ノートーク・ノースパイ⑤




さて“喋ってはいけない”法律であるが、当然深い意味なく違反するものが出てくる。 城の地下にある牢屋、そこに先刻声を出して捕まった者が連れられていた。 

一応縛られてはいるが、簡易なロープで逃げようと思えば逃げられる程に緩い。 それでも逃げないのは、もし逃げたら罪を重ねてしまうと分かっているからなのだろう。


「ちょっと待ってくれ、話を聞いてくれ! 声を出したのはうっかりだったんだ!」


もう違反をしているのだから、声を出す出さないに意味などない。 相手する牢番も同じだ。


「あぁ、もちろん話は聞く」

「よ、よかった。 俺はただ、カミさんが俺の仕事に文句ばかりを言ってくるから、つい声に出して言い返してしまっただけだ!」

「ほう。 つい、ねぇ。 単刀直入に聞こう。 お前はスパイか?」


正直な話、声を出すだけで捕まえて罰する。 それは牢番であっても、やり過ぎだと思っていた。 だが根本となるスパイの炙り出しという意味では、効果は高い。 

牢番も質問しつつ男の挙動を見逃さないよう、観察している。


「スパイ? いや、何のことだよ。 この俺がスパイをしているように見えるか!?」

「じゃあ身分証を見せろ」


男はすんなり身分証を提示した。 偽造された形跡もなく、本物の身分証だ。


「・・・確かに、この国の者だな」

「当たり前だろ! 俺は悪いことをしていない、ここから出してくれ!」

「悪いが、それは無理だ。 法律を犯したことに変わりはない。 でも明日には解放してやる」


今日一日、違反者は絶対に外へ出すことはできない。 それが法律というものだ。


「俺にはまだ仕事が残っているんだよ!」

「日付が回ったら解放してやると言っているだろう。 それまでの辛抱だな」

「何なんだよ・・・」


男がいじけて壁にもたれかかるよう座ったのを見て、牢番は離れた。 可哀想だと思うが、スパイではないと断定することはできない。 大人しく、一日牢屋で待機させるしかなかった。






同時刻、姫の避難所に伝令からの言付けが届く。 ケビンとしては、上からの拒否を望んでいたためその表情は暗い。 大きく息をつき、その内容は誤魔化せないと判断すると姫に伝えた。


“姫様。 オリバー様から、外出の許可をいただきました”

“まぁ、本当? 嬉しい! 今すぐに行きましょう!”


ただ好き勝手に、行動を許すわけにはいかなかった。 それはオリバーであっても、ケビンであっても同じ気持ちだ。 ケビンとしては、断固として姫の外出など却下してほしかったが仕方がない。


“お待ちください。 その前に、約束事があります”

“何です?”

“まず、私からは絶対に離れないこと。 国民の人とは極力接触はしないこと”

“そのようなこと、初めて外出する時に散々言われたことです。 どうして今更、念を押すように言うのですか?”

“いえ、憶えているのなら結構です。 ご無礼、失礼しました”


いつも外出している時でさえ、姫の護衛ともあれば警戒度は高い。 なのに狙われている今となれば、神経の入れ具合は比べ物にならないだろう。 

ケビンは言いようのない不安を抱えながらも、姫の身支度を手伝うのであった。



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