ノートーク・ノースパイ⑥




ルシアは声を出して捕まった人間を確認し、一般人とあたりを付けた。 スパイであったとすれば、あれ程間抜けな捕まり方をするはずがない。 噴水を離れ、飲み物を買うため店を訪れる。 

ポケットの中にはハンカチで包まれた数枚のコインが入っていて、一番小さいものを手探りで当てるとそれを店主に渡した。 コップに注がれた薄黄色の液体。 

コップ越しに伝わる冷たさに満足気に頷くと、噴水へ戻った。 一口飲んで喉を潤すと、再度辺りを確認し始める。


―――俺の勘が言ってる。

―――まだスパイは見つかっていない。


あれから数人声を発し、警備に捕まるのを確認した。 人間は普通喋る生き物だ。 うっかり声を出してしまうのは、仕方のないことだろう。 

スパイでなければ、翌日には穏便に出られるため大して問題もない。


―――俺も牢屋に入れられたことがあるけど、案外悪くはないんだよね。


飲み干して空になったコップを振り被る。 そして、5メートル程離れたところにあるゴミ箱へ向かって投げ捨てた。 だがそれは、見事な程に外してしまう。


―――うわ、マジか・・・。

―――いつもは入るのに、今日は入らないだなんて。

―――・・・今日はツイていない日なのかもな。


溜め息をついて、外したコップを拾おうとゴミ箱に近付いた。 その瞬間、誰かと軽くぶつかってしまう。 声が出せないため慌てて深く頭を下げた。 

そしてゆっくり顔を上げると、一人の少女とガタイのいい大きな男が視界に入る。 どうやら少女にぶつかってしまったらしいが、後ろにいる男に支えられ転びはしなかったようだ。 

少女は慌ててペコペコと頭を下げている。 身なりからすると、いいところのお嬢さんといった感じだった。 後ろの男が睨み付けてきたため、マズいと思い彼女に上体を上げさせる。


―――・・・あれ?

―――どこかで見たことがあるような・・・。

―――・・・ッ、もしかして姫様か?

―――城の廊下で見た肖像画とそっくりだ。


フードを深く被り顔を隠しているが、派手な長い金髪は非常に特徴的だ。 偶然の出会いに驚いていると、姫は自分の首元に手を当て困った表情をしていた。


―――どうしたんだろう。


彼女の目線の先を追うと、石畳の隙間に懐中時計が落ちている。 それを拾い上げると、ぶつかった衝撃で蓋が開いてしまっていた。 

どうやらかなり高価な作りになっているため、姫のもので間違いないだろう。 今の姫の姿は国民とあまり変わらない。 

そのような恰好の中、時計だけが高価なことから、アンバランスで違和感を感じた。 それでも肌身離さないということは、余程大切なものなのだろう。 

拾って蓋を閉めようとした時、あることに気付く。


―――・・・何だ?

―――この青い光。

―――・・・あ、もしかして。


時計は薄っすらとだが、一部が青く光っていた。 注視していると、大男がギロリと睨んでくる。 

よくよく思えば、この大男も城で見かけたことがあったのかもしれないが、今は思い出すことができなかった。 

ルシアは時計の蓋を閉め軽く汚れを拭き取ると、何事もなかったかのように笑顔で彼女に時計を返す。 それを受け取ると、彼女は安心したように笑った。 

深く腰までの礼儀正しいお辞儀をして、男と共にこの場を離れていく。 その背中を見て、ルシアはニヤリと笑った。


―――これは、勝ったな。


どうやらツイていないと思ったのは間違っていたようだ。 ルシアはコップを拾い上げゴミ箱に捨てると、噴水のところまで戻った。 

右ポケットにある一番大きなコインを取り出すと、地面に当て二度音を鳴らし大空に向かって放り投げる。 長く宙を待ったコインは、やがてルシアの手の中へ。 その瞬間、辺りに大声が響いた。


「喋ってはいけないだなんて、俺は聞いていないぞ! ふざけるなッ、これは横暴だ!」


路地の向こうからの怒声に、辺りの警備がすぐさま反応した。 ルシアはコインを包んでいたハンカチだけをポケットに入れ、残りを噴水に置く。 

警備が全員声の方へ行ったのを確認し、小走りで先程の姫の後を追った。



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