第11話 自宅に帰る
ロミ地方、交流都市グィント。
首都ヒロミラが芸術の国なら、グィントは商人の国。
元首都なのだが、古い建物がほぼない。商人たちの行き来するこの土地は、栄枯盛衰を繰り返し、入れ替わりの激しい町になっていた。
海辺の近くに暮らしていたリリアが「波の音が聞こえないと落ち着かない」と言っていたが、エレステレカも夜も眠らぬこの町の賑やかさが恋しかった。
エレステレカの生まれ育った屋敷は、元王宮のあった場所だ。
せめて宮殿ぐらいは残しておくべきだったのだろうが、代が変わるごとに自分好みに改築していき、今では当時の痕跡は全く残っていない。
祖父はまるで砦のように作り替え、父はニニヨ人の文化が色濃く出ていた。
そして今は・・・
「これはエレステレカ様、お帰りなさいませ」
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「え、ええ」
馬車から降りると、ずらりと並んだ若く容姿の優れた男たちが出迎えた。
わざわざ絨毯が敷かれ、その上には唯一の女性が立っている。
「エレステレカ様、会いたかったですわ」
元侍女、現在はメイド長となったベラリナが満足そうに笑っていた。
父を殺した後、ニニヨ人の毒に侵された人間を全員クビにした。当然、屋敷は空前の人手不足。
こういうことを侍女に頼むのも何だが、とにかく忙しかったし、精神的にダウンしており、エレステレカは天敵であった彼女に禄でもない願いをしてしまった。
ベラリナに、人員確保を頼んだのだ。
「ベラリナ!! なんで全員若い男ばっかりなのよ!!」
彼女は何か問題でも? というような表情を浮かべている。
エレステレカの元侍女は、優れた男のデーターベースを持っていた。
聖ヴァレリア学園に通う生徒のみならず、教員、更には貴族が連れてきた使用人たちを調べ尽くしていたのだ。
この女に権力を与えれば、こんなことになるとどうして見抜けなかったのかっ!
「緊急で人を集めましたので、現在メイドとなる人を探している途中です」
「嘘をつきなさい!」
「本当ですよ、本当」
右を見ても左を見ても男、男、男だらけ。
下働き全員が男。
今のロミ家を一言で言い表すなら、薔薇の館だ。
「私が変な目で見られるのよ! 若い男ばかり囲ってるって! 母やレンスマリー様の付き人のこともあるんだから、女子を雇いなさい! 命令よ!!」
「先ほども言いましたが、探している途中です。もちろんわかっておりますよ」
暖簾に腕押し、どこ吹く風で受け答えてくる。
忌々しいが、彼女の連れてきた男どもは・・・優秀なのだ。才能が有り、希望に溢れ、仕事にやりがいを持っている。靴磨きでさえもだ。
「ささ、エレステレカ様。ヒルナー様がお待ちです」
「わかってるわよっ」
エレステレカはすぐに8歳の現当主ヒルナーの元に行った。
平民の、役者の子。いきなり公爵家の当主となったからと言って自由勝手できるわけもなく、現在は祖父から貴族に必要な学問を学んでいる。
始めて見た時はおどおどとした少年だったが、だいぶしっかりとし始めた。祖父の教育もあるのだろうが、頼りになる兄たちが周囲にいることがよかったのだろう。
男は男、女は女の美学がある。そこがあべこべにすると性格が歪む、とエレステレカは思っている。
次に、エレステレカの母の元へと向かった。
娘が父を殺し、母スィレーラは精神病に侵されていた。しかしだいぶ改善してきているようだ。
エレステレカがくれぐれも母を労わってくれと言っていたのはもちろんだが、部屋には犬や猫など、父が嫌がり飼う事を許さなかったペットに囲まれている。それが慰みになってくれているのかもしれない。
そして最後に、継母レンスマリーに会いに向かった。
ヒルナーの母親で、エレステレカが猛プッシュでロミ家に入れた人物だ。
彼女は中の上、上の下ぐらいの女優だったらしい。
よくある話だ、女優としては伸び悩み、限界を感じて貴族の男を垂らし込む。上手く行けば手切れ金、最良で貴族の妻となれる可能性がある。恋愛結婚の多いこの国ではよくあることだ。
レンスマリーも貴族の男を垂らし込み、大当たりを引いたわけだ。
公爵家は王族の血筋であり、王族に何かあった時に国の代表となる一族だ。つまり下手をすると、平民が皇帝になる可能性がある。そうでなくても、ヒルナーの子が皇帝になる可能性は高い。
当然猛烈な反対が起きたが、まるで神に愛されているかのように彼らはロミ家の一員になることができた。
「失礼します、レンスマリー様。エレステレカです」
窓辺に置かれたテーブルで本を読んでいた。
本を置き、静かに立ち上がると美しく礼をした。
「エレステレカ、ようこそ」
思わず平民のように口笛を吹きそうになった。
淡い白いドレス、金色の髪は主張しすぎない緩やかなウェーブかかり、そして化粧により目じりが落ち穏やかな表情を浮かべている。まるで深窓の令嬢のようだ。
少し前まで、娼婦のように胸の出た服を着て「ご両親は悪魔ですか?」と尋ねたくなるような化粧をしていた女とは思えない。
「見違えましたね」
「女優ですから」
レンスマリーは上品に微笑んだ。
「もうすぐ社交界に出なければいけません。知識としてどのような場所なのか教わっているのですが、いろいろとお教えくださいませんか?」
物腰柔らかにお願いしてきた。
エレステレカも彼女に倣い、喜んでと答えた。
小さなテーブルにお茶とお茶菓子が置かれる。もちろん持ってきたのは若い男性の支給だ。
「現在男たちの世界では、派閥争いはお休み中です。周辺国がきな臭く、第二皇子オレイアスは第一皇子ストラースに従うと表明しているので、それでいいだろうと。ストラース様は皇帝シンラクと同じように清廉潔白な人柄で、敵が多くいます。オレイアス様はその敵の受け皿となっていますが、うまく抑え込んでいますね」
まさにそのような情報が聞きたかった、そう言うようにレイスマリーは深く頷いている。
野心的なだけじゃない、賢い人だ。
貴族だけではなく、庶民でも女は何もせず「おほほ」と笑っていればよろしいのよ~としか教わらないが、そうじゃない。
何か問題が起きれば一人前、手のひらを反すかのように男と同じ責任を背負わされる。誰も助けてくれず、何か起きてから何かをするでは手遅れなのだ。
女は子供の顔をしながら、男より学ばねばならない。
「それは殿方の世界。真に気を付けるべきは女の世界。殿方は国のために一丸となれますが、女の世界はそう甘くありません」
「それは恐ろしい」
そう言いながら、目を輝かせている。
どうやら相当好き者のようだ。
「ストラース様の奥様、マリネ様は母のようにのんびりとした方です。だからこそ、そこを付けこまれています。伯爵の女ドリー。あのデブが第一皇子派閥の女性を取り仕切っています」
「伯爵家?」
「自分が偉いと勘違いしているオバサン」
レンスマリーはおかしそうに笑った。
「どこも一緒ですね」
「ええ、どこも一緒。厄介なのはここからよ」
ドリーは自分の地位を脅かすと思っているのだろう、第二皇子派閥と徹底抗戦の構えなのだ。
「殿方は驚くでしょうね、突然腹心が反旗を翻す。一体なぜ? どうして裏切った?」
「奥様方の派閥が関係していると?」
「殿方は女を舐めすぎなのです。それはそれで面白いのですが、今はドロドロした演劇を楽しんでいられない。選択一つ間違えれば、何千人、何万人もの国民が命を落とすのです」
レンスマリーは頷く。
「私はどうすればいいのでしょう?」
「ロミ家は、私がオレイアス様と結婚する予定だったこともあり第二皇子派閥です。レンスマリー様の風当たりは強くなるでしょうが、第二皇子派閥ならば無碍にはされないはずです。しかし・・・」
エレステレカは悪い笑みを浮かべた。
「あえて第一皇子派に殴り込み、なんてどうでしょう?」
「まぁ! でもドリー様は、手強い方なのでしょう?」
「無知程恐ろしいことはございません」
そこに秩序をもたらしましょう、それがマリネ様の願いでもあります。エレステレカは恐ろしい子ですね。いえいえ、レンスマリー様ほどでは。
気が付くと二人はすっかり話し込んでいた。
レンスマリーは野心的な女性だ。
賢く、美しく、目的のためなら姿を変える事もできる。
こんな情熱的な女が、あの冴えない男一人で満足できるだろうか?
ああ、愛するあの方のために、他の男とは関係を持ちません! ってたま?
ないない。楽しむ男、結婚する男、口止め料貰えるかもしれない男、最低そのぐらいの男がいたことだろう。
と、なると、ヒルナーは誰の子でしょうね?
これこそ、彼らを相続人に選んだ理由だ。
呪われた血を途絶えさせる。
親族がロミ家を継ぐべきなのだが、どういう訳か女子が多く、男子が2人いたが、どちらも問題があった。
一人は歴史学者になると30過ぎて未だ結婚もせず財産を食いつぶしている。
一人は40歳で出奔しており、画家になりたいと居酒屋で働きながら母のいない子を6人養っている。
どちらもロミ家を継ぐと聞くと震えあがり、頑なに拒否していた。
そこでエレステレカが、ヒルナーは父に子である、血の濃さこそ重要視されるべき! まだ若く、責任を取って立派な後継ぎに育てる! と触れ回った。
婚約破棄したとはいえオレイアス王子とも仲が良く、多くの貴族と関係が深い。ならば、エレステレカに任せようとなったわけだ。
「ええ、スィレーラ様とは仲良くさせてもらっていますわよ」
母親のスィレーラの話題になっていた。
レンスマリーは、やけに母について聞きたがっていた。
「何度かお茶に誘ったのですが、断られるのです。よく思われないのは仕方ないのですが、だいぶお心を病んでいらっしゃるようで心配なのです」
どうしてこれほどまでに気にかけるのかが謎だ。
前妻など、邪魔でしかないはずだ。もし母に危害を加えるようなら一発アウト、ヒルナーだけを置いて出ていってもらう。
最悪の場合・・・
「スィレーラ様のことを教えてくださいませんか?」
「・・・」
何を目論んでいるのか知らないが、ベラリナに使用人の男たちもいる。もし母に危害を加えるのなら、この私がどのような態度に出るかわかるはずだ。
「母は、人気者だったらしいわ」
穏やかで、美人で優しくて、学園で咲いた華。
派閥など関係なく母に好意を持つ者も多く、数えきれないほどのプロポーズを受けた。中には女性にもプロポーズされたという伝説まで残っているほどだ。
「ええっ、わかるわ」
レンスマリーは力強く頷いた。
その圧に少したじろぎながら、話を続ける。
「ただ、母は恋愛というものに疎かったの。卒業までにお相手が見つからず、お見合いをして結婚。子爵なのに公爵家に嫁ぐことができてハッピーエンド」
「そう」
レンスマリーの望む内容ではなかったのだろう、肩を落とした。
「周りはそう思っているみたいだけど、娘から見たらそうじゃない」
彼女は顔を上げた。
「知っての通り、父は派手めな女性が好きだったみたい。母はまぁ、美人だけど可愛らしい人だしね。夫婦仲はあまり、ね」
更に言うなら、仲の良かった使用人たちを次々に辞めさせられ、孤独になって行った。少しずつ社交界にも顔を見せなくなり、孤独は増していった。
「ロミ家に嫁いで、母は幸せだったことがないわ」
私は親不孝者だ。
だからこそ、母さんに何かしようものなら許さない。
そんな脅しだったのだが、レンスマリーは突然涙を流し始め、エレステレカはギョッとする。
「ええ、スィレーラ様は幸せになるべきよ。こんな事、許されるべきじゃないわ!」
「そ、そうね」
何をそんなにテンションを上げているのかわからなかったが、とりあえず危害は加えてきそうにないのでそこは安心することにした。
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