今夜すべてのバーで

 こんな夜中にハーブ神父に呼び出された時点で嫌な予感はしていた。


 そしてその嫌な予感はジュージさんの胸倉を掴んでこめかみにコルトパイソンを突きつけるハーブ神父の姿を見て最高潮に膨れ上がった。っていうか既に予感なんかではなく明確な危機だ。


「な、なにやってるんですかあぁぁ!?」


 周囲から迷惑気な視線を向けられながらもバーの入り口から慌て気味に転がり込むとハーブ神父はこちらを振り返り苦々しい表情を浮かべた。


「おう…ようやく来よったかウィステリオ。あと5分遅かったらこいつの脳天に風穴空けるとこやったで…」


「ウヘヘー」


 店内のドン引き具合なんて関係なしにジュージさんは幸せそうに酔っぱらっているが、それに対するハーブ神父は額に青筋を立てて頬は引き攣っていた。


「と、とにかくその銃をしまってください…周りのお客さんドン引きしてるじゃないですか…」


「チッ…」


 舌打ちしつつ渋々ハーブ神父は銃を懐にしまった。


 胸倉から手を離されたジュージさんは自然へにゃりとカウンターに突っ伏した。


「おうマスター、この坊主にウィスキー頼むわ」


「ナチュラルに未成年にアルコール飲ませようとするのやめてください?ミルクお願いします」


「なんやしけた奴やな面白うないわ。飲んだら後でシスターにチクったろう思うたのに」


「…ツッコミが追い付かないのでさらりと最低なこと言うのやめませんか?」


 ハーブ神父はバナナチップを少量口の中に放るとウィスキーグラスをちびりと傾けた。僕も倣ってバナナチップを一枚口に放り込みグラスに入ったミルクを傾ける。やたら甘ったるい味が舌の上に広がった。


「はあ…なんで僕がこんな夜半に大の大人二人を迎えに来なきゃいけないんですか…」


「じゃかあしいわい、第一こんな状態のコイツと二人でおれる訳ないやろ」


 僕はハーブの神父の左隣に突っ伏すジュージさんに目を向ける。さっきから幸せそうな笑みを浮かべている。


「…そんな害があるようには見えませんけどね?」


「こんな駄蛇ゴミ捨て場に放置して帰る自信しかないわ」


「ハーブぅ」


「…なんやねん」


「えい」


 振り向くハーブ神父の頬にぷすとジュージさんの人差し指が突き刺さった。すると反射と言えるほどの速度でハーブ神父の懐から再度コルトパイソンが勢いよく引き抜かれジュージさんのこめかみに当てられる。


「ハーブ神父ぅ!?」


「駄蛇ィ!?お前いい加減にせえへんとブチ殺すぞオルァ!?」


「お、落ち着いてえええええ!?」


「ウヘヘー」


 ヘラヘラと笑うジュージさん。元々折り合いの悪いこの二人だ。確かにハーブ神父と二人きりにさせるのは危険だ。色々な意味で。


 って言うかジュージさんがこんなに酒癖悪かったのはなんか意外だ…。


「こんばんわー」


「おう、キツネ。やっと来よったか遅いで」


「き、キツネさん!?どうしてここに?」


 キツネさんはハンチングハットにコートの出で立ちで急に現れると僕の右側の席に素早く陣取った。


「援軍や」


「援軍って…」


「ただでお酒呑めるって聞いたんで」


「誰がおごる言うたんや…?お前なんかウィステリオと一緒のミルクで充分や!」


「じゃあカルーアミルクでお願いします」


「ったく…ちゃっかりしとるで…そろそろ退散やぞ、こいつ担いで帰るで」


 立ち上がろうとするハーブの手首をジュージさんががっしりと掴んでいた。


「なんやねん…」


「私一人を置いていくのですか…?」


「置いて行くんやのうて連れて帰るゆうとるんや…」


「…うう…あんまりだ…」


 しくしくと泣きだしてしまった。


「な、わかったやろ?酒入ると面倒くさいねんこいつ」


 頷かざるを得ない状況だったが、ジュージさんはその言葉に反応したようでがばっと顔を上げた。 


「面倒くさい…?面倒くさいですって?あなたに分かりますか?私の気持ちが…?イサキお嬢様の部屋から!自分の“総受け本”が見つかった私の気持ちが…?!」


 ジュージさんの口から放たれた自分の総受け本、という強いワードがエコーとなって脳内をぐるぐると回った。


「お、おう…?」


「じゅ、ジュージさん…」


「しかもそのほとんどがそこにいる外道神父とのカップルだなんて…この世には神も仏もいないのだろうか…?」


「まあようわからんけどええやん…若い婦女子の嗜みみたいなもんやろ?ほっときや、飲め飲め」


 そういうとハーブ神父はジュージさんの空いたグラスにビールを注いだ。


「そ、そうですよジュージさん!それに本人が書いたというより知らない誰かが書いたものを一方的に押し付けられただけという可能性も無きにしも非ずな気がしますし!?」


 というかむしろ僕の頭にはその可能性しか浮かばなかった。


 コトリ…どうして従者の総受け本をその主人に渡そうなんて思い切った真似を…!?


「ううう…!私の純真なお嬢様はどこへ行ってしまわれたのでしょうか…!?」


「ええから、ええから。今夜くらいワイがおごったるわ」


 なんだかんだ宴席がまた始まってしまった。結局この二人は仲がいいのか悪いのか全然わからない。


 それにしても一向に帰るに帰れないこの状況…。


「あのー…キツネさん?これっていつまで続くんですか…?」


「さあねえ」


「まあ…ジュージさんも気の毒といえば気の毒ですねえ」


「まあねえ。あ、マスター、これとこれ追加でお願い。あそこの神父さんの伝票につけといて」


 そう答えるキツネさんはしれっとハーブ神父のツケで二杯目を頼んでいた。


「ところでキツネさんさっきから何をメモしてるんですか…?」


「まあこれもまた情報なもんでね」


 軽く覗くとそこにはハーブ神父とジュージさんの名前、日時、場所に事細かい状況説明が書き加えられていた。


「………まさかとは思うんですがそれって…」


「コトリのお嬢さんに売るんだよ?趣味で書く小説のネタになるんだってさ」


「諸悪の根源がここにいますよ!?ジュージさん!?」


「いやーただ酒呑めて売れる情報も手に入って一石二鳥とはこのことだねえ、あっはっは」


「…」


 …本物の…鬼がいる。


 泣き上戸のジュージさんとカパーと二杯目を飲み干し三杯目をオーダーし出したキツネさんを見比べ、心の中の”信頼してはいけない人リスト”にこっそりキツネの名前をリストアップしておくことにしたウィステリオだった。

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