩んだように見えた。


「さて。近くまで来てみましたが、これ以上近付けば、流石に気付かれてしまうでしょう。特にドラゴン様は」

「確かに」


 さっきから、大きなドラゴンさんは、木々の間を煩わしそうに進んでいる。


 多分、遠くからでも、ドラゴンさんはしっかりと見えちゃうんだと思う。


 今はまだ距離があるから大丈夫だと思うけど。


「なので、まずは私が奇襲をかけます。それで、あちらの体勢を崩し、一気にけりをつけましょう」

「わかった」


 気付かれないで行った方がいいもんね。


「アリス様は、私が奇襲に成功したのを確認してから近付いてください。それまでには終わらせたいと思うのですが、十分に注意してくださいね」

「わかった」


 シュルフさんは一度微笑むと、前を向いて真剣な顔に変わった。


 そして、1回深呼吸をして、一気に魔獣たちの方へ走っていく。


 すごい早さ。

 まるで飛んでるみたい。


 シュルフさんは、華麗に木々の間を駆け抜けて、一瞬で魔獣の群れの中に飛び込んだ。


 魔獣たちは、いきなり現れたシュルフさんに驚いて、バラバラに散らばっていく。


 それを、1匹残らず逃がさないように、シュルフさんは、右手を掲げ、その手から白い光が放たれた。


 あれは魔法。奇跡の力、魔法。

 シュルフさんは魔法使い。


 シュルフさんの手から放たれた白い光は、矢のように鋭くなって、魔獣たちを貫いていく。


 逃げ惑う魔獣たちを追尾して、言葉の通り1匹残らず狩っていく。


「私たちも行かないと」


 奇襲は成功。

 あとは、シュルフさんの邪魔にならないように近付けば良いだけ。


 シュルフさんも言ってたけど、この分だと、私たちがシュルフさんの元に辿り着く頃には、全部終わってるかもしれない。


 魔獣たちは、なんとか体勢を立て直して、シュルフさんに襲いかかるけど、シュルフさんは、全く意に介していない。


 気付けば、魔獣もあと2匹。


 その2匹も、もはや風前の灯で、私が辿り着いた時には、すべてが終わった後だった。



「呆気ないものですね」


 シュルフさんは息一つ乱さずに言う。


「カッコいい」


 魔獣をやっつけるシュルフさんは、本当にカッコ良くて、思わず見とれていた。


「ふふ。ありがとうございます」


 シュルフさんは、倒した魔獣に触れる。


 すると、魔獣たちは白い光になって、何処かに消えてしまった。


「あれ?」


 何処に行ったんだろう?


「魔獣の亡骸は、新たな魔獣を呼び寄せます。完全に消し去ってしまわなければいけません」

「そうなんだ」


 知らなかった。今度から気を付けないと。


 1匹ずつ、確実に消していくシュルフさん。


 この作業もそんなに時間はかからなそうだし、これで事件は解決したのかな。


 シュルフさんも怪我がなくて良かった。

 これで、リリルハさんとの約束も守れるし。


 困ってた人たちも喜んでくれると良いな。



 シュルフさんの後ろをついていって、何かお手伝いできることがないかなと考える。


 そしたら、不意に、木の所に、不思議な模様が浮かび上がっているのを見つけた。


「あれ? シュルフさん、これも魔法?」

「え?」


 シュルフさんに尋ねてみる。

 もしかしたら、この模様もシュルフさんが作ったもので、何かの役に立っているのかな。


 そう思ったんだけど、でも、シュルフさんはそんなものは知らないというように、驚いているようだった。


「これは、魔方陣? どうしてこんな所に。それに、さっきまではこんなものなかったのに」


 シュルフさんは深刻そうに言う。


 シュルフさんが魔方陣に少し近付いて、確認しようとした時、その魔方陣が淡く光り出した。


「これは、まさか!」


 カッと、目が痛いくらいに魔方陣が光る。


「逃げてください!」

「え?」


 それと同時に聞こえたのは、シュルフさんの叫び声が聞こえた。


「ギャウ、ガウ!」

「クギャアァ!」


 光で霞んでいた視界が見えるようになると、目の前にたくさんの魔獣が現れた。


「え?」


 そのうちの1匹が私に向かってくる。


「このっ!」


 でも、すぐにシュルフさんが私の前に立って守ってくれた。

 白い光が盾みたいに私の前に現れて、それがドラゴンさんも含めて私たちを包み込む。


「そこで待っていてください」


 シュルフさんは早口でそう言って、また魔法で魔獣たちをやっつけていく。


 さっきよりも数が多くて、シュルフさんは大変そうだった。


 四方八方から飛びかかってくる魔獣たちの攻撃をかわしながら、私を気にしながら、魔法で魔獣たちを倒していく。


 魔法が間に合わない時は、魔獣を蹴り飛ばしたり、投げ飛ばしたり。

 シュルフさん。魔法だけじゃなくて、そんなこともできるんだ。


 大変そうだけど、これなら大丈夫そうだ。


 一瞬、嫌な予感がしたけど、これなら大丈夫かも。


 でも、嫌な予感は消えてない。


 こんなに順調なのに。


 どうしてだろう。


「もう少しです。アリス様。もう少しお待ちください」

「うん。頑張って。……え?」


 シュルフさんが戦っている木の近く。

 そこに、急にさっきと同じような模様が現れるのが見えた。


「シュルフさん。後ろにもさっきの魔方陣が」

「え? しまっ!」


「ギャアァァオ!」

「うぐっ!」


 シュルフさんの悲鳴が響く。


「シュルフさん!」


 シュルフさんのすぐ後ろの魔方陣から、2匹の魔獣が現れて、シュルフさんに襲いかかる。


 私が気付くの遅かったから、シュルフさんは防御が間に合わず、肩と腕に噛みつかれてしまった。


 大変だ。すごく痛そう。

 すぐに助けないと。


「来てはいけません!」


 動かないドラゴンさんから下りて、シュルフさんの方に走ろうとする私を制止して、シュルフさんが叫ぶ。


 でも、そんなの無理だよ。


 私はその声を無視して走ろうとした。


 のに。


「あう」


 さっきの私を守ってくれてる白い光が邪魔で外に出られない。


 そんな。このままじゃ、シュルフさんが。


 シュルフさんは、噛みついてくる魔獣をなんとかどかそうと殴ったり、蹴ったりしてるけど、押し倒されていて、そんなに強く攻撃できないみたい。


 それをいいことに、魔獣たちは倒れているシュルフさんに群がっていく。


「くっ。ぐうっ、こ、の、離れろ。あぐっ!」

「シュルフさん!」


 必死で抵抗するシュルフさんを、魔獣たちは数で圧倒していく。


 足を、腕を、肩を、お腹を、首を、寄ってたかって。

 たくさん噛まれて、シュルフさんの周りはどんどん血で赤くなっていく。


 大変だ。大変だ、大変だ。


 このままじゃ、シュルフさんが死んじゃう。


 少しずつシュルフさんの動きが鈍くなっていく。


 早く助けに行かなきゃいけないのに、白い光が邪魔で動けない。


 ドラゴンさんは、何も言わず、シュルフさんを眺めているだけ。動いてくれない。


 どうして?


「ドラゴンさん! お願い、シュルフさんを助けて! このままじゃ、シュルフさんが死んじゃう!」


 ドラゴンさんなら、何とかできるかも。

 ううん。何とかしてくれる。


 でも、ドラゴンさんは何も言わず、私の方を見るだけだった。


「ドラゴンさん!」


 お願い。お願い。お願い。

 シュルフさんを助けて!

 叫ぶように言う。


 その時。


 それは、命令か?


「え?」


 ドラゴンさんがそう聞いてきた気がした。

 

 ドラゴンさんを見ると、何も言わずこちらを見ている。


 そなたの命令であれば、我はどんなことでも従おう。


 今度は、そう言ったような気がした。


「命令? 命令なら、シュルフさんを助けてくれるの?」


 ドラゴンさんが微かに頷いた気がした。


 命令なんて、そんな大それたものじゃないけど。ただのお願いだけど。


 でも、シュルフさんを助けてくれるなら、そんなことはどうでも良かった。


「だったら、命令! シュルフさんを、シュルフさんを助けて!」


 心得た。


「グオオオォォォォン!」


 ドラゴンさんが吠える。

 ビシビシと空気が悲鳴を上げるように、空間が歪むように、大きな咆哮は、私たちの周りの白い光を吹き飛ばした。


 そのまま、シュルフさんに群がる魔獣たちまで吹き飛んで、シュルフさんが解放される。


「シュルフさん!」


 私はすぐにシュルフさんに駆け寄った。


「うっ」


 シュルフさんはとても痛そうで、顔は苦痛に歪んでいた。

 血も止まらなくて、返事をすることもできないみたい。


「ガウゥ!」

「ブオォン!」


 まだ残っている魔獣が、私たちに襲いかかってきたけど、ドラゴンさんは私たちを守るようにしっぽでその魔獣を叩きつける。


 私はすぐにシュルフさんの怪我している所に触った。

 そんなこと、何の意味もないとわかっていたけど。


「あれ?」


 でも、どういう訳が、私が触れた所は、少しだけ光って、ほんの少しだけ怪我が治っている。


 意味はわからない。


 でも、少しでも怪我を治せるなら。

 そう思って私は、シュルフさんの怪我を手当たり次第に触れる。


 そうしたら、完全に治ることはなかったけど、さっきよりは血の流れが弱くなってるような気がした。


「は、早くリリルハさんの所に帰らないと」


 そう思ったのに、シュルフさんは私の手を掴んだ。


「だ、めです。魔獣をすべて駆除、しなくては……」

「シュルフさん。でも……」


 まだ喋るのも辛そうなのに。


「この脅威は、ここで処理しなければ、リリルハ様の町に仇なすことは、許せません」


 無理矢理立とうとするシュルフさん。

 このままじゃ、また傷口が開いちゃう。


 こうなったら。


「ドラゴンさん。お願い! 魔獣を全部やっつけて! 魔方陣も全部壊して!」


「っ! ブオオオオォォォォォン!」


 私が叫ぶと、ドラゴンさんはさっきよりも大きく吠えた。


 そして、それによって舞い起きた突風は魔獣をすべてが吹き飛ばし、そのまま砂のようなものに変わってしまった。


 しかも、さっきの木にあった魔方陣も、今まで見えなかった魔方陣も、すべてが光って、次の瞬間に爆発してしまった。


「こ、これは、ここまで、とは」


 シュルフさんは驚きで目を見開いた。

 そして、力尽きたようにぐったりと倒れてしまった。


「シュルフさん!」

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