第7話 トウライレポート 前
なんというか、やっと学園に帰ってきた。
2年生の講堂はかなり広く、ロミ防衛戦や賢王が精霊に土地を譲る場面の巨大な絵画がかけられている。ちなみに3年の講堂はまるで神殿のような白い石の柱に囲まれた講堂になる。
クラスに入ってくると、生徒たちがエレステレカに集まってきた。そして裏表なく無事に帰ってきてくれたことを喜んでくれた。女子たちは泣き、男子は怒りに震えてくれる。
少し、いや、かなりこそばゆかった。
一人ひとり丁寧に挨拶をして回り、何となく心地のいい疲れを感じながら腰を落ち着かせた。そこに、リリアがひょこひょこっとやってくる。
「お疲れ様です」
「あなたもお疲れ様ね」
誘拐されてからお互い学校に通えていなかった。
リリアの背中から、大きなトカゲが顔を見せた。
「うわ、キモ」
「ルビーは気持ち悪くないです」
仔犬ほどあるトカゲを抱きかかえる。
ドラゴンの幼体なのだそうだが、角も牙もない、羽もなく鱗は柔らかそうで大きなイモリにしか見えない。体内がほんのりと赤く光っており、リリアは背中を愛おしそうに撫でている。
何百、何千というドラゴンが帝国に移動してきた。
帝国は大騒動。ニニヨ国に公爵令嬢が誘拐されたなど消し飛ぶほどにだ
人間とドラゴンの間に入ったのがライト家、リリアとウィルだ。そう遠くない日に、目論見通りドラゴン卿と言われるようになるだろう。
と、すっとリリアが顔を近づけてきた。
「気になることがあります」
え、聞きたくない・・・
現状で十分いっぱいいっぱい問題があるのに。
「一年に、特待生が入ってきました」
「・・・平民が聖ヴァレリア学園に入って来たってこと?」
「はい」
エレステレカの記憶には、そんな特待生はいない。
時間が巻き戻り、まだ未来を知っている。特待生は十数年いなかったはず、だから知らなかったということはないだろう。
当時と現在は状況が違う。なんやかんや運命が変わってしまったが故に特待生が入って来たという事なのだろうか? なんにせよ、不気味なことには変わらない。
「少し調べてみないとね」
リリアはお役に立ててうれしいです、そのような表情を浮かべて頷いた。
だが数日後、こちらが調べるまでもなく特待生が現れた。
トウライ・ママ。
淡い金髪の、可愛らしい女の子だ。笑顔が似合う、悪く言えばおしゃべり好きの田舎娘だ。悪だくみどころか、よく特待生になれたなと思うほど普通の子だ。容姿はいいので男子に人気が出そうだ。
「リリアちゃん! イジメられてない!?」
そのトウライは2年の講堂にずかずかと入ってきて、リリアとの間に割って入って来た。
「さささ! リリアちゃん先輩! あっちでお話しましょ!」
「え、ちょっと、あの、ええっ!?」
そう言って、嫌がるリリアの背を押して講堂から出て行った。
とんでもない平民の一年生だ。
殺されても「仕方ない」で済ませられそうなほどだ。
「・・・めんどくさそうだし、リリアに任せましょう」
何事も、自分だけで解決するのはよくない事だ。
うんうん。
そう言うことでエレステレカは、しばらく再び学校を休む事になった。
話はつけたとはいえオレイアス王子との婚約の話を詰めなければいない。
ニューヴァと変化していく対外情報調査対応騎士団のことで話を付ける必要もあった。
実家に帰り、新しい体制となり混乱しているので相談や解決策を話し合いもした。
ニニヨ国に隣接している領地の貴族と今後の話をしなければいけない。
もちろん学校の勉強に、ニニヨ国の論文を書いている途中だ。
特に目を向けていないといけないのが、女神エレステレカ教の信者たちだ。何しろ一癖も二癖もあるような連中で、適切な対応をしなければ・・・下手をすると国家転覆しかねない。ニニヨ国や周辺国なんかよりよっぽど恐ろしいのだ、あの子たちは。
「エレステレカさまぁ!」
情けない声を上げて部屋にリリアが入ってくるが、扉の前で固まった。
ぴっちりと包むドレスを見渡し、体を動かしてみる。拘束具のように体に張り付いているけれど、手足は自由に動かせる。
さすがに今流行りのデザインではないが、細かな刺繍がされており、長く、そしてどこにでも着ていけるドレスだ。
「着色できないのです。普通の糸で刺繍をしようかとも考えたのですが、それでは折角の耐久性が下がってしまうかもしれない。そこで、上から何かを羽織るようにデザインしました」
彼はうっとりしたように口にした。
非常に気持ち悪い。だが、気持ち悪ければ悪いほどいい仕事をしている証拠だ。今回は、今までにないほど気持ちが悪い。
伸縮性ゼロ、吸水性ゼロ、肌が出ている場所は頭と手ぐらいなもので全身包まれていている。正直暑くて汗が止まらない。
その代わり、切れず刺さらない。耐熱、耐寒性に優れ、どういう理論なのか高所から落ちても怪我をしないそうだ。
ドラゴンの鱗から出た繊維を使い編まれたドレス。
若いドラゴンは脱皮するらしいが、長く生きたドラゴンは脱皮をしなくなる。そうすると爪のように鱗も成長し続け、鱗の先から繊維状になり落ちていく。
ただ問題なのが、繊維状になり落ちるまで時間がかかる。岩にこすり付けても、水浴びをしても、溶岩浴びをしても取れない。
そこで、ダイア領の人間が鱗の手入れを買って出たそうだ。そこで出た鱗の繊維、それを使ってこのドレスは作られたわけだ。
要するにドレスに見せかけた、身を守る鎧なのだ。
「エレステレカ様、結婚するですか!?」
「ウエディングドレスじゃないわよ!」
制服に着替え、リリアを傍らに講堂に向かった。
「ううっ、やっとエレステレカ様と話せた」
「いい刺激になったんじゃない?」
「なってません!」
彼女は実に不満そうだ。
最近の彼女は他者との関りを切っているように見える。前の時間で彼女を守っていた4人の王子さまにすら関係を作ろうとしていない。
トウライはそんなリリアを連れまわし、普通は委縮するオレイアス王子や、入学したての天才魔術師マーレイン・ブルーサンダーと無理矢理仲良くさせていた。
友人関係にまで口を出す必要はないとは思うが、主要メンバーたちぐらいは仲良くしてもいいだろうにと思っていたのだ。
トウライは、たまにいる物おじしない系の人間だ。そういうタイプは大体アホなのだが、彼女はしたたかな面が見える。有力な貴族と、将来性のない貴族の見分け方が的確なのだ。数いる“天才”貴族の中でマーレインを選ぶとは、わかっている。
「あの子、エレステレカ様を悪く言うんです! すごい悪人だって、仲良くしない方がいいって!」
「人を見る目があるわね」
「ありません!」
腹を立てるリリアに、エレステレカは別のことを考えていた。
確かにリリアとエレステレカは仲良くなるべきじゃない。だがそれは、前の時間でのこと。今はリリアに対してイジメたりはしていない。
「少し興味が出てきたわ」
思ったよりも掘り出し物かもしれない。
めんどくさそうな子だが、会ってみる必要がありそうだと考え直した。
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