ノートーク・ノースパイ②




ルシアは王に『しばらくは休むといい』と言われたため、自分の家へ一度戻ることにした。 先程口を出してきた大臣は、このまますぐ隣国へ戻るよう言ったが、それを王が止めたのだ。 

ルシアとしても王の提案は有難かったため、それを快く受けた。 城の廊下を歩きながら思う。


―――決して喋ってはいけない、という法律か。

―――国民には不安を与えないよう、事情を話してはいない。

―――おそらく、姫様の情報を隣国に渡さないというのと、スパイを見つけやすくするためなんだろうな。

―――『城の警備を街の至るところに配置した』って言っていたから、準備は万全だ。

―――スパイは知らずに聞き込みとかで喋って、警備員に見つかり即捕まる、っていうのを想定しているのか・・・。


ルシアは僅かに腰へと意識を向けた。 外見からでは絶対に分からない膨らみ。 それを隠しているために、圧迫感を感じる。 スパイの自分にとっての命綱。 

今の状況なら、隣国にいた方が心休まるのではないかと思った。 その時ふと、壁に飾ってある大きな肖像画が目に付く。 華美な服で着飾った、金髪碧眼の少女だ。

そこらを歩く人間とはまるで別世界に存在するような、浮世離れした雰囲気を纏っていた。 


―――ここの廊下を通る度、いつも気になっていたんだよな。

―――もしかして、この人が姫様とか?


ルシアは姫に会ったことがない。 箱入り娘として大切にされているため、城でも相当に身分が高いものかメイドしか、顔を見たことがないらしい。 国民にすら姫の情報を漏らさないという慎重っぷりだ。 

もちろん、一般市民の入城を受け入れているわけではないが。


―――なのに隣国は、姫の情報を朧気ながら掴んでいる。


もっとも、今制定したばかりの法律までは想定していないだろう。 その情報が漏れなければ、だが。 


ルシアは自分の家へ戻ると、心の中で“ただいま”と言った。 家の中には誰もいないが、それでも我が家の安心感は格別だ。 ルシアの家系はずっとスパイであり、先祖代々その技術を受け継いできている。 

だが全ての身内は、もういなくなってしまっていた。 生まれた時には既に祖父はいなかった。 母は幼年期に死んだ。 だから、父の背中を見て育ったのである。 

だがスパイとして誇りを持ち尊敬していた父が、悪質な裏切りと罠にかかり殺された。 国民の一人として自国民を守るため、危険を厭わず自分を犠牲にしたのだ。 

だがスパイは公に出るわけにはいかないため、国民からの信頼は薄い。 感謝されたことなどほとんどなかった。 だがルシアは、それでもいいと思っていた。


―――・・・疲れたな、少し寝よう。


羽織っていたマントとフードを脱いで、ベッドに横になる。 久しぶりのベッドは少々埃っぽかったが、掃除する気にはなれなかった。 ここまで来るのにかなり体力を消費している。 

もちろん、精神的にも。 気付けば眠ってしまい、目覚めたのは30分後。 スパイとしての習慣が身に沁み付き、ぐっすり眠るなど自宅でもできない。


―――・・・眠れない。


昼夜逆転した生活を送っているルシアは、外の静けさに不安を感じた。 “喋ってはいけない”法律を制定したため当然なのだが、静かだとスパイとして活動している時のことが思い出されてしまうのだ。

結局、ほとんど眠ることはできず外へと出る。 中央街からは外れた自宅、裏道を通り様子を見に歩いた。

 

―――・・・あれ。

―――喋るの禁止だからみんなの気持ちは沈んでいると思ったけど、全然そんなことない。

―――寧ろ、楽しんでる?


声は確かに聞こえないが、みんな普通に生活していた。 身振り手振りをして、表情で相手に言いたいことを伝えようとしている。 

姫が攫われそうで危ないというのに、国民の呑気さは逆にリラックスできる程だった。 もっとも国民は何故喋ってはいけないか分かってはいないのだから、当然なのかもしれない。


―――だけど、やっぱり奇妙だな。

―――目に入る光景はとても鮮やかなのに、声が一切聞こえないんだから。

―――もしこれからも他国からスパイが来るようだったら、この法律もまた何度か施行されるんだろうな。


ぶらり歩きながら、何か面白いものでもないかと探した。 これから起こることを思えばあまり気を緩めるわけにもいかないが、緊張し過ぎていてもパフォーマンスが落ちてしまう。 

適度にリラックスし、適度な緊張感を保っておきたい。


―――行き付けの店にでも行こうかなぁ。

―――・・・でも今は、そういう気分じゃないか。


行き付けの店はルシアの父の時代からの常連で、いつも安くしてくれるお気に入りの場所だ。 もっとも今は姫の安全が気になり、のんびりしてはいられなかった。 

歩いて花屋の横を通ったところで、店主に肩を掴まれる。 物凄い笑顔で、花を押し付けてきた。 ルシアは花なんていらないため、苦笑して去ろうとするもなかなか離してはくれない。 

おそらく今日の売り上げは、相当悪いのだろう。

 

―――相変わらず、元気なおっちゃんだな・・・。


見かける度に挨拶くらいはしていたが、一度も買ったことはない。 なのに、やたらと気に入られている。


―――俺が花を買っても、家に置くところなんてないしなぁ。

―――それに、花を贈る相手もいないし。


特に今は花を買っても枯らしてしまうだけだ。 全力で断ると、この場を逃げるようにして立ち去った。



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