第6話 おにぎりとサンドイッチ

 彼はモチノキの上にいる。


 僕はあの木に登ったことはない。だけど、彼と同じ木に登るという事が友達になるための第一条件のような気がして、僕の心はちょっぴり踊った。兎にも角にも、先ずあの偉人の木を登らなくちゃならない。


「フォルトナーくん!」


 モチノキの下に立ち声を掛けると、枝の上に居るエドワードは少し驚いたような表情をして僕を見下ろしていた。でも構いはしない。鉛筆を貸してくれたということは、彼が僕らに歩み寄ろうとしてくれた証だから。それを僕はちゃんと受け取ったのだから。


 今度は僕の番だ!


「僕もそこへいくから待ってて!」


 おにぎりの包みを腰の帯に結び下駄を脱ぐと、僕は昇り易い場所を探して木の周りをぐるりと回った。モチノキには下の方に手の届きそうな枝はなく、木の枝を切った後のこぶのようなものが何箇所かある。そこに足を引っ掛けて伸び上がると、その上の枝に手が届きそうだ。僕は裸足のままこぶに足を引っ掛けた。でもうまく上がることができない。こぶの上にちゃんと乗れないと枝には手が届きようがない。どうしようか……。


 そう思っているとエドワードの声がした。


「逆の方が上りやすい。上がってすぐ体を木に添わせればそのまま上の枝に届くから……」

「わかった。ありがとう!」


 僕は裏側に回った。木がほんの少し斜めになっているから、こちらの瘤に上がるとそのまま木に取り付く事ができた。伸び上がるようにして次の枝に手をかける。枝にはなんなく手が届いた。


 そうやって僕はエドワードの座る枝にたどり着いた。


「隣、座っても良い?」

「あぁ……」


 エドワードは空間を空けるために太い枝の先の方へお尻を移動させた。短い会話だけれど、僕にもエドワードが緊張しているのがわかる。


 エドワードは食べかけの何かを手に持ったまま僕を青い目で見る。外の光の中で見ると本当に綺麗な青色で、思わず僕は食い入るように見つめてしまった。そうしているとエドワードの方が先に口を開いた。


「何か用でも?」

「あ……うん、まずはお礼を言おうと思って、鉛筆を貸してくれてありがとう」

「さっき聞いた……」

「感謝は何度でも言って良いものだと思うよ。僕は今日、全部鉛筆が折れてしまって、貸してくれたことに感謝してるんだから」

「そう……」


 エドワードは手に持っていた何かを口に運ぶ。僕は彼の隣でおにぎりの包みを開いた。今日もお母さんが作ってくれたおにぎりが二つ入っている。


「……それ、お米を丸めたもの?」


 隣のエドワードが聞いてきた。


「うん、そうだよ」


 僕がエドワードに目を向けると、彼は興味深げにおにぎりを見ている。

 

「みんなそれを食べているね」

「これはおにぎりって言うんだ。正確にはお米を炊いてご飯にしてから握ったもので、中に昆布とか高菜とか鮭とかの色々な具材が入っている。美味しいよ、食べてみる?」

 

 そう言いつつエドワードの膝にあるものを覗くと、油紙のようなものに包まれた楕円形の薄茶色っぽいものがあった。間に野菜の緑や卵の黄色が見えて色鮮やかだ。


「君のそれはなんなの? お昼ご飯なんだろう?」

「……これはサンドウィッチ……パンの間に肉とかチーズとか野菜を挟んでいる。僕の国では普通に食べられているものだ」

「サンドイッチ?」

「……発音が少し違うけれど……大体それでいい」


 僕らはお互いに違う国を母国に持つ。彼がおにぎりに興味を持つように、僕も彼のサンドイッチに興味を持った。


「どうせならさ、僕のおにぎりと交換しない? 僕そのサンドイッチに興味があるよ」


エドワードは自分のサンドイッチと僕のおにぎりを交互に見た。彼の残りはもう後二つだけだ。


「君のおにぎりと交換するには、僕のサンドウィッチはもう足りない……半分は食べてしまったし……」

「構わないよ。おにぎりは腹持ちがいいんだ。一つだけでも結構お腹は膨れるしね。僕のおにぎりを食べてみたくない?」

「でも……」

「僕が交換しようってお願いしているんだよ」

 

 エドワードは僕の顔を見た後、陽だまりが集まったような笑顔を見せた。

 流石に今まで見たことがないこの笑顔を向けられたのには驚いたけれど、僕も笑顔を向ける。ちゃんと話せばエドワードは気持ちの良いやつだ。

 そう思っていると彼は膝の上のサンドイッチの包みを僕に差し出した。


「おにぎり……食べてみたい。君がいいのなら交換しよう」


 思わず僕は大きく頷いた。

 そして僕らはおにぎりひとつとサンドイッチを交換した。

 新たな味に僕の胸は躍る。パンは生成りより少し濃い色をしていて細く切られている。表面は少しだけパサついているものの、サンドイッチの端に大きな口で齧り付くと中の卵と胡瓜の味が口に広がった。なんだか分からないけれどまろやかなしょっぱさがあって不思議な味がする。でも美味しい!


「これ……美味しいよ!」


 思わず僕は声を上げた。横を見るとエドワードもおにぎりに齧り付いている。彼はお行儀良く小さく一口をもぎ取った。噛み下しながら彼も初めてのおにぎりを味わっている。


「面白い味だ。外側には塩がついているようだけど、中にあるのは黒いものだね。甘いようなしょっぱいような……少し海の香りがする」


 ひょいと中を見ると昆布の佃煮が見えた。

 

「それは昆布だね。別の部分にはきっと鮭が入っているよ」

「……いろんな食材を入れるというのは、サンドウィッチに似てるな」


 僕は思わずエドワードを見た。


「本当だ! 確かにそうだね。色んなものを入れるのは同じだね」


 形や使う具材は違うけれど、確かにこれ一つで完結するお昼ご飯としては同じようなものだ。新たな発見をした気がして、僕は嬉しかった。僕らは国と人種は違うけれど、きっとおにぎりとサンドイッチのように同じものがあるんだ。だからこうして話ができる。


「僕ね、君とちゃんと友達になりたいと思ったんだ」


 素直に僕がそう口にすると、エドワードは少し驚いていた。


「僕と友達になりたいだなんて……君、物好きだね……」

「何言ってるの? 大事な鉛筆を貸してくれる方が物好きだと思うよ」

「さすがに全部折れているのを見たからね……貸すしかないと思った」


 彼の言葉に僕は笑った。


「あれは遅刻すると思って走るしかなかったから。でもおかげで、僕は今、美味しいサンドイッチが食べられたし、君と友達になれたよ」


 照れ臭そうにエドワードが笑うのを見て、僕までが照れ臭くなって残りのサンドイッチを口の中に放り込んだ。横ではエドワードが、噛み締めるように、そして美味そうにおにぎりを平らげている。


 ここから見える空は、いつも見えている空よりも近くて、手を伸ばせば届きそうな気がした。



 そして僕らは偉人の植えたモチノキの上で友達になった。









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