ノートーク・ノースパイ

ゆーり。

ノートーク・ノースパイ①




「俺だ。 誰でもいいから、この城の臣下に会いたい」


薄いマントに身を隠しフードを深く被ったまま、ルシアは城の裏口へと現れた。 衛兵がチラリと目を向けたのを確認すると、フードをズラして顔を見せる。 

身分を証明するそれで、衛兵の纏う緊張感が二割程増した。


「はッ、かしこまりました! 少々お待ちください」


ルシアはスパイである。 幼年期からスパイ技術を叩き込まれ、これまで幾度となく潜入任務をこなしていた。 そしてたった今、16歳という若さで隣国へと潜入してきたばかりだ。 

そこで隣国から、自国へスパイが侵入するという情報を掴んだ。 こちら側が先にスパイをしかけているとはいえ、情報の漏洩は何よりも憂慮すべき事態だ。

約十分程暗がりで待ち、裏口からこそこそと現れたのは官服に身を包んだ一人の男。 人目を気にし、口元を手で覆うと小声で話しかけてきた。


「どうなさいました?」


小声とはいえ、このような場所で言う内容ではなかったが今はそれどころではなかった。


「隣国から、今からですと一時間後にスパイが侵入するという情報を掴みました」

「何と! 今すぐに国王陛下をお呼びします。 細かいことは、直接お伝えください」


男に連れられ中へと入る。 案内された作戦会議室は防音がしっかりとされていて、ルシアにとっても不満はなかった。 

城の者はルシアのことをよく知っているため、少々小汚い服装とあっても、それで城に入ることに異議を唱える者はいない。


「おい、補佐のオリバーはどこにいる?」


久方ぶりに聞く王の声に、ルシアは安らぎを感じた。 国を離れて潜入している間、休まる時がなかったのだ。 バレたらよくて打ち首、悪ければ死ぬまで拷問を受け、情報を引き出されることだろう。 

その精神にかかる重みは、スパイとして訓練されたルシアでも計り知れない。


「呼んだのですが、今は手が離せないと・・・」

「手が離せないため仕方がない、か。 ルシア、報告を頼む。 隣国からスパイが来るんだったな?」


ルシアは深く首を垂れて、具申した。 スパイであるが、王とは親睦が深い。 それでも流石に、この場で馴れ馴れしく接するわけにはいかなかった。


「はい。 おそらく、目的は姫様でしょう。 姫様の居場所だけを探りに来るのか、姫様自体を攫いに来るのかまでは分かりません。 ですが侵入するのは確か、対処した方がいいかと。 

 スパイの人数や内訳までは、確認できませんでした」


状況を説明している最中に、姫の補佐をしているオリバーがやってきた。 最近姫の様子がおかしく、元気がないらしい。

姫に付き添っている時間がここ最近になって増えたため、オリバーは作戦会議に遅れたそうだ。 オリバーがルシアの話した内容を他から聞いている間、国の大臣に詰められる。


「にしても急過ぎるな。 本当に、つい先程決まったことなんだろうな?」


防衛を担当する部門とは別の、あまり活発な部署ではないところ。 そのようなことを、ルシアは考えていた。


「僕が国に戻るのに時間がかかりました。 時間前に報告できたことは、喜ぶべきことかと」

「む・・・。 だが、それにしてはタイミングが良過ぎる」


大臣はルシアのことを信用していないようだが、スパイという仕事をしている以上、信用されないことには慣れていた。 それにおそらく、口を出して目立ちたいだけなのだろう。 

時間がないということを伝えているのに、無駄な問答に思える。


「作戦は急な方がいいのでしょう。 スパイを送るということは、スパイが送られることも想定していないといけない。 時間をとってしまえば、それが相手に伝わるのは自然と言えます。 

 そう思い、僕も所定の手続きを省いてここに立っております」

「確かにな・・・」


完全に信じたというわけではないが、それで大臣は椅子へと座った。 次に考えていたようだった補佐のオリバーが、何かを思い付いたかのように王に言う。


「陛下。 急な相手には、緊急策で対応しましょう。 今こそ“アレ”を出すべきかと」

「・・・あぁ、そうだな。 この日のために用意していたようなものだ。 ようやく公にする時がきた」


どうやら既に対策は練ってあったようだ。 オリバーの指示で持ってこさせた書簡を広げながら、王は言った。


「今日一日だけ、緊急の法律を制定する。 早く国民に伝えよう。 同時に私の娘に護衛を付け、城から遠ざけてくれ」


王の娘というのは、当然姫のことだ。 陛下は準備ができると、バルコニーへ行き早々国民に伝えた。


「国民に告ぐ。 “今日一日、決して喋ってはならない”という法律を急遽施行する。 もし喋ってしまった者は、その場ですぐに捕まえるよう指示してある。 

 これは我々の国の未来がかかっていることだ。 是非、協力してほしい」


かなり乱暴なものだったが、国民はそれに文句を言ったりはしなかった。 何故それをするのかも聞かず、とりあえず王から伝わった緊急の様子を察し納得した。 



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