ロマンスを探して
メッセージアプリで待ち合わせの相談をしながら、僕は乃愛のことを思い出していた。
勢いで出掛ける約束をしてしまったが、恋人はいたりするのだろうか。恋人がいるとしたら、僕と二人で出掛けることで喧嘩になってしまわないだろうか。
結局この心配は杞憂に終わるのだが、後から考えると、すでに僕は多かれ少なかれ乃愛のことを意識していたように思う。
週末になり、約束の日を迎えた。僕は必要最低限の道具だけ持参して、駅の改札で乃愛を待っていた。
空はよく晴れており、愛想のいい水色を湛えている。例年よりも雨の日が少ないことを考えると、今年の梅雨前線は控えめな性格らしい。
待ち合わせの時間ちょうどに、乃愛はやって来た。アウトドアルックがよく似合っている。
「待たせちゃった?」
「ううん、さっき来たところ。行こっか」
歩き始めた直後、乃愛は不思議そうに僕を眺める。
「荷物、あんまり多くないのね」
「うん、レンタルしようと思って」
僕は今日の行き先に、渓流を利用して作られた管理釣り場を選んでいた。
安全面のほか、トイレや休憩所などの設備も整っており、安心して楽しんでもらえると思ったからだ。
それに、まだ気温が上がりきっていない時期だったので、魚の食いつきもそれほど悪くないだろう、と踏んだのである。
世間話をして歩くうちに、目的地へ到着した。僕たちはレンタル品を含めた料金を支払い、釣り場所を探し始める。
乃愛は初めて見る光景に目を輝かせていた。
「ここがいいわ」
どうやら、お気に入りの場所を見つけたらしい。
「じゃあ、まずはここで釣ろう」
それから僕たちは三時間ほど、釣りをして楽しんだ。予想していた通り、魚の食いつきは悪くなく、乃愛は初めての管理釣り場を満喫できた様子であった。
釣糸を垂らしている間、他愛もない会話をたくさん交わした。通っている大学の話や友達の話、高校時代の思い出話、将来の夢などが主な話題であった。現在は彼氏がいないという話も、そのときに聞いた。
一匹目の魚が釣れたとき、乃愛はとても喜んだが、少し残念そうにこう付け加えた。
「ここにいるお魚たちは、きっと恋をしてないわ」
「どうして?」
彼女は少し考える。
「分からないけど、そう思ったの」
「そしたら、もっと色々な場所の魚たちを見てみよう」
それからは頻繁に、二人で釣りや水族館へ出掛けるようになった。乃愛曰く、水族館で観察するという発想は今まで無かったらしい。
恋をしてる(と乃愛が判断した)魚は、時々見つかった。僕には見分けがつかなかったが、嬉しそうにはしゃぐ乃愛を見ていると心が踊った。
そして、彼女がその場で語り出す魚たちの恋のエピソードに、やはり引き込まれてゆくのであった。
程なく僕は、彼女の世界観だけでなく、乃愛自身にも惹かれているということに気がついた。湧水がやがて大きな河川となるように、それはとても自然なことだった。
またいつからか、お互いを名前で呼び合うようにもなった。それもごく自然なことだった。
そうして月日は流れ、夏が過ぎ、秋が暮れ、空気はどんどん冷たくなっていった。いよいよクリスマスが目前となった頃、僕は一大決心をし、乃愛をクリスマスデートへと誘うに至った。
当日に向け、プレゼントも用意した。手のひらサイズのミニサボテンだ。当初は花を買おうと花屋に行ったのだが、店内で独特な存在感を放っていたサボテンを購入することにした。サークルの飲み会で話し込む、僕と乃愛の姿に重なって見えたのだ。
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