第10話 穢れた血 後

 ここはただの教会ではない。

 秘密工作員の隠れ家であり育成所、そのカモフラージュとして作られている。町の大工に「ここに隠し部屋、こっちは地下牢を作ってくれ」なんて言うわけにもいかず、自分たちの手で作らなければいけなかった。

 道を作り橋を作り砦を作る訓練は騎士団の基礎なのでできなくはないのだが・・・通常業務に戦闘訓練、なかなか教会まで手が回らないのが実情だ。

 それに、堅牢な作りである自信があるが、豪華絢爛の自信はない。


 そのうち礼拝堂になる予定の広間で、眠るまでのわずかな自由時間を、汗臭い男たちが酒やカードなどをして楽しんでいた。

 そんな中、うら若き娘が気にもせず書類仕事をしている。


 ウィルは酒を片手に、遠慮しながら声をかけた。

「その、仕事は忙しいのか?」

「ん? 別に」

 エレステレカは書類から目を離さず返してきた。

「急ぎじゃないし、遅れたからと言って別に困ることもないし、そもそも私がする必要もない。それどころか、何もしないで座ってろってみんなに言われてるぐらいよ」

 ペンを収め、伸びをした。

 細い体に、主張するかのように胸が突き出て、ウィルは思わず視線を外してしまった。


「遊びよ、遊び。そこでカードしてるのと一緒、遊び気分でやってんの」

「おいおい」

 苦笑するが、ウィルは少し考えてしまう。


 若いうちは、遊び気分で働かれては困る。

 貴族の餓鬼が騎士団に入って来た時はまず、カス以下だということを体で覚えさせなければ仕事にならない。


 だが・・・義務や責任感で働く者は、仕事以上の事をしない。

 そりゃそうだ、義務や責任の範囲外の事柄など無関係だ。急ぎ帰って友人とカードをする方が、人生において必要なことだ。


 だがカードとなれば、どんな間抜けだろうと目の色が変わる。

 手持ちの札、場の札から相手の役を推測する。更には性格、癖、表情などを読み頭をフル回転させてくる。どんな間抜けだろうとだ。


「で、なに?」

「ん?」

「何か用があるんでしょ?」

 働いているのに声をかけたのだ、用があるに決まっている。ウィルは覚悟を決めて酒を一気に飲み干し、テーブルに置いた。

 そして手を差し出し、彼女を立ちあがらせた。


 息をつき、片膝をついて座る。


 エレステレカは驚き、慌てて服装を正し始めた。

 男たちも驚きカードの手を止め、酒を片手に集まってきた。


 膝をつき女性を見上げる姿勢、それは貴族がよくやるプロポーズの姿だからだ。


「俺は一度、君を救えなかった。身が裂かれるような思いだった。君を失いたくない、自分の中で君がどれだけ大きな存在なのかを思い知った。だが、君はこれからも命を狙われるのだろう。しかし、もう二度と君を危険な目に合わせないと誓う。どうか生涯の騎士として、君の傍に居させてくれないだろうか」


 手を差し出した。

 OKなら女性がその手を取る。

 普通に考えれば身分の差のある叶わぬ恋。だが、今ならどうにでもなるはずだ。


「お断りします」


 ああ~っ。

 男たちのため息が漏れ、ウィルは肩を落として手を引っ込めた。


「断る理由を、話してもいいかしら?」

 正直、聞きたくない。

 勘弁してくれ、みっともない、情けない。


 正直、勝算があると思っていた。

 それなりに女性たちに言い寄られてきた方だし、最強とまではいかないが優秀なほうだ。浮気もしないし、彼女は妹とも仲がいい。いい関係を築けていたと思っていたのだが・・・


「私は父を殺しました」

 こちらの言葉を待たず、彼女は話し始めた。

 沈痛な顔、ではなく軽薄そうな笑みを浮かべながら男たちを見渡した。

「清らかな乙女のように、めそめそと罪を償い続けるつもりはないわ。とはいえ、父を殺し、リリアを何度も殺害しようとし、あなたたちより人を殺してる」

 男たちは名の通った騎士たちだ。長らく戦争をしていないので殺した数は少ないが、それでも、それなりに人を殺している。

 16の娘が、それを分かったうえで更に多いという姿に驚いた。


「私は聖女じゃない、魔女よ。我が父は立場を考えず浅はかな行動を取り、娘に殺された。祖父は頭が切り替えられず騎士団長のまま領主となり、急死した兄の代わりは果たせなかった。曾祖父もそう、ずっとそう。そもそもロミ防衛戦で活躍した先祖は、ブラッキー副官の手柄を奪ったようなもの」

 歴史好きなら、まぁ有名な話だ。

 真の名将ブラッキー。決壊した防壁よりなだれ込む敵軍を将軍の命と偽り指揮を執り、押し返したのだ。彼の偽りがなければ確実に国は滅んでいた。


「私の目的は、この穢れた血を途絶えさせる」


 彼女は少し寂しそうに微笑んだ。

「私の手は血で染まっている。これからも血でじゃぶじゃぶ手を洗う予定。そんな女が、子を抱くなど許されない。生涯結婚するつもりはないし、我がロミ家の罪はすべて私が清算する。子孫に罪の借金を残すのも可哀そうじゃない?」

 申し訳なさそうにウィルに向き直った。


「そう言うことだから、気を落とさないでね。えっと、あなたっていい感じだし、もっとちゃんとした人がいいと思うのよ。だから大丈夫、どんまい」

「やめろっ!!!」

 沈痛な静けさが、笑いに変わった。


 ウィルは男たちに囲まれ、肩を叩かれた。

「どんまい、ウィル」

「あっちで飲もうぜ、ウィル。どんまい」

「ああ、お前なら結婚相手に困らないさ。どんまい」

「やめろっっ!!!!!」

 ウィルの虚しい悲鳴が上がった。

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