ノートーク・ノースパイ⑦
周りに人がいない場所まで来て、ルシアは物陰に潜んだ。 右ポケットからはハンカチを、左ポケットからは小瓶を取り出して確認する。 何度か衝撃があったが、どうやら壊れてもなければ漏れもない。
心の中で安堵し、ハンカチに液体を染み込ませた。 小瓶は下水路への穴へと捨てる。 経験上、これが最も手っ取り早く足の付きにくい始末方法だ。
ハンカチを握り締め、廃屋から欠けた石レンガを掴んだ。 覚悟を決めると、姫とボディガードの真後ろへ急ぐ。
―――申し訳ないけど、許してくれッ!
突然の足音に気付き、男は咄嗟に振り返った。 その瞬間、ルシアの持っていた石レンガが男の顎に直撃する。 体格の差を埋めるにはこれしかなかった。
ズドンと大きな音を立て男が倒れるのを見ると、姫が驚愕したため悲鳴を上げられる前にハンカチで口を塞いだ。 即効性の睡眠剤だ。
「はいはい姫様、静かにしていてね。 痛い目に遭いたくないなら」
姫の身体が次第に脱力していく。 父親に調合法を教わった睡眠剤の効力は、ルシアは身を持って知っていた。
だが警備を眠らせ潜入したことはあっても、人に使って運んだことはなく、脱力した人間がどれ程重いか分かっていなかった。
―――うわッ、重・・・!
姫の体格は寧ろ華奢であるが、ルシア自身身長が低く、小柄なため力仕事には向いていない。
―――やっぱり、父さんみたいに上手くはいかないか。
―――ここまで来ればあとは楽勝だと思っていたけど、どうやって運ぶかまでは考えていなかった・・・。
―――そのまま担いでいけばいいか?
―――・・・いや、俺には厳しいかも。
それでもこのまま呆けているわけにはいかない。 何とかこの国から出ようと思い、姫を引きずってでも移動した。
だが大男が倒れた音がかなり大きかったせいか、警備員が不審に思い次第に集まってしまったのだ。
―――あーあ、俺の役目はもう終わりか・・・。
最後にルシアは、姫の首から懐中時計を抜き取り懐にしまった。 失敗した自分は終わり。 ルシアは逃げることを諦め、素直に捕まろうとした。
「貴方は、ルシア様・・・ッ! 一体、どうして・・・」
「・・・」
タイミングがいいのか悪いのか、警備はルシアのことを知っていたようだ。 思えば確かにどこかで見た記憶がある。
「・・・規則は規則です。 たとえ相手がルシア様でも、牢屋まで付いてきてもらいます」
警備はルシアが国を裏切ったことに悲しんでいるようだった。 牢屋へと連行される最中、姫のもとへ別の警備がやってきて救助されたようだ。
だがそれ以上に確認したいことがあり、物陰に目を配っていた。 見つけたのは一人の男。 この国の人間であるよう装っているが、見てきたルシアにはその違和感を感じ取った。
軽く目配せすると反応したため、隣国のスパイだと確信する。
―――ちゃんと気付いてくれよ・・・?
連行されながらも、姫から盗んだ懐中時計をこっそりと壁の上に置いた。 あとは後ろを振り返ることもなく、怪しまれないよう警備に付いていくことしかできなかった。
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