第15話 燃える町 後
ウィルはレンガを掘り返していた。
無心で、何も考えず。
「ウィル! 何をしている! 行くぞ!」
ジムトリーは目の前の暴徒を切り殺し、ウィルの肩に手をかけた。だがウィルはそれを払いのける。
わかっている。
わかっている、エレステレカはもう死んだ。見つけられても、潰れた肉片だけだ。
わかっている、わかっている。
それでも、ウィルは手を止めることができなかった。
「ウィル!」
「駄目だ」
モルガネも剣の血を払った。
「ウィルを置いていく」
ジムトリーは怒りに震えながらウィルの肩を掴む。
「いい加減にしろ! 次はお前が騎士団長になるんだぞ!!」
その通りだ、その通り。
わかっている、わかっているのに手が止められない。
「ジムトリー、どけ」
モルガネが殺気を伴い迫ってくる。
ジムトリーは慌てて斧を持ち上げた。
「どうするつもりだっ」
「ここに居ては奴らに殺されるだけだ。ならば、この手で殺す」
「・・・ウィルっ!!」
この下にエレステレカがいる。
そう思うと、体が動かない。ただレンガを掘り返し続ける事しかできない。
「・・・ああ、わかる」
モルガネは呟く。
ジムトリーは歯を剥き出しにし、震えながらモルガネに道を譲った。モルガネは小さく頷くと、苦しまぬよう剣を貫く様に身構えた。
ガラガラガラ・・・
エレステレカがレンガの中から体を起こし、沈痛な雰囲気が壊れた。
一瞬、誰もが動きを止めた。
「・・・なんでお前生きてんだよ!?」
「えっ!? なんで私生きてんの!?」
エレステレカも動揺しながら自分の体をさすった。上から着ていたケープはボロボロだが、白いドレスは周囲の炎の光を反射させ輝いて見えた。
「もしかしてドラゴンのドレス、重みまで跳ね返すの!? どういう仕組み!?」
そうしている間にも、頭から血がどばーと流れ始めた。
「いったっ!?」
「ボス! 大丈夫なのか!?」
「た、たぶん、腕で頭覆って丸まったから」
そう言いながらレンガを両手に持った。さすがに剣はなくなりフラフラしながら立ち上がった。
「ウィル! 私は置いていきなさい!」
ウィルはエレステレカを守るように身構えた。
「何やってんの! 私はもういいわ!」
ジムトリー、そしてモルガネもエレステレカを守るように剣を身構えた。
「なっ、なにやってんのよ! ちょっとやめてよ、あんたら3人は騎士団に必要なのよ。わかってるでしょ」
ジムトリーは弱ったような顔で振り返った。
「わかってんだけどなぁ、生きてる姿を見ちまうとダメだわ。考えが甘いとはわかってるんだけどねぇ」
モルガネも血に濡れた剣を振り回した。
「家族を守ることはできなかった。だが、今なら守れる」
エレステレカは頭を抱えた。
やだー、ナイト様3人に守られてちょーはっぴーっはーと、なんて感情はとっくに燃えて灰になっている。
この3人は死なせるわけにはいかない。リリアから授かった命だが、自害するしか・・・
その瞬間、妙な予感がわいてきた。
「エレステレカ様から離れろっ!!」
取り囲んだ暴徒たちがじわりじわりと迫ってきていた時だ、空から彼女は降りてきた。
そして剣を振るうと、暴徒たちの上半身がおもちゃのように飛び散った。
「り、リリア!?」
ウィルは驚いた声を上げた。
彼女の体は赤い光に包まれ、頭にはルビーという名の小さなドラゴンが乗っかっていた。
空には次々と翼竜が横切り、巨大なドラゴンが町を取り囲むように降り立ってくる。狂気に捕らわれていた暴徒たちの目が、一瞬で恐怖に震え始めた。
それでもドラゴンに襲い掛かる者は、パクリと生きたまま食われた。エレステレカたちに迫ってくる者は、リリアのぶん回すだけの剣で弾け飛んでいく。
「ボス! 妹に何したんだ!?」
「なんもしてないわよ!! あんたの妹でしょどういうことか説明しなさい!!!」
あのルビーちゃんが何かしているのだろうと予想はつくのだが、エレステレカにだって知らない事はある。
絶体絶命の危機に都合よくあらわれる。
ああ、うん、リリアならあるかもね。
妙な予感。ほんとにピンチな時はリリアが助けてくれるかもしれない。まったく期待していない、するべきじゃない期待。
何をどういう冒険をしてここにたどり着いたのか知らないが、今まさに彼女はエレステレカの危機を救ったのだ。
「よぉ、おひぃさん。こんなパーティーやってんなら俺にも声をかけてくれよ」
そして、目の前に背の高い男が降り立った。
「リリアの嬢ちゃんが誘ってくれなきゃ出遅れちまっうところだったぜ」
「ウェルコン!?」
ウェルコンに襲い掛かる暴徒。素手のまま腕を8の字に動かすと、暴徒たちは倒れ込み血の泡を吹いて絶命していった。
「あんた本当に強かったの!?」
「そっ、そりゃないぜ、おひいさん」
いかつい顔が情けなく変わった。
ウェルコン・バズータは女神エレステレカ教の初期メンバーだ。筋骨隆々で歴戦の勇士のごとき風貌だが、16歳だ。そして、こう見えて有力伯爵家の長男でもある。そりゃ多少強かろうとは思っていたが、常識的な範囲内の話だ。
この地獄のような状態で、躊躇いもなく襲い掛かる人間を殺し、返り血すら浴びていない常識範囲外の強さは想定していなかった。
3騎士たちを前にしても恐れく狂いながら襲い掛かっていた暴徒たちが、たった一人の少年を前に怯え下がっていく。
「ありゃ、強ぇな」
「3人でかかっても、傷一つ付けられん」
ジムトリーとモルガネも肩の力が抜けていた。
「おい、そこに隠れてる奴。出て来いよ」
暴徒と暴徒の間に、1人の少女が立っていた。エレステレカはもちろん、ウィルたちも戦慄した。
暗殺者『安らぎの死』の頭領、ツゥーリが立っていたからだ。
彼らはツゥーリから技を学んでいる。要するに、実力は遥かにツゥーリが上だ。彼女がこちらに向いて武器を構えているなら、抵抗など無意味だ。
「よし。いいな」
ウェルコンは指を鳴らしツゥーリに向かう。
強いからと言って、相手が悪いにもほどある。ウェルコンの首が刎ねられるっ、そう身構えた。
だが、ウェルコンはツゥーリの細い腕を掴んで止めていた。
「おいおい、毒が塗ってあるな。かすっただけでお陀仏って感じか?」
腹を蹴り飛ばされ、ツゥーリは飛ばされた。
回転しながら何事もなく立ち上がろうとしたツゥーリだったが、膝をついた。そのことに一番驚いているのはツゥーリらしく、驚愕しながら咳き込み方を震わせ動くことができない。
「おひぃさんよぉ、あいつ殺した方がいいかい?」
「あ、いや、できれば拘束しておいてほしい」
「いいぜ。な? 俺は役に立つだろ?」
エレステレカは素直に頷いた。
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