第9話 穢れた血 前
トウライレポート。
1000年先の未来。エレステレカの巨大な墓地の調査が行われた。補修、保管のために発掘調査だ。墓荒らしに備えた堅牢な砦、巧みに隠された棺の中には遺体はさすがに朽ち果て、布の切れ端が残っていただけだった。
しかし、一冊の本が朽ちることなく残っていた。
それが『トウライ・レポート』だ。
強固な封印の魔法がかかっており、現代魔法でも本を開くことができなかった。それから200年の月日が流れ、とうとう封印を解くことに成功した。
学者たちは当時の資料に喜んだ。
エレステレカは現代にも通じる数々の改革を行い、現在のルダエリ帝国の礎となった。その活躍は小説にしたってもう少し遠慮するだろうぐらいの功績を残した人物で、更には現代魔法ですら解けない封印の本。想像力を掻き立てる。
「政府は不都合な事実を隠しているのだ!」「古代には超魔法文明が存在した証拠だ!」「エレステレカは宇宙人だったんだ!」などと荒唐無稽な話が広まっていたのだ。
学者たちも宇宙人かもしれないと笑いながらトウライ・レポートを調べ始めた。
エレステレカは輝かしい栄光に彩られていたが、暗殺や侵略の黒幕など後ろ暗い姿も調査で判明している。その秘密が明るみになるかもしれないという期待があった。
異世界『にほん』という国から生まれ変わったトウライ・ママの証言を、エレステレカがまとめたレポートだった。
現代と同じレベルの『にほん』の文化文明を事細かに聞き出し、それを元に多くの政策を立案したことが事細かに書かれていた。
さらに驚くべきことに、この世界はテレビゲームの物語と同じ出来事が起きていた事もまた分かった。
学者たちは青ざめる。
異世界? テレビゲームと同じ?
何かの冗談であってほしかったが、調査に参加したのは一流の学者たち。『トウライ・レポート』に書かれていることがすべて事実であることが分かってしまった。
よっぽど宇宙人であった方がマシだ。こんなもの世に出せるわけがない。
対応策を国にお伺いしようとしたのが間違い、情報が洩れ世紀の大事件に発展することになるのだが、それはまた別の話。
エレステレカは、いずれ自分の墓地、棺が隠される場所の上でそのレポートを書いていた。
砦はまだ改装中、自室も作られていないので広間で書類整理をしていた。広間には訓練を終えた対外情報調査対応騎士団の面々が体を休めている。
エレステレカは頭を抱えていた。
女子ありがちな、とりとめのない会話をまとめているのだ。
「うぅぅぅ、うそぉ、エレステレカの百合ルート? 知らない、そんなルート知らない。おおっ、神様、ありがとうございますぅ!!」
そう意味のよくわからない言葉と共に、隠す事もなくぺらぺらと喋ってくれた。
『Knight of Prince』
という名の、乙女ゲーというゲームの物語と同じ世界だと彼女は言っていた。
主人公は女騎士リリアで、いろいろと問題のある異性との恋愛物語。
評価された作品らしく、注目されたのが主人公をイジメる悪役令嬢の存在だ。
凄まじい罵詈雑言、躊躇いもなく振るわれる暴力、更には迷わず殺害を目論む悪役令嬢。ここまでぶっ飛んだ悪役令嬢はいなかった。心当たりのある内容ばかりだ。
そして『ざまぁ展開』というらしいのだが、その悪役令嬢が報いを受ける。それはもう、多種多様な惨たらしい最後を迎えるらしいのだ。それがまた作品の売りになっていたそうだ。
焼死、処刑、溺死、拷問、自殺、どれもこれもひどい最後ばかり・・・何故かワクワクしてしまっていた。
1作目、ニニヨ国の陰謀。
よく知っている、自分が焼け死ぬまでの3年間だ。
2作目、第二次ロミ防衛戦。
何故か生きていた私が聖女と名乗り、周辺国を扇動してルダエリ帝国に侵略を開始した。騎士として戦うリリア、指揮を執るオレイアス王子。王子と騎士の禁断の愛の物語。
3作目、海の邪神。
やっぱり生きてた私は海辺の町で邪教を信仰し、邪神信仰を帝国に広め始める。ロミの領主となったリリアはニューヴァと共に真相を探っていくミステリーホラー風恋愛物語。
どれも今ではないがきな臭くなり始めた事柄ばかりだ。だが、立場的に予測できる範囲の情報でしかない。
しかしそれは、トウライの言葉が正しいのだという証明を自分で行ってしまったようなものだ。
「もし真実なら、価値があるのは未来の話よりも、彼女の前世の世界の情報ね」
魔法がなく、人間しか存在しない世界。
しかし世界の法則を調べ上げ、この世界よりもずっと繁栄している。うまく聞き出せば、なかなかに利用できる情報になってくれるかもしれない。
「ボス、あの女の言葉を信じてるんで?」
ウィルが酒を片手に近づいてきた。
「異世界人だなんて、眉唾ですよ。ただの虚言癖のある女だ、真面目に聞く必要はないでしょ」
笑いながら多量に酒を飲んでいる。
訓練後は半分死んでいたウィルだが、最近は普通に話せるようになっているようだ。他も面々もそうだ。ツゥーリが言っていたが、本当に筋のいい、才能のある面々が集まっているからだと評していた。
「是非、虚言癖のある娘であって欲しいわね」
「はい?」
「虚言癖なら、彼女は天才よ。平民でありながら学園の特待生に選ばれ、これほど膨大な空想を作り上げている」
まだまだ聞き出している途中なのだが、それでも膨大な量の証言の書類が山のように積み重なっている。
「もしそうじゃないのなら、彼女は前の世界で21歳にして命を落とし、今15歳だから36歳になるわ。6歳から15歳まで義務で教育を受け、更には3年と、4年の学校に通っていることになるわ」
15歳の天才と、36歳の凡人、どちらの利用価値が高いか、言及するまでもない。
エレステレカは小さく息を吸い、歌を歌い始めた。
不思議な言葉で、今まで聞いたこともない曲調の歌。
突然のことだったが、誰もエレステレカを止める者はいなかった。最初は戸惑っていたが、最後の方になると誰もが静かにエレステレカの歌に聞きほれていた。
歌い終えると、自然と拍手が送られる。
「彼女の世界でもっとも有名な歌、『びーとるず』で『れっといっとびー』という『ろっく』と呼ばれる曲だそうよ。『えいご』と呼ばれる言葉を学ぶために、有名な曲を丸暗記したそうで、まだ覚えているんですって」
「言葉はわからないのに、胸をかきむしりたくなるような曲ですね」
エレステレカは調子に乗り、『ぷりーずぷりーずみー』と『へるぷ』という曲も歌ってみた。男たちはすっかりと心を奪われてしまう。
「この曲を15の娘が作ったなんて、夢があると思わない?」
ウィルは素直に頷いた。
「頭がよくて、凄まじい空想力があり、更に素晴らしい歌が作れる。心から虚言癖のある少女であってほしいと願っているわ。ちなみに、『びーとるず』の曲はこの3つしか覚えてないんだって」
「新曲は、望めそうにないな」
みな、ガッカリとした。
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