二人の出会い(前編)

 手始めに、乃愛と出会ったときのことを話そう。と言っても、ロマンチックなエピソードがあるわけではない。


 僕は大学に入学したばかりの頃、高校からの友人Aに誘われてインカレサークルに入った。Aとはよく、高校の授業をサボって釣りに出掛けていた。その縁で釣りサークルに誘われたのである。


「ここのサークル、凄腕のアングラーも所属してたらしいぜ」


 Aのこの一言にまんまと釣られて入会したのだが、その実態は月に一度、遠出をして釣りに出掛けるか、もしくは一度も出掛けない程度の、いわゆる飲みサーであった。毎週数回は、飲み会が開催されている。

 もともと熱心にサークル活動をするつもりはなかったが、期待はずれであったことは間違いなかった。


 ただ、世の中そう悪いことばかりではない。六月の中頃、数回目の飲み会に参加したときのことだった。


 何席か離れたところに、僕と同様、釣られてしまった魚、といった具合の表情をした女の子が座っていた。

 その女の子こそが、乃愛である。乃愛は周りから少し浮いた様子であったため、気がつくまでに時間はかからなかった。


 僕はそのとき、周囲のサークルメンバーと適当に談笑していただけだった(一緒に来ていたはずのAは、すでに遠くの席でロングウェーブのきらびやかな女の子とハイタッチを交わしていた)ので、さりげなく乃愛の隣に移動して声をかけてみた。


「隣、いいかな?」


 それから僕たちは、学校名、学部や学年、趣味といった、初対面特有のテーマを話した。よくある会話だ。乃愛は僕より頭のいい大学の文学部に所属しており、同学年で同い年とのこと。趣味は映画鑑賞と言っていた気がする。


 流れで僕は、このサークルに入会した経緯を話した。乃愛は笑っていた。淑やかに笑う女の子だな、という印象を持ったのを覚えている。

 乃愛が入会した理由も聞いた。乃愛曰く、釣り自体は未経験で、大学生になったら挑戦したいと思っていたところ、たまたまこのサークルのチラシをもらって入会した、とのことだった。これもよくある話である。


 もっとたくさんの魚を見れるかと思ってた、とも乃愛はこぼしていた。確かにサークル入会後、調理後の魚や、酒の肴は大量に目にしてきたが、泳ぐ魚をイメージしていたのなら想定外だろう。


 サークルの実態はともかく、ここまでのやり取りは、ありふれた光景である。いたって普通の、知り合ったばかりの大学生男女の会話だ。

 しかしこの次に僕が投げかけた質問は、結果として、様々な点と点を線で繋いでいくことになる。

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