異世界転生したら破戒僧だった件について
藤原埼玉
ファーザーの夜は長い
「ヨルムンガルド…比類なく美しく…比類なく強かな私の最高傑作…お前が”愛”を知ってしまったことこそ…私の最大の過ちだったのだ…」
ジュージ・ヨルムンガルド。通称”蛇”。かつて『
「かつてのお前は…あれほど…あれほど可愛かったのに…」
ファザーは遠い目でかつてのことを夢を見るような目で思い出していた。
・ ・ ・
あれはまだジュージが10歳の時だった。
「どうしたんだ?ジュージ」
私の書斎でジュージは窓の外の夜闇に向けて片手を伸ばしていた。ジュージは私の方を振り返ると一点の曇りなき眼でこう言った。
「…星に手をのばしてたんです、流れ星が来たら捕まえられるかなって」
その時の私の心境を一言でいえば…
尊ッッッッ……!!!
駄目だ…堪えろ…堪えるのだ…これしきのこと…あの地獄のコソボ紛争に比べたら…
「ふ…ジュージはおもしろいな」
私がそう答えるとジュージは華開くような笑顔でこう言った。
「それで…もし捕まえたら一つファーザーにあげるんです」
「ゴパァッ!」
私は口から鼻血を出した。
「ふぁ、ファーザー!?」
「どうしましたファーザー!?討ち入りですか!?」
「だ、ダメだ!血が足りてねえ!」
「しっかりしてくださいファザー!ファザァァー!?」
ジュージ…お前は…なんと恐ろしい奴だ…
・ ・ ・
あれはジュージが15歳の時だった。
私はジュージの誕生日ということもありマイ・バーでジュージの手許のグラスにシェリー酒を注いだ。(※裏世界の人間以外の未成年の飲酒はダメ!絶対!)
「ファザー…もうのめないれすー…」
「はは、誕生日くらいはいいだろう、祝杯だ」
「ら、らめれすよぉー…」
ジュージはくったりとテーブルに突っ伏した。シャツのボタンが外れ垣間見えた肌は既に艶やかな桃色に上気していた。
それを見て私はぐっと堪えた。
…いかんいかん。ここで無理に押してはすべてが水の泡…。
なんの…これしき…ソマリアで前線の補給路を断たれた時に比べたら…
「ふ、ジュージ…頬が赤くなっているぞ…まるで薔薇の様だな」
「ら、らめれすってばぁ」
その時。私の心臓に激震が走った。
上目遣いのジュージと至近距離で目が合ってしまったのだ!
「ゴパァッ!!??」
「ファザー!?」
私は余りの衝撃にバーの椅子から転げ落ちて床に仰向けに倒れた。
「ファザー…?…らいじょぶれす…?じゅーじはもうへやにかえりますにぃ…おやすみなさい…」
私は暗い天井を仰ぎ見ながら独り言ちた。
ジュージ…お前はやはり恐ろしい男だ…
・ ・ ・
あれはジュージが17歳の時だった。
私が部屋の扉を開けるとジュージは武器の整備に精を出していた。
「ジュージ…今大丈夫か?」
「…ノックしてくださいと何度言えばわかるんですか?」
ジュージは反抗期を迎えたのか最近やけに私に冷たい。
だが、そうされればされるほど燃え上がるものもあるというもの。
私は辛抱強く対話を試みた。
「…新作のマチェットナイフを卸したんだ、早速お前に見てもらおうと思ってな」
「…」
無言。それでもジュージの隠し切れないソワソワ感が私には伝わった。
クク…いじらしいものだ…お前の大好きなマチェットナイフの新作…すぐさま試したいと思うのも無理からぬこと。
私への反抗心とマチェットナイフを天秤にかけているのが私には手に取るようにわかる。
「そこに置いておいてください…隠し持ってるのでしょう?」
これには一瞬私も驚いてしまった。
サプライズで喜ばせようと思った私の目論見は…最初から看破されていたというのか…!
それでも私はなんとか平静を保とうと笑顔を作った。
「ふ…お見通しか…しかしおま」
「その話後でいいですか?」
「ふ…まあ、そう言うな我が愛しの」
「後でいいですか」
まるでシベリアの凍原…ツンデレ…ではなかったツンドラの永久凍土の様な対応…。
心境はまるでリビア内戦で少年兵にライフルを突きつけられた時の様だ…
だが何故だろうか…この心の内の高揚感…
まるでカンフル剤を撃ち込んだ時の様に動悸が激しいのだ…!
お前の冷たい冷たい視線を却って心は求め…心が恍惚としてしまう…
「ファザー」
「…なんだ?」
「…ありがとうございます」
ジュージは少しはにかみながらそう言った。
なんということだ…これではまるで感情のフリーフォールだ…!
その時の私の心境を一言でいえば
尊ッッッッ……!!!
「ふ…気にするなジュージ…ゴパァッ!!!???」
「ファザー!?」
ジュージ…なんとおそろしい男だ…
・ ・ ・
ファザーは壁に掛けられたジュージのポートレートを眺めて独り言ちた。
「ジュージ…私は決して諦めないぞ…」
・ ・ ・
所変わってここは
ハーブ、ジュージ、サニーフィールド、キツネの四人は夜な夜な賭け麻雀をしていた。
「…大丈夫かいジュージくん?なんだか難しい顔をしているが」
「いえ…何か少し妙な予感がしまして…」
そういうとジュージは両腕を身体に引き寄せた。
「なんやねん風邪ひいたんか?ええから早よせいや、お前の番やろ」
ハーブ神父は捨て鉢な様子で牌を川に置いた。
「あ、それロンです。国士無双直撃です」
「おお、役満」
「あ゛あ゛!?本気かトカゲ!?ここで普通待つかその手!?やっぱお前サイコや!!」
「トカゲじゃなくて蛇です」
「どっちも一緒や!」
ハーブ神父は舌打ちしながら乱暴に手元の牌を崩した。
「ハーブ神父は顔に出過ぎなんすよ」
「うっさいわ!キツネ!ポンポン鳴くやっすい麻雀しよって!」
「コンコンではなく?」
「やかましい!おもろないわ!」
「あ、裏も乗りました」
「はあ!?役満でそんなん乗せる訳あるかアホ!」
「どっちにしたってもうハコ点なんだからいいじゃないすか。何翻上乗せです?蛇さん?」
「五月蠅いわ!黙っとけ!」
「あのー…僕はいつまで見張りしてればいいんですか?」
ウィステリオは部屋の扉を覗き込んで多少恨めし気に言ったのに対して、ハーブ神父は扉の方を振り返りもせずに答えた。
「あと半荘や」
「さっきも同じこと言ってませんでしたか!?もういやだ!シスターに言いつけてやる!」
「そうだ。いっそ、チヒロくんに混ざってもらうのはどうかな?」
「絶対に怒られますってば!?」
「誰に怒られるですって…?」
ウィステリオが青い顔で恐る恐る振り返るとそこにはシスター・チヒロが仁王立ちしていた。
「あなた方こんな深夜に…一体館内で何をしているのですか…?」
「なんやねん起きとったんかい宵っ張りやなシスター。ナニしとったんか?」
「武器の整備ですわ品性下劣悪逆無道神父。さっさと永遠に死ぬか私に殺されるか選んでください?」
「シスター!?あの人の代わりに僕が謝るので懐から物騒なもの取り出すのをやめてくださいませんか!?」
「やあ、チヒロくん。よかったら君も一緒にどうだい?」
「サニーフィールド神父まで!?お嬢様たちに見つかったらどうするんですか!」
「…皆さん、こんな遅くになにしてらっしゃるのかしら?」
「何か楽しそうね!」
深夜、煌々とした部屋の灯りに引き寄せられるかのようにコトリ・オヤマとイサキ・パディランドがシスターの脇をすり抜けて煙草が煙る部屋の中へと押し寄せた。
「コトリ!?」
「イサキお嬢様!?こちらに来てはいけません!」
賑やかな夜は今日も更けていく…。
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