第2話
「おっほん。では、アリス。今後の話をしましょう」
リリルハさんがだいぶ落ち着いてきた頃、そう切り出された。
今後の話。
私の今後の話。
「アリス。あなた、何処か行く当てはあるのかしら?」
「わからない」
帰る場所も、来た場所も、何もわからない。
そんな私に、行く当てなんてあるはずない。
何かを知ってるかもしれないドラゴンさんも、私を何処かに導いてくれることはなかった。
ただ私の進む方についてきてくれるだけ。
だから、わからない。
「そう。なら、しばらく、私の家に住みませんか?」
「え?」
リリルハさんが言う。
「いいの?」
「ええ。もちろん。このままアリスを放っておくことなんてできませんわ」
嬉しい。
でも、リリルハさんに迷惑をかけてしまうかもしれない。
ドラゴンさんにも迷惑をかけてるのに、さらにリリルハさんまでなんて。
それに、この町の人はドラゴンさんが恐いみたい。なら、私たちがここにいるのは、町の人にとっても迷惑になるかもしれない。
人に迷惑をかけては駄目。
それくらい、私でもわかる。
「でも……」
「迷惑だなんて思っていませんわよ?」
「はへ?」
私、口に出してたかな。
「ふふ。言わなくても、その顔を見れば、何となくわかりますわ」
リリルハさんは、少し屈んで私の目線に合わせてくれた。
そして、すごく優しい顔を見せてくれた。
「私は、全っ然、迷惑じゃありませんわ。むしろ、はぁはぁ。いえ、何でもありませんけど」
またリリルハさんの目が不思議に笑った。
こほん、と、リリルハさんは咳払いをして、呼吸を整えているみたい。
「私は、迷惑だなんて思いません。町の人たちも、あなたのことを知れば、恐くなんてなくなりますわ」
「でも……」
あんなに恐い顔をしてたのに。
「ごめんなさい。さっきは本当に恐がらせてしまったみたいですわね。ですが、彼らも怯えていただけですの。本当は、良い人たちなんですよ」
リリルハさんは、誇らしげに言う。
「あの行動も町を守ろうとした結果。もちろん、人の話を聞かないのは問題ですが。それでも、私は、彼らもちゃんと人を見ることができる人だと確信していますわ」
リリルハさんの目を見れば、本心からそう言っているということが伝わってくる。
本当に町の人を信頼してるみたい。
あれだけ怒っていたのも、その信頼があったからなのかも。
もし、町の人たちが、本当に私たちを受け入れてくれるなら、私はこの町で、リリルハさんと一緒にいたい。
「わかりました。しばらくお世話になります」
「あはっ! ようこそ、アリス、ですわ!」
「むぎゅ!」
リリルハさんが突然、抱きついてきた。
息ができないくらい。
離して、と言っても、リリルハさんは、聞こえてないみたい。
少し苦しい。
でも、そんなに嫌な感じはしなくて。むしろ、リリルハさんの温もりが心地よく思えた。
なんだか、お母さんみたい。
私にお母さんがいたのかも覚えてないけど。
お母さんがいたら、こんな感じなのかな。
多分、リリルハさんは、お母さん、なんて年齢ではないと思うけど。
◇◇◇◇◇◇
「えっと、あと、買わないといけないものは」
リリルハさんにお世話になることになって、数日が過ぎた。
ただお世話になるだけなんて失礼だから。
私はリリルハさんのお手伝いをすることにした。
リリルハさんの家には、メイドという、リリルハさんのお世話をする、すごい人たちがいて、もう人手は足りてると言われたけど、何もしないのは嫌だと言ったら、メイドのお仕事を教えてくれることになった。
リリルハさんは、そのメイド、の仕事服を着た私を見て、また倒れてしまったけど。
メイドのお仕事はすごく大変だったけど、みんな優しく教えてくれて、すぐに色んなお仕事をできるようになった。
何故かみんな、すごく驚いていたけど。
今は、買い物中。
もちろん、ドラゴンさんも、一緒。
町の人たちも、最初は恐い目をして私たちのことを睨んでいたけど、今ではそんなに恐い目をされることはなくなった。
むしろ。
「おお、アリスちゃん。今日は何を買っていくんだい?」
「おじさん」
こんな風に声をかけてくれる人もいる。
リリルハさんが言ってたみたいに、みんな、私のことをちゃんと見てくれて、ドラゴンさんにも優しくしてくれる。
本当に良い人たちばかり。
私は、残っているものを確認するためにリリルハさんから渡されたメモを見る。
「あ」
メモに残っていたのは、ピーマンという野菜。
緑色の野菜で、とても苦い野菜。
私はあまり好きじゃない。というか、嫌い。
でも、リリルハさんから買ってきてって言われたから、買わない訳にもいかない。
どうしよう。
あ、そうだ。
「苦くないピーマンをください」
「え? う、うーん」
おじさんはたくさんの野菜を売っている。
もちろん、ピーマンも。
こんなにたくさんあるんだから、苦くないピーマンもきっとあるに違いない。
でも、期待して聞いてみたけど、おじさんは苦笑いを浮かべていた。
「そんなにキラキラした目で言われると言いづらいんだが、苦くないピーマンはないなぁ」
「え?」
そんな。
こんなにいっぱいピーマンがあるのに。
「ピーマンは、苦ければ苦い程、新鮮だって言われてるからなぁ」
苦ければ苦い方がいいんだ。
なんて、おじさんは言うけど、私には全く理解できなかった。
だって、苦いんだもん。
それでも、買ってきてと言われたんだから買わない訳にもいかない。
「ピーマン。2袋ください」
「はは。毎度さん」
どさりと私の手にピーマンが乗る。
見ただけでわかる。これは苦そう。
おじさんは面白そうに笑ってるけど、私は家に帰るのも憂鬱だった。
何はともあれ、お買い物はこれで全部終わった。
あとは帰るだけ、そんな時。
「アリスちゃん」
私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ。セリアちゃん。カイトくんも」
この町に来て初めてのお友だち。
セリアちゃんとカイトくん。
私は、自分が何歳なのかもわからないから、同年代っていうのも変だけど、身長とかはセリアちゃんと同じくらいなので、私もセリアちゃんたちと同じくらいの年なのかなと思ってる。
ちなみにセリアちゃんたちは、今年で10歳になるみたい。
「どうしたの?」
「アリスちゃん。カイトくんが、面白いものを見つけたんだって。一緒に見に行かない?」
カイトくんは、どんなもんだい、というように、誇らしげに笑っていた。
面白いもの。
見たい。
「でも、これ、持って帰らないといけないの」
私の手いっぱいある食材は、今日の夜ご飯に使うものもあると言っていた。
みんな、私の帰りを待ってるはず。
「そんなの後回しにしてさ、行こうぜ」
カイトくんが私の手を引く。
「ちょっと、カイトくん。無理矢理は駄目だよ」
そんなカイトくんを嗜めるようにセリアちゃんが怒った。
「なんだよ。お前はアリスに来てほしくないのかよ」
「無理矢理は駄目って言ってるの」
むむむ、と2人がにらめっこする。
けんかはだめ。
2人もそれはわかってるはず。
私がはっきり言わないのが悪いんだよね。
「ごめんなさい。やっぱり、早く帰らないと。また今度誘ってね」
「うん。わかった。ほら、カイトくんも」
「ちぇー。そんなのほっとけばいいのに」
カイトくんは納得がいかないみたいで、ブツブツ言って何処かに行っちゃった。
「大丈夫だよ。私が見に行くから。またね、アリスちゃん」
「ありがとう、セリアちゃん」
2人を見送って、私はまた家までの道のりを歩いていった。
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