ぼうけん

第1話

「ドラゴンさん。つかれてない?」


 あれから数日、私は、ドラゴンさんと旅をしていた。


 よくわからないけど、ドラゴンさんは、ずっと私についてくる。


 最初は、見たことのない山に下ろされて、何処に行けばいいのかわからなかったけど、歩いてみたら、ドラゴンさんは私の後ろについてきた。


 私が止まるとドラゴンさんも止まって、私が動くと、ドラゴンさんも動いたので、私についてきてるんだと思う。


 でも、やっぱりドラゴンさんは、何も言ってくれなくて、どうしてついてくるのかもわからない。


 それでも、ドラゴンさんは、私を守ってくれているようで、獣に襲われそうになった私を助けてくれたり、朝になったら、何処からか果物を持ってきてくれたりしていた。


 ドラゴンさんにお礼を言っても、やっぱり何も答えてくれない。


 何かお返しをしたいけど、ドラゴンさんは、何かを食べたりはしないみたい。


 それならマッサージでもしてあげようとしたけど、私の小さな手では、ドラゴンさんの大きな手足をマッサージしてあげることもできなかった。



 仕方なく、他の手を考えようとしていたら、いつの間にか目の前に町が見えてきた。


 初めて見る町。

 そういえば、ドラゴンさん以外に会うのは、これか初めてかもしれない。


 町に近付けば、たくさんの人が歩いているのが見えた。


 その中の何人かは、私たちの方を見て、驚いたように指を指している。


 ドラゴンさんが珍しいのかな。


 町の入り口まで来たけど、私の目の前は、たくさんの人で塞がっていた。


「こんにちは」


 挨拶は大切。そう聞いたことがある。

 今は昼ぐらいなので、こんにちは。


 朝ならおはようございます。

 夜ならこんばんは。


 そう覚えている。


 でも、私の前にいる人たちは、私の挨拶に答えてくれなかった。


 おかしいな。挨拶を間違えたのかな。


「嬢ちゃん。何しに来たんだ?」

「ふえ?」


 何しに、と言われても、困っちゃう。


 特に何かのために来た訳じゃないんだけど。


 この町に入るためには、何か目的がないと駄目なのかな。


「私、どこに行けばいいのかわからないの」


 正直に言ったら、私の目の前の人たちは、すごく嫌そうな顔をして、ひそひそと何かを話していた。


 そして、また1人の人が私に質問してきた。


「じゃあ、そっちのドラゴンは、何なんだ?」

「ドラゴンさん? 私を守ってくれてるの」


 それ以外はわからない。


 でも、私の答えを聞いて、私の目の前の人たちは、すごく恐い顔に変わった。


「まさか、魔族の類いじゃないだろうな。目的を言え」


 魔族。

 聞いたことがある。


 ドラゴンさんは、神様に遣えていた種族。

 その反対に、魔族は、悪魔に遣えていた種族。


 魔族たちは今でも生きていて、人間を襲って困らせているみたい。


 魔族は、色んな姿形をしていて、確かに見た目は人と変わらない魔族もいるみたい。


 でも。


「私はちがうよ?」

「なら、何故、ドラゴンを従えることができる? そんなこと、人間にできる訳がない」

「わからないの。気付いたら、ドラゴンさんがいて、私を守ってくれるの」


 全部、嘘じゃない。

 でも、目の前の人たちは、それが信じられないみたい。


 どうしてだろう。

 嘘じゃないのに。


「やはり魔族だ。幼い少女の姿に化けた、魔族だ! すぐに捕まえろ!」

「はう!」


 男の人に手を掴まれそうになった時、ドラゴンさんが尻尾で私を後ろに引っ張った。


 そんなに強い力じゃなかったけど、いきなりのことで驚いて、私はよろめいてしまう。

 転けることはなかったけど。


「くっ。武器を持て! 魔族を追い払え!」


 人たちは、おおお、という掛け声を出して、武器を構えた。

 みんな、恐い顔をしてる。


「どうして? 私、何もしてないよ?」


 言っても、みんな、話を聞いてくれない。


 ドラゴンさんは、私を尻尾で包んで、みんなの攻撃から守ってくれてる。


 ドラゴンさんは、ちっとも痛くなさそうで、みんなの攻撃が全く効いていないみたい。

 目を瞑って、ただ攻撃がやむのを待っている。


 そんな感じ。


 でも、全く攻撃が効かないとわかったみんなは、もっと大きな武器を持ってきた。


 大きな、大きな鉈みたいな武器で、3人がかりで持ち上げてる。


 あんなので切られたら、流石のドラゴンさんも痛そう。


「待って。私、何もしないよ? ドラゴンさんも悪いことしないよ?」

「黙れ! この悪魔め!」


 大きな鉈みたいな武器を振り上げて、男の人が叫んだ。


 振り落とされる。


 私は恐くて目を瞑った。



「お止めなさい!」


 その時、凛とした綺麗な声が響いた。


 ゆっくりと目を開けると、私たちの前に女の人が立っていた。


 その人は、さっきまで私たちを攻撃していた人たちの前に立って、私たちを庇ってくれているみたいだった。


「こんな幼い女の子を恐がらせて、恥を知りなさい!」

「で、ですが、領主様……」

「言い訳は結構!」


 ピシャリと言った女の人の声に、みんなは黙り込んでしまった。


 よくわからなくて、ぼうっとしていると、女の人がこちらに振り向いた。


「失礼を致しましたわ。私、この町の領主を務めております。リリルハ・デ・ヴィンバッハと言いますわ。あなたは?」


 その女の人はすごく綺麗な人で、他の人よりもすごく若く見えるのに、纏っている雰囲気は誰よりも凛としていた。


「私、名前、覚えてないの」

「まあ、そうなの。それじゃあ、何処から来たのかも?」

「わからない」


 さっきも言ったけど。


 でも、この女の人は、私の話を聞いてくれるみたい。


「そうでしたのね。じゃあ、そちらのドラゴン、さんについても、よく知らないのですわね?」

「うん」


 それは心細かったでしょう。


 そう言って、女の人、えと、リリルハ・デ・ヴィンバッハさんは、私を優しく抱き締めてくれた。


 すごく心地良い。


「それでは、ひとまず、私の家にご案内しますわ。失礼をしたお詫びもかねて」

「き、危険です! 領主様!」


 さっきの大きな鉈みたいな武器を持っていたうちの1人が、そう叫んだ。


「何が危険だというのですか? こんな可愛らしい女の子。魔族のはずがありませんわ」


 リリルハ・デ・ヴィンバッハさんは、言いながら、私の顔に頬擦りする。


「はぁ。なんとも愛らしい子。真っ白で、まるで天使みたい。こんな子を恐がらせるなんて。どちらが悪者ですの?」


 リリルハ・デ・ヴィンバッハさんの言葉に反対できる人はいないみたいで、それからは特に誰かに襲われることもなく、リリルハ・デ・ヴィンバッハさんの家まで案内された。


 もちろん、ドラゴンさんも一緒に。


 ◇◇◇◇◇◇


「紅茶を入れましたわ。これで、少しは落ち着くでしょう」

「ありがとうございます。リリルハ・デ・ヴィンバッハさん」

「あらあら。リリルハでいいですわよ」


 よかった。

 すごく長いなと思ってたから。


 リリルハさんが入れてくれた紅茶は、少し苦かったけど、温かくて、言うように少しだけ心が落ち着いた。


 リリルハさんの家はすごく大きくて、この部屋も、ドラゴンさんでも入れるぐらいの大きさだった。


 でも、入り口が少し小さくて、ドラゴンさんは、外で待っているけど。


「さて。えっと、……ふむ」


 リリルハさんは、何かを言いかけて止まった。


「名前がないのも、何かと不便ですわね」


 リリルハさんが言う。


 確かに。

 さっきみたいに、名前を聞かれて覚えていないと言うと、色んな人に変な目で見られてしまうかも。


 そのせいでドラゴンさんに迷惑をかけちゃうのは、嫌だな。


「そんな顔をしないでくださいな。いいですわ。あなたがよろしければ、私が、仮の名前を考えてあげますわよ」

「本当?」


 名前をつけてもらえる。嬉しい。


「ふふ。無表情なお人かと思いましたら。そんなに目を輝かせるなんて。ふふふ、ますます可愛らしく見えますわ」


 笑っているはずのリリルハさんの目が、少しだけ恐く感じた。

 なんでだろう。


 それに、リリルハさんの口から涎が垂れている。

 お腹、すいたのかな。


「はっ。いけませんわ。それよりも、名前ですわね」


 なんとなく、居心地が悪くて、リリルハさんから目をそらしていたら、リリルハさんは、ハッとしたように目を見開いて、涎を袖で拭った。


 そして、少しだけ、うーん、と悩んだリリルハさんは、決めましたわ、と呟いて、にこりと私に微笑みかける。


「あなたの名前は、アリス、ですわ」

「アリス」


 アリス。


 アリス。



「き、気に入らなかったかしら?」


 黙ったままの私に、リリルハさんは不安そうな顔で尋ねてきた。


「ううん。いい名前。うれしい、ありがとう」

「はうっ!」


 お礼を言うと、リリルハさんは胸の辺りを押さえて、後ろに倒れてしまった。


「リリルハさん、大丈夫?」


 急いで見に行くと、リリルハさんは不思議と、笑って胸を押さえていた。


「はぁはぁ、不意打ちの笑顔。胸キュン爆死」


 よくわからない言葉を並べて、リリルハさんは、親指をグッと立てた。


「ご馳走さまですわ」

「うん?」


 何かを食べたのかな。

 気付かなかったけど。でも、私は何もあげてないけど。


「おそまつさま?」

「くはっ!」


 首をかしげると、リリルハさんがまた倒れてしまった。


「小首をかしげる姿。良き、ですわ」


 リリルハさんの言ってることは難しくて、私には理解できないみたい。


 その後も、リリルハさんは息づかいが荒くなったり、時折、嘗めつけるような目で見てきたり、不思議な人だったけど、でも、私の話をしっかりと聞いてくれる、とてもいい人だと思った。

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