ノートーク・ノースパイ③




城から郊外へ向け離れ、小規模ながら清潔感と厳かな雰囲気を纏う住宅地。 そこの赤いレンガ造りの建物に、姫は移動していた。 最低限の護衛、ただ有事の際に避難しやすい立地に作られた場所。 

周りの建物に比べ古びれているのは、偽装のためなのだろう。


“お嬢様。 読書でもされますか?”


近衛であるケビンは、手書きしたメモ書きを姫に見せる。 当然“喋ってはいけない法”に、例外はないのだ。

姫は退屈そうに外を眺めていたのだが、メモ書きを一瞥すると、またぼんやりと窓の外へ目を向けた。 外に特別なことはなく、人ひとりここからでは目に映らない。


“では、ティータイムにされます? 下の者に言って、命令させますが”


姫は首を横に振り、退屈そうにしている。 ここへ来てからずっとこの調子だった。


“私、外へ出たいです”


ケビンが困っていると、姫自らそう手書きした。 ケビンは姫が狙われているということを聞いている。 外へ出ることの危険性を理解しているため、慌てた様子で素早く書いた。


“それは駄目です、お姫様!”

“どうして?”

“ど、どうして・・・。 そう、言われましても・・・”


文字の後半はごちゃごちゃしていて読めない。 余程、焦っているのだろう。 だがそれも当然のこと。 近衛として、姫の安全は絶対。 

ましてや少数で警護しているのだから、籠城してくれるのが最も有難い。 睡眠薬でも持っていれば盛ってしまいたい程なのだ。


“月に一度のペースで、いつも外出許可を下さるでしょう? それが今日になったというだけ。 何がいけないの?”

“ですが・・・”

“今日外へ出ないと、意味がないんです!”


流石に今日でなくても、という表情を見せるケビン。 何も答えられずにいると、姫が書き連ねた。


“ケビン、どうしたの? 何か、私に隠しているの?”

“滅相もございません! 今すぐ外出許可をもらえるかどうか、下の者に確認に行かせます!”


これ以上怪しまれてはいけないと思ったケビンは、ついに折れた。 事情を知らせないよう、何とか今日一日をやり過ごす。 それには姫の機嫌取りが不可欠である。 

仕方なくと言った具合に、伝令を城へと向かわせた。 どのみち、自分一人で決められることではないのだ。






同時刻、花屋を立ち去ったルシアは街を歩いていた。 周りをキョロキョロと見渡していると、不注意で壁の角にぶつかってしまう。 その衝撃でズボンの左ポケットから、カランという音が鳴った。 

物静かだと小さな音でも目立つ。 幸い周りに人がいなかったため、壊れていないかだけを確かめた。 その後、大きな噴水まで歩き腰を下ろす。 

街がこう静かだと、飛沫の音がやたら鮮明に聞こえるものだ。


―――そろそろ、か・・・。


周囲を見渡していると、怒号が聞こえた。


「ふざけるんじゃねぇぞ!」


突然の大声に、通行人は大きく身体を震わせ声の方へ注目する。 ルシアもその中の一人だ。


―――今の声、結構遠くの方から聞こえたよな。

―――こんなにも街が静かだと、かなり遠くても声は届くのか。

―――もしかして、もう一人目のスパイが捕まった?


ルシアが王に報告してから、一時間が経とうとしていた。



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