第12話 毒

「皆殺ししかないわね」

 エレステレカの言葉に、ウィルは顔を引きつらせた。

 できるわよね? っという視線に、顔を引き締めて頷く。


 首都ヒロミラの北、精霊の森を得たことにより開けた新たなる地クロス。

 全土が湿地帯で、帝国の水源として重宝されている。常に暗雲が光を遮り、作物が育たない。リザードマン、ハーピィが多く生息しており、腐った地からは悪霊が集まり人が暮らせる土地ではなかった。

 しかしニニヨ国と隣接しており盗賊や、時には侵略軍がいきなり攻めてくることもある。そのため砦が点々と作られていた。


 エレステレカはウィルを連れ、領主のサールに会いに来た。

 ロウたち難民村をこの地に作ることになり、話を付けに来たのだ。何しろ厄介者どもの町を作るわけだから、いろいろと取引をしなければいけないと思ってのだが・・・

 呆れるほどすんなりと容認されてしまった。


 過酷な地、だからこそ帝国屈指の兵が集められていた。

 サール公爵はロミ防衛戦で活躍した3人の英雄の一人の子孫で、帝国屈指の騎士だ。

 それほどの人物なのだが、邪悪な毒には勝てなかったようだ。


 ニニヨ国の甘い毒。

 この毒は一度侵されればもうお終いだ。どうやっても救うことはできない。毒が感染しないように、急ぎ殺す他にない。


「大丈夫? サール公爵は、強いでしょ?」

 ウィルは肩をすくめる。

「強さはあまり関係ないんで。それよりいいんですか? その、偉いでしょ?」

 エレステレカは肩をすくめる。

「偉さはあまり関係ないわ」

 2人は城の中にある城を歩いていた。

 難攻不落の都市トトカ。周囲を石壁で囲み、自給自足できるようにしている。住民の8割が軍役で、中央に作られた城は何百年とこの地を守ってきた。


 街には宿屋に飲食店もあったが、エレステレカは城の中にある食堂で食事を取ることにした。城の中は巨大な詰所、役人やら使用人の代わりに兵士が行きかっている状況が面白く、散策していた。


 食堂は広く、数百人は入れそうだ。

 簡素な長テーブルが置かれ、非番なのだろう兵士たちがダラダラと時間を潰していた。

 食事はタダに近いほどの金額で、たっぷりの量が渡された。

 パンはかなり硬いが、香辛料たっぷりの肉やスープ。大味だが塩気がたっぷりで、大男たちも満足のはずだ。


 ウィルと結構いいもん食ってんじゃねぇかと話していると、杖を突く立派な服装をした男が近づいてきた。

「失礼、ご一緒してもよろしいか?」

 隻眼、隻腕、隻脚の40代ほど。どしっと座り、髭に囲まれたいかつい顔で子供のような笑みを浮かべている。

「ボンゴ・ジーラルだ。ボンゴ騎士団の団長をやっとる」

「エレステレカです」

 礼儀正しく挨拶するべきなのだろうが、食堂で話しかけられたのだ、軽く会釈するだけで済ませた。


「ありていに言うと、売込みだ」

 エレステレカは笑ってしまう。

「何かご不満でも?」

「まさか! サール公爵には恩がある。彼は有望な男だ。だが・・・」

 お茶らけながら手を広げる。

「相性が悪いんだ。実のところ、私は聖ワール国出身でね、若い頃は聖騎士団だった」

 エレステレカの目がきらりと光った。


「クロス領でも、ニニヨ国でも、サール卿でもなく、聖ワールですか?」

「是非聞いて欲しかったのだ。聖ワール国は、戦争を起こすぞ」

 スープにパンを浸して柔らかくしながら、話の続きを促した。


 宗教国家、聖ワール国はルダエリ帝国に嫉妬している。

 天眼教発祥の地。世界の中心、人心の支え、国家財源の8割が寄付によって成り立つほどありがたい教えである天眼教。ルダエリ帝国は賢明にも国教として天眼教を取り入れている。


 だがどうだ、ルダエリ帝国は未だにテーラン教が根付いている。

 テーラン教を廃止、弾圧するべきだという紙の言葉も宗教と政治は別と一切聞き入れない。更には枢機卿をルダエリ帝国から出せと要求してきて、2人も認めねばならなかった。

 帝国から初の枢機卿となったベリ枢機卿が作ったベリ大聖堂は巨大で美しく、聖ワール国のあらゆる教会より立派だ。その大聖堂に行きたいと望む若い者も多く、異国の者たちが発言力も増している。


「更には聖騎士団が暴発寸前なのだ。この頃は豊かで、国も安定しているからな、暴れたりねぇのさ」

「正義のために戦う?」

「そう、それ」

 聖騎士団と言ってるが、歴史上やって来たことは狂戦士と言った方がいい。天眼教に従わない者たちは邪教徒、皆殺しだ。

 天眼教の裏の部分だが、目的のためなら徹底的に踏みにじる姿勢は高く評価していた。踏みにじらねば従わせることなどできない。

 共存共栄などない。


 エレステレカは、興味深くボンゴの話を聞き続けていた。

 きな臭さはあったが、どこに火種があるかまでは明確に説明できなかった。

「8割の寄付はほぼルダエリ帝国から出している。感謝されど、敵対視されるいわれなどない」という意識があった。

 だ上が地らは「8割の寄付をされるほどに我々は優位なのだ」と思っていたわけだ。


 なるほどなるほどと感心していると、隻腕の男は弱ったような笑みを浮かべた。

「いやぁ、しかし、まさかこれほどちゃんと話を聞いてもらえるとは思わなかったな」

「よくなかったかしら?」

「なに、聖ワール国が暴走するのは間違いない。戦争とまではいかないまでもな。その時になって言うのさ、ほら見ろ! 私の言った通りになった! 最初から私の言うことを聞いておけばよかったのだってな」

 そして野太い笑みを浮かべた。

「訳知り顔の間抜けをクビにして、私を雇え。損はさせないってな」

 なるほど、それで売り込みか。

 改め感心してしまう。


「この年で、このざまだ。就職先を見つけるのも大変でね」

 話を聞く限りでは、身体のこともあるだろうが生まれも足枷になっているはずだ。だが彼は、実力者が集まるクロス領の騎士団長をやっているという。

 こちらにつくか、それとも義憤にかられサール公爵の敵討ちとくるか、少し楽しみになってきた。

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