第14話 燃える町 前


 ニニヨ国の甘い毒。

 この毒を口にすれば、もう救われることはない。


 あの国は階級差が絶対だ。

 貴族は富に溢れ、民は困窮している。貴族から見た民の価値は、愛玩動物よりも低い。

 そのような場所で生きていくための知恵、それこそ甘い毒だ。


 人間には抗えぬ3つの欲があるそうだ。

 女、金、承認欲。

 貴族を褒め称え、金を握らせ、若い娘を差し出す。卑劣というなかれ、これができなければ村は皆殺しだ。


 例えば同僚がこのようなことを言ってきたらどうだろう?

「お前とは親しみを感じている。一緒に食事でもしないか? 信頼関係を結ぶのも仕事の内だろ?」

 こう言われて、どれだけの人間が断れるだろうか?


 食事をするだけ、そう思いついて行けばもう終わりだ。

 豪華絢爛な食事が用意されており、若い娘に囲まれ歯が浮くようなお世辞。気を良くして仕事の愚痴を漏らせばミッション終了。


 内情を他者に漏らす行為は、シンプルに売国行為だ。

 全財産没収、売国奴と罵られ、関係を持ってしまった女性とその間に生まれた子供とは二度と会うことができない。

 こうなってはもう”彼ら”と一心同体となるしか道はない。


 こうして、国を裏切らせるのだ。


 恐ろしい手腕だ。

 どれだけの人間が抵抗できるだろうか?

 彼らの暗殺部隊『安らぎの死』から学んでいなければエレステレカですら絡めとられていただろう。

 そう、皮肉なことに”彼ら”の危険性を”彼ら”から教わったわけだ。

 詰めの甘さ、これぞニニヨ人だ。


 ここが湿地帯であることを忘れてしまいそうなほど、この町は輝いて見えた。

 頑丈な足場、そして頑丈なレンガの家が作られていた。沈むことを想定し、沈めばそれがまた頑丈な足場へとなるように平らの屋根をしている。魔法の光を発するレンガが所々にはめ込まれ、常に薄暗い町を照らしていた。


 認めたくないが、帝国よりもかなり文化レベルが高い。格差が産む贅沢の追及、それはにより得られた力なのだろう。


 その美しい町が、燃えていた。

「なんか、かまどみたいね」

「確かに」

 四角いレンガの家、その窓から火が噴き出ている。でかいかまどのように見えても仕方がないでしょ? ただ、人間の悲鳴と丸焦げになった死体がぶら下がっているのがちょっと目に付くが。

「あー・・・その、どういう状況なの?」

「俺らもわからんのですわ」

 護衛に3騎士、ウィル、ジムトリー、モルガネを連れてニニヨ人の難民町へとやってきた。

 ジムトリーは沈痛な顔をしながらも斧を取り出し、モルガネは薄ら笑いをして今にも炎の中に飛び込んでいきそうだ。


「ウィル、どういう問題だったの?」

「これ以上の差別は我慢ならん。これでは奴隷と変わらないじゃないか、このような人権侵害は許されるべきじゃないと騒ぎ暴動が起きそうだったんだと」

「あら、奴隷でもいいって言われたんだけどねぇ」

 エレステレカは苦笑してしまう。

 気持ちはわかる。彼らの頭には、甘い毒を使い次々と高官を篭絡させ、権限を広げていくという考えがあったに違いない。

 だがこちらはしっかりと対策していたので「え? マジで奴隷が続くの? それちょっとシャレンなんないじゃね?」と思ったに違いない。

 それこそエレステレカの狙いだったのだが。


 奴隷のような生活が続けば「こんなところに居られるか!」ってことで出ていくと思ったわけだ。

 子供を抱え逃げ出す母親が燃えながら転がり落ちていく姿を見ながら、ジムトリーは髭を掬いつつ顔をしかめた。

「不満が溜まってんのはわかるがよぉ、自分の町を燃やす必要があるのか?」

「あいつら、癇癪起こしたら手短なものをとりあえず燃やすって国民性があんのよ」

「んな馬鹿な」

「私に言わないでよ。歴史や習慣を調べていたら、なんか知らないけど燃やすのよ。抗議のために自分で燃えてみたり、自分家を燃やしたり、人の家を燃やしたり」

 とにかくロウに会う必要がある。

 これはロウが扇動しているのか、それとも被害者なのか、そこをはっきりさせなければいけない。


 ニニヨ人の集団がこちらに向かって来た。

 助けでも求めに来たのかと思ったが、その手には棒や剣が握られており、モルガネがあっという間に切り殺した。


「あー・・・もしかしてここは逃げた方がいいかしら?」

「だな、こんなにひどいとは思わなかった」

 もともと明るい町なので、暴動が起きていることに気が付かず町の中心部にまで来てしまった。ここからロウを探して、となるとさすがに不可能だ。

「よし、尻まくって逃げましょう」

「もう少しお淑やかな表現はできないですかねぇ」

 急いで来た道を引き返した。


 次々と襲い掛かる村人を殺しながら進む。しかし、次から次へと人が増えていく。

「ねぇ、もしかして私たちって罠にかかった感じかしら?」

「そんな感じ、ですなぁ」

 暴徒たちがどんどん集まってくる。暴徒というのは、何も考えず破壊し火をつけて回るものだ。こうも集中して人が集まってくるはずがない。


 最初は5人程、次に5人グループが2つ。そして10人グループが2つ。

 そして今は、エレステレカも剣を抜き戦っていた。

「よーし聞きなさい!」

 襲い掛かってきた30代ぐらいの太った叔母さんの腕を切り落とし、悲鳴を上げる彼女の首を切り落とした。それを見た隣の男が悲鳴を上げる。

「私が死んだのならっ、次のボスはウィルとする!」

 襲い掛かってきた男の脳天に景気良く剣を叩きつけ、左右に別れた頭のまま男は倒れた。


「おい、冗談でも笑えねぇぜ」

 ウィル、そしてジムトリーとモルガネの周囲から一気に人が消えた。少し余裕ができ、やっと血を拭い、剣をしっかりと握れるようになった。

「あなたたちだけなら逃げれるでしょ」

 20人以上の村人が次々に現れ、取り囲み始めた。

 エレステレカは息を吐いた。

「あーしんど」

 その時、大きな何かが弾ける音がした。


「エレステレカっ!!」

 瞬間、暗闇に包まれた。

 エレステレカは崩れるレンガの家の下敷きとなった。

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