ノートーク・ノースパイ⑧
ルシアは城の地下にある牢屋へと連れてこられた。 カビと鉄臭い匂いが、鼻にツンとくる。 初めてのものならいざ知らず、ルシアともなればその臭いにすら懐かしさを憶える程だった。
―――結構、違反者がいるな。
おそらくなら通常かなりの空きがあるだろうが、今日は相牢する程に人が多い。 だがルシアは、その罪状のせいか奥の牢に一人で入れられるようだ。
押し込まれるように中へと入り、鍵をかけられる。
「少し、ここで待っていてください」
手錠足かせを付けないのは、ルシアに対する情けなのだろうか。 ルシアは敷かれた藁敷きにゴロリと横になり、時を待った。 いずれやってくるのは、顔の知る面々だろう。
―――陛下とオリバー、っていうところか。
二十分程待っていると、遠くから聞こえてきた団体の足音が自牢の前で止まった。 護衛を引き連れやってきたのは王と補佐のオリバーで、ルシアの予想通りだった。
「ルシア様!? 本物じゃないですか! 本当にルシア様は、隣国のスパイだったのですか!?」
オリバーは牢越しにルシアの顔を確認し、心底驚いたといった表情を浮かべている。
「・・・」
「やっぱり・・・。 やっぱり、やっぱり! おかしいと思ったんですよ! まだこんなに小さくて若いのに、スパイだなんて! 普通は有り得ないです! 信用もできない!
国王陛下も、何か仰ってくださいよ!」
「・・・ルシア、お前が隣国のスパイだったというのは本当か?」
「・・・」
「警備の者から聞いたが、私の娘を攫おうとしていたみたいじゃないか。 眠らせて抱えて、一体どこへ連れ去ろうとしていたのだ?」
「・・・」
「お前は優秀だと思っていたのに、残念だよ」
王は視線を外し、目を伏せた。
「そうだそうだ! 残念を通り越して絶望だ! 国王陛下、どうします? 姫様を攫うなんて言語道断! この国にいさせるべきではないです!」
ルシアは二人の言葉をただ黙って聞いていた。 どんな裁量が下されても、文句は言えないだろう。 それだけのことをした自覚があった。 だがもちろん、諦めたわけではない。
「・・・そうだな。 でも処断は後だ」
「どうしてですか!?」
「まだ今日は終わっていない。 隣国のスパイが、まだどれ程入っているか分からん。 そうすると、ルシアはソイツらを炙り出す囮に使えるかもしれないからな」
「それも、そうですね・・・」
「ルシア、また会おう。 それまでは、ここでじっとしておくんだぞ。 あとでゆっくりとお前に運命の判決を下す」
そう言って陛下とオリバーは、牢屋から出ていった。
―――・・・これで終わりだなんて、ちょっと拍子抜けしちゃったな。
―――指の一本や二本、覚悟はしていたんだけど。
ルシアはゆっくりと牢屋内を見渡す。 捕まっている中に、隣国のスパイがいるかを探す必要があった。 スパイは当然、その身分を明かしてはいけない。
誰がスパイで誰がスパイでないのかなんていうのは、顔を見ただけでは分かるはずがなかった。 それでも長年やってきたルシアには、一般人との違いが何となく分かるようになっていた。
―――あとは、他のスパイだけが頼りだな。
スパイ同士にまとまった作戦はない。 だが場慣れしている者程、臨機応変に動くことができる。 それにスパイ同士、分かるものがあれば伝わることもあった。
―――俺を、姫様の後を無事に追えるよう声を出して犠牲になってくれた奴は、俺と同じスパイ。
―――俺のコインに、気付いてくれたんだから。
投げたコインの種類で合図をするというのは、隣国のスパイの間では有名なことだった。 これで顔が分からずとも、連携を取ることができる。
―――それに、あの姫様の懐中時計。
―――蓋を開いた時にあったあの青い光は、おそらく追跡装置だ。
―――懐中時計と、追跡装置を管理している者との距離が近付けば近付く程、より青く光る仕組みになっているタイプ。
―――おそらく眠った姫様は、城へと一度運ぶだろう。
―――その時に追跡装置を管理している者が姫様に近付くと思って、懐中時計を他の奴に託したんだけど・・・。
―――分かってくれるかな?
先程のオリバーと陛下が話していたため、この牢屋で話したとしても罪を重ねることにはならないだろう。
どうにかしてスパイ同士で意思疎通をはかりたかったのだが、流石に関係のない人もいることから不可能だ。 だがルシアとしては、そんな義理はなかった。
―――まぁ、あとは他の奴らで頑張ってくれ。
―――俺の最初の役目は、元からここまでだった。
ルシアは大きく息を吐き、牢の壁に体重を預け目を瞑った。 少々の騒がしさと薄暗さが、身体に心地よかったのだ。
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