ノートーク・ノースパイ⑨




ルシアは牢屋の外が騒がしいことに気付き、目を覚ました。


―――あれ、寝ちゃっていたのか・・・。


どうやら疲れが溜まっていたようで、いつの間にか眠っていたらしい。 外にいる牢番たちが慌ただしそうに動いている。


―――一体どうしたっていうんだ・・・。

―――あ、もしかして姫様を攫うのに成功した?


そう思った瞬間、どこからか視線を感じた。 斜め左の牢屋にいる男が、こちらに訴えかけるような目で見ている。 見た目はそこらの一般人と変わりないが、その目付きは明らかに市井の人間ではない。 

一瞬不快に感じたが、様子があまりにもおかしかったためスパイだと察した。 目配せしてみると、男は力強く頷く。


―――なるほどね、アイツが姫を攫ったのか。

―――ここにいるっていうことは、身体を張ったんだな。


どうやって姫を攫ったのかは分からない。 一人で何とかしたのかもしれないし、スパイ同士で連携を取ったのかもしれない。 

捕まるのは織り込み済みだったのか、下手を打ったのか、それも分からない。 だがそこに姫を攫った男がいるのは、都合がよかった。


―――よしッ、俺の最後の一仕事といくか!


ルシアは腰の後ろに手を当てた。 そこにあるのは鍵束で、使いやすいよう細工してあるが触れると微かに金属音が鳴った。 

ルシア自身、捕まる可能性が高いと踏んでいたため予め牢の鍵を盗み、念のため複製しておいたのだ。 次に行うのは囚人の開放。 

といっても今日以前の人間はそのままで、喋ってはいけない法律に違反した人間だけを逃がす。 ここまで想定外のことはなく、ルシアの目論見通り進んでいた。


「静かに、気付かれないようにするんだぞ」


城の者たちも、ここにいる人間はスパイ疑惑があるというだけで元々本気で拘束するつもりなどない。 つまり抜け出してしまえば、喋らなければ連れ戻されることもないということだ。 

外の異変でほとんどの警備が出払っているのか、数人の牢番を気絶させるだけであっさりことは進んだ。


―――じゃあ俺も、とっととこの国から出るか。


そう思い動こうとすると、一人の男がこちらをずっと見ていることに気付く。 姫を攫ったと思しきスパイだ。


―――・・・できれば目立ちたくないから、一人で行動したいんだけど。

―――時間がないから、ここで迷っている場合ではないか。


後ろから男が付いてくることを感じながら、この国を出た。 ルシアはこの国から隣国へ行く最短ルートを知っている。 舗装されていないが、一番近いため便利だった。 

流石に今の状況では徒歩以外の交通手段が使えないところだが、スパイは専用の交通手段を持っている。 迅速で静かに隣国へと移動した。 隣国は大きな壁に囲まれた城塞都市だ。

出入り口は大門が一つしかなく、どうやら他のスパイや姫は到着していないようだった。 馬を秘密の管理場所に預け、大門へと回る。 そこでずっと付いてきた男が話しかけてきた。


「ねぇ、君・・・ッ。 君って、スパイだよね?」


年齢はルシアよりも大分老いている。 おそらくは40代かそこら。 ルシアを子供とでも思っているのだろう。


「そうですよ」

「だよね、よかった。 こんなルートがあるなんて知らなかったよ。 それに君は小さいから、本当にスパイなのかと最初は疑った」

「牢屋にいた時、俺のことをずっと見ていましたよね? その時には既に、俺がスパイだと分かっていたんですか?」

「勘でね」

「よく分かりましたね」


ルシアも当たりを付けていたが、どうやらお互い様のようだった。 姫を連れ出すのを任されるのだから、平凡な見た目とは裏腹にランクが高いのだろう。 

だが自分を子供だと油断しているのか“口数が多いな”と思っていた。


「まだ子供なのに、大人並みに肝が据わっていたからな」

「・・・そうですか。 姫様をよく連れ出せましたね」

「城からはね。 だけど姫を抱えて城を出た途端、流石に警備に見つかって。 だけどその時丁度他のスパイが来ていたから、その人にあとは託したんだ」

「へぇ、凄い。 一人でそこまでやってのけるなんて流石です」


当たりだ。 当たりだが、どうやら捨て駒でありランクが高いと思っていたのは勘違いだと分かった。 そうなれば、彼に大して価値はない。 この先、特に使えることもないだろう。


「いや、まだまださ。 これからももっと頑張っていかないと。 ・・・あれ? どうしてそんなに、怖い顔をしているんだい?」

「いや別に? ただ、今までご苦労様だと思って・・・ねッ」


ルシアは労いの言葉と同時に、男に向かって拳を突き出した。 男の鼻面に命中。 体力的に弱っていたのか、簡単に倒すことができた。 身体を引きずり物陰へと運ぶ。 

いずれは見つかってしまうだろうが、しばらく時間が稼げれば十分だった。 ルシアは横たわる男を一瞥すると、また歩き出した。



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