二人の出会い(後編)

 僕はウーロン茶に浮かんだ氷をぼんやりと眺めながら、同じくウーロン茶を口にしていた乃愛に尋ねてみた。


「ところでさ、なんで釣りとか魚に興味があったの?」

「知りたい?」

「差し支えなければ」

「えっとね」

「うん」


 少しの間を置き、答えが返ってくる。


「お魚たちが恋をするのか、知りたかったの」

「恋?」

「そう、恋。もし恋をするなら、素敵じゃない?」

「そうだね」

「でも、同時に残酷でもあるのよね」

「そう、だね」


 なるほど。ここにいる他のサークルメンバーたちとはひと味違う。僕も負けじと聞いてみる。


「じゃあ、もし魚たちが恋をするとして」

「うん」

「どんな恋をしててほしい?」

「そうねぇ」


 魚に思いを馳せる女の子は少し考えた。


「やっぱり」


 それから始まった話は、僕には記憶できなかった。乃愛は、イギリスやフランス(あるいはイタリアやドイツと言っていたかもしれない)といったヨーロッパ諸国の文学に準えながら、思い描く理想を語っていった。


 ひとつ分かったのは、それが牧歌的であろうと、悲劇的であろうと、メランコリックであろうとなかろうと、彼女の想像力にかかれば瞬く間に、水中の世界はロマンス溢れる魅惑的な世界へと姿を変えてゆく、ということだった。

 僕はいつの間にか、乃愛の話に夢中になり、絵本の読み聞かせを待ちわびる子供よろしく、じっと座って彼女の理想に耳を傾けた。


 水を得た魚のように語り続けていた乃愛は、不意にハッと息を呑んだ。


「驚かせちゃったかしら」

「いや、大丈夫だよ」


 もちろん、驚かなかったと言えば嘘になる。

 ただし僕が驚いたのは、乃愛が勢いよく語り続けたからではない。彼女の世界観にすっかり魅了されてしまったからだ。

 僕は文学の知識もなければ、読書もほとんどしない。そんな人間を、乃愛はあっという間に引き込んだのだ。今まで生きてきたなかで、味わったことのない感覚だった。


「むしろ、面白かった。すごく引き込まれたよ」

「ほんとに? 嬉しいな」


 乃愛は満更でもない様子である。


 ふと時計に目をやると、かなりの時間が経過していた。

 飲み会も、そろそろお開きとなるらしい。ウーロン茶の氷は溶けて姿を失っていた。乃愛は帰り支度を始めている。

 このときすでに、彼女に興味津々だった僕は、気軽なトーンで誘ってみる。


「今週末、一緒に釣り行かない? 釣り方教えるし、道具も貸すよ」


 乃愛はこの提案を快諾し、晴れて二人で釣りへ出掛けることになった。ひとまず連絡先を交換して、その日は別れた。僕も乃愛も、二次会へは参加しなかった。

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