第13話 ミラの愚痴

 久々に学園に戻ってきても暇はない。

 ダラダラ書いていた論文を提出し、学生らしく授業を受け、そしてミラ・ラインの愚痴を聞くのだ。


 ミラとエレステレカは中庭にて、恋人たちが愛の囁きに興じている中でぺちゃくちゃとお喋りをしていた。ミラの愚痴は止まることなく、エレステレカも嫌がらず聞いていた。


 愚痴を聞くのが好きだ。

 嫌がる人も多いが、なぜ嫌がるのかが不思議なぐらいだ。

 人となりを知るには、愚痴を聞くに勝るものはない。当人ですら気が付かない情報が詰まっており、どういう訳か感謝までされる。

 確かに聞くに堪えない話、同じ話を聞かされるのは願い下げだ。しかし彼女の愚痴は整っており、普通に聞いていて面白いのだ。


 ライン領は隣国ベィリースが隣接しているので、生の声を聴くことができた。

 曰く、惨めな国だ。

 ロミ防衛戦でルダエリ人を震え上がらせたウッドマン。

 誇り高き森の戦士たちは時代遅れだと追いやられ、追いやった新たにできた国はあっさりと滅び、現在のベィリース国は商人たちに支配されている。


 愛国心のない国は、繁栄しない。

 市民が強い自由の国と名打っているが、国が危なくなれば商人は逃げ出す。残るのは、捨てられた市民だ。

 だが戦争は起きない。攻め込んでも旨味がなく、死にたいと思っても死ぬことができない。隣国の借金を賠償金という名で市民たちの税金で支払い続ける地獄。

 ベィリース人の願いはただ一つ、侵略される事。どこかの国に支配され、奴隷のように生きることが彼らにとっての救いでしかないのだ。


 誇り高きウッドマンたちが、このザマとは思いもしなかった。

 巨大な狼、熊、鷹に騎乗し縦横無尽に戦う森の戦士ウッドマン。ルダエリ国を震撼させた戦士たち。数多くの名将が命を落とし、街が燃やされた。

 クロスの悲劇は絵画や演劇の題材でよく使われ、ルダエリ人の心に恐怖を植え付けた。それなのに、時間の流れは残酷なものだ。


 しんみりとしていると、ミラは大きなメガネを持ち上げ、瞳を真っ直ぐ向けてきた。

「エレステレカ様、今日はまだ言いたいことがあります。リリアのことです」

 はて、なんのことだと首を傾げた。そして、ああ、と思い至った。


「そいや、リリアのこと話してなかったわね」

 ミラの顔が、今まで見たことがないほどに険しくなった。

 彼女はエレステレカに心酔している。

 愚痴を聞くと感謝される。面白いからミラの愚痴を定期的に聞いている間にそうなってしまったのだ。


「リリアは私のマスターよ」

「は?」

 どう説明していいものか考える。

「親友、愛人、夫、妻、息子、娘、神であり、私の上位互換かしら」

 言っておいてなんだが、どれも違う気がする。

「適切な言葉が思いつかないわ。リリアは私のすべてなの」

 相手の気持ちを慮ることなく、赤裸々すぎるほど本音を語った。

 烈火のごとく怒り出すかと思ったミラだが、案外と冷静に頷いた。冷静すぎて怖いぐらいだ。


「わかりました。我々もリリアを主の主として接します。リリア様の方がいいでしょうか?」

「え? いや、普通でいいわ。じゃなくて、随分冷静ね」

 不満そうだが、ぐっと言葉を抑え込んでいる。

「我々は女神エレステレカ教なのです。あなたがそう言うのなら、そうなんです」

 さすがにちょっと超怖い。


「ただもう一つだけ」

「ん?」

「私は、その、あなたが何をしているのか、少しだけ知っているのです」

 対外情報調査対応騎士団のことだろう。

 まだまだだというのもあるが、そもそも私の親友は賢いのだ。


「私も、そのお手伝いをしたいのです」

「どういうこと?」

「なにか、いえ、騎士団に入りたいんです」

「ああ、ダメダメ」

 エレステレカは首を振った。

「危険なのはわかっています! 命を落とす覚悟があるんです!」

「ミラ聞いて」

 彼女が真剣なので、エレステレカも真剣に顔を向けた。

「使い捨てでいいんです! どうか私を利用して欲しいんです!」

「私はね、優遇しちゃうの」

「何をされる覚悟も・・・え?」


 ミラの手を握る。

「ほら、そこら辺の機微って、マジで難しいじゃん。そういう感じ、めんどくさいの。友達とか仕事場にいたら優遇するわ」

「・・・・・・」

 ミラの顔は、やりかねないという表情になる。

「ね? やめよ? 仕事場がギスギスする未来が見えるの」

「少しは言葉を選びましょうよ」

 彼女は諦めてくれたようだ。


 ミラの愚痴を聞いた後、校舎の中を歩いていた。

 さて次は誰と遊ぼうかしら? トウライから話を聞くのもいいし、リリアと会わないと拗ねてしまうかもしれないと思っていた時だ。

「ボス、問題発生だ」

 いきなり後ろから声をかけられ、飛び跳ねかけた。

「えっと、どれ?」

 後ろから軽く笑いが上がった。

「ロウ村です。言われた通りのことが起きてるよ」

「そこ?」

 ニニヨ国の亡命者。すでにクロス領に立派な町を作っており、暮らし難い場所だというのに文化的な暮らしをしている。

「普通なら20年」

 振り返ってウィルに目を向けた。

「20年は我慢する。だけど彼らはニニヨ人、たぶん2年ぐらいで暴発すると思っていたわ。まぁ、学校卒業するぐらいまでは我慢するだろうなって思ってたの」

 エレステレカは顔を険しくしながら頭を抱えた。

「2ヵ月よ? 2ヵ月。さすが、さすがよね。ちょっと待ってね、さすがにちょっと混乱してるわ。OK、OK、全て予定通り、予定通りだから」

 動揺した姿を見たことがなかったのだろう、ウィルは目を丸くしていた。

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