第4話

 次の日。


 私とシュルフさんは、町から離れた森の中に来ていた。


 ここは、町へと繋がる街道から少しだけ離れた場所で、魔族が目撃された場所みたい。


 シュルフさんは、以前にもここに来ていて、この近くに魔族の住みかがあるのではないかと考えてるらしい。


 でも、今までも同じように、魔族の住みかを特定しかけた所で、どこか違う場所に移ってしまった。ということがあったみたいで、今回もそうなのだろう、と、シュルフさんは言っていた。


「時にアリス様は、この辺りはわかりますか?」

「ううん。わからないの」


 木々の間を器用に抜けながら、シュルフさんについていく。

 ドラゴンさんも、私たちの後ろを、少しだけ歩きづらそうについてきていた。


 そんな中で、シュルフさんがそんなことを聞いてきた。


 でも、この辺りのことはほとんど知らない。

 今、どの辺りを歩いているのかもわからない。


 ただ、シュルフさんについていってるだけ。


「やはりそうですよね。それでは、少しだけ、ご説明致しますね」

「お願いします」


 そうだよね。

 これから、魔族をやっつけに行くんだから、迷子になったら困るもんね。


 ちゃんとお話を聞かないと。


「まず、この辺りは、ウィーンテット領国の領域になります」

「ん?」


 ウィーンテット領国。

 初めて聞いた。


「ウィーンテット領国は、この辺りの町や村を統率する国です。私たちがいる町もその1つでトマルという名前です」


 あの町、トマルって言うんだ。

 知らなかった。


「ちなみに、ウィーンテット領国を治める大領主様は、アドルフ・ジ・ヴィンバッハ様です」

「ふーん。ヴィンバッハ?」


 リリルハさんと同じ名前だ。


「そうです。リリルハ様は、ウィーンテット領国を治めるヴィンバッハ家のご令嬢になります」


 すごい。リリルハさんは、お姫様だったんだ。

 確かに、すごく綺麗な人だし。上品だし。


 それを聞けばすごく納得。


「じゃあ、リリルハさんは、この国で一番偉いの?」

「そうですね。ヴィンバッハ家の中を除けば、そういう理解でいいと思います」


 だから、みんなリリルハさんのことをあんなに慕ってるんだ。


 すごいお姫様で。

 それに、すごく頭も良くて。みんなのことを一生懸命考えていて。

 本当に優しい人だから。


「ですが、リリルハ様が領主になられた時は、強い反発もあったのです」

「そうなの?」


 今はあんなに慕われているのに。


「リリルハ様があの町の領主になられたのは、成人と認められる15歳の時。当時は、こんな小娘に何ができるんだと言われたものです」


 そうなんだ。でも、他の人たちから見たら、まだまだ小さいのかもしれない。


 リリルハさんの周りにいる人たちは、もっと大人の人たちばかりだから。


「ですが、リリルハ様は、その持ち前の器量とお優しさから、少しずつ町の人たちの信頼を勝ち取っていったのです。それから2年経ちましたが、今ではリリルハ様を慕わない人などいません」


 そう思う。

 町の人たちはすごく生き生きしていて、みんな、リリルハ様のことを誇らしげに話していた。


 それだけで、リリルハさんがすごくみんなに慕われているとわかる。


 シュルフさんも、それを話している間、すごく嬉しそうだった。


 私がシュルフさんを見つめていると、それに気付いたのか、シュルフさんは少し頬を赤らめて、コホンと咳払いをした。


「話がそれましたね。それで、この森についてですが、この森はトマルの森と言って、その名の通り、トマルが管理している森になります」


 なので、基本的には魔族はいません。

 と、シュルフさんが付け加える。


 あれ?


「でも、魔族を見たって」

「そうです。目撃情報があったのは確かです。ですが、私たちは、頻繁にこの森を見回っています。魔族が住み着かないように」

「じゃあ、なんで?」


 シュルフさんたちが、すごく仕事のできる人だということは、私もよく知っている。


 そんなシュルフさんたちが、しっかりと管理してるなら、魔族が住み着くなんてあり得ないはずなのに。


「それが、エンリッヒ様がアリス様を疑っている理由の1つです」


 ああ、そうか。

 エンリッヒさんは言ってた。


 いつもなら、こんなこと、リリルハさんたちならすぐに解決するのに、今回は時間がかかってるって。


 内通者がいるんじゃないかって。


 だから、外から来た私が疑われているんだ。


 そうだよね。その通りだ。

 疑うなら、私しかいない。


 だって、あの町の人たちは、本当に良い人たちばかりだから。


「でも、私……」


 何もしてないのに。


「大丈夫です。アリス様。誰も、アリス様を疑ったりなんてしていませんよ」


 シュルフさんが立ち止まって、私の目線まで屈んでくれた。

 そして、しっかりと目を見て笑ってくれる。


「どうして?」

「私たちはアリス様をよく知っています。それだけで十分です」


 私のことを知ってるから。


 そうか。私もリリルハさんたちのことを知って、すごく良い人だってわかった。


 シュルフさんたちも同じだよって言ってくれてるんだ。


「ありがとう」

「ふふ。確かに、リリルハ様がご執心になるのもわかりますね。可愛らしい笑顔です」

「そう?」

「ええ」


 そうしてシュルフさんはまた歩き出した。


「それに、それとは別に、私たちはあの町の中に内通者がいると考えていますから」

「……え?」


 あんなに良い人たちばかりなのに、あの人たちを疑うの?


「もちろん、リリルハ様にはお伝えしていません。ですが、私やメイド長は、密かにあの町に潜む内通者を探っているのです」

「良い人たちばっかりだよ?」

「ええ。そうですね。ですが、ごく僅かには、リリルハ様のことを快く思わない者もいます」


 そんな。

 リリルハさんは、町の人たちみんなを信じてるのに。


「リリルハ様は、あのままでいいと思います。ですが、リリルハ様を守る私たちは、信じるだけでは駄目なのです」


 そうなんだ。

 なんだか、とても、悲しいな。


「失望させてしまったのなら申し訳ありません」

「ううん。シュルフさんがすごく頑張ってるの、私は知ってるから」


 それだけで十分です。

 シュルフさんが教えてくれた言葉。


 私も使ってみたら、シュルフさんは少し驚いた顔をして、砕けたように笑った。


「ありがとうございます」


 シュルフさん。可愛い。



「さて、そろそろ魔族の住みかと思われる場所に着きます。警戒してください」


 シュルフさんの声が鋭くなる。


 シュルフさんは、今回も無駄足かもしれないと言ってたけど、いるかもしれないから、集中してるみたい。


 心なしかドラゴンさんが、私の近くに寄ってきてる気がする。


 私を守ろうとしたくれてるのかな。


 木々の影に隠れて、離れた所にある岩場を覗き見る。


 よく考えたら、ドラゴンさんは、全然隠れられてないけど、いいのかな?


 でも、シュルフさんも何も言わないし、どうしようもないから、気にしなくていいのかな。


 目を凝らして岩場を見る。

 そしたら、そこに見えたのは、何もない空間だった。


「気配もなし。やはり今回もいませんでしたか」


 シュルフさんは溜息を吐いて岩場の方に歩いていく。


 地面を触ったり、観察したりして、魔族が何処に行ったのかを調べてるみたいだけど、シュルフさんは、はぁ、と肩を落とす。


「収穫はなし。本当に、どういうことでしょうか」


 シュルフさんは難しい顔をして、唸っていた。


「シュルフさん。あうっ」


 シュルフさんの方に寄ろうとしたら、ドラゴンさんに服を甘噛みされて引き寄せられてしまった。


 よくわからず、ドラゴンさんを見ると、ドラゴンさんは何処か遠くの方を見ていた。


 あそこに何かがいる。


 そう言ってるような気がした。


 見ても何も見えないけど。


 でも、ドラゴンさんが言うなら、多分、何かがいるんだと思う。


「シュルフさん」

「どうかしましたか? アリス様」

「あっちに、何かいるかもって、ドラゴンさんが」


 指を指して言う。

 すると、シュルフさんが不思議そうな顔を浮かべた。


「ドラゴン様は喋れないと伺っていたのですが」

「うん。喋ってないよ。そう言ってるような気がしたの」

「なるほど」


 シュルフさんはドラゴンさんの方を見る。

 ドラゴンさんはまださっきと同じ方を見ていて、目線だけは私たちの方に向いていた。


「私も、ドラゴンという種族に詳しくはないのですが、アリス様が言うのなら、そうなのでしょう」


 それに。と、シュルフさんが私を見る。


「ドラゴン様は、アリス様を騙すなんてことはないでしょうから」

「うん」


 大丈夫。ドラゴンさんは優しいドラゴンさん。


 騙したりなんてしないし、いつも私を助けてくれる。


 今回だって、多分、私たちのことを手助けしてくれてるんだと思う。


「わかりました。ドラゴン様の向く方へ行ってみましょうか」

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