第6話 不安の種

 リリアとウィルは誘拐された令嬢を救出した。

 そして数百、数千のドラゴンが群れをなしやってきた。そして、ニニヨ人の集団が保護を求めて入って来た。

 帝国内は、てんてこ舞いになっている。


 ロウの望みは、移住だった。

 人数は2000人強。国の変革期、国を守るのではなく逃げ出す準備をしたわけだ。


 公爵令嬢を誘拐、子供が2、3人できたぐらいの時が流れて救出。国が滅亡しそうになったら手土産として移住を申し出るつもりだったのだろう。

 公爵令嬢なので無碍にはできず、されど権力は失われている。敵対的な思想を持った者の牙も抜けている。実に冴えたやり方だ。

 しかし作戦は失敗。

 彼らは考えただろう。このまま見殺しにしてしまうか、まだ価値があるので利用するか。

 そう、彼らは選択を間違えたのだ。


 エレステレカは、古びた砦にやってきた。

 今は改装中だが、卒業する頃には天眼教の教会になっているはずだ。そう、卒業して入る教会はここになる。


 この砦はなかなかに由緒がある。

 精霊王、賢王と呼ばれたファーレンが暮らしていた土地に作られた騎士たちの詰め所だ。

 200年前、現在の首都のあるこの地は精霊たちが支配する森だった。賢王ファーレンは森の近くに隠匿生活をしていた。ファーレンは精霊たちと交流を持ち、信頼を得て森の一部を譲られたのだ。

 砦は教会に作り替えられるが、精霊王ファーレンの功績を称える予定だ。


 どうでもいい話だが、賢王やら精霊王みたいな二つ名がある場合、二通りの理由がある。

 王族が権力を持ち、力を誇示する場合。もしくは貴族が権力を持ち、自分たちにとって都合がいい王を称える場合だ。

 賢王ファーレンは、悲しいかな後者だ。

 ロミ防衛戦後、空前の大好景気となり貴族たちが権力を得た。当時の王族はただの飾り、ファーレンも貴族に政治を丸投げし美しい田園の中で優雅に暮らしていた。その時、精霊と仲良くなったそうだ。

 ファーレンの孫であるタリスリは譲られた森を開墾し、巨大な都市を作り上げた。そこを首都とし、当時広がりつつあった天眼教を国教として王族の力を誇示し、自ら建築王と名乗った。


 そのような歴史のある砦の広間で、男たちが死ぬんじゃないかと思うほどの戦闘訓練を受けていた。

 取り囲む教官たちは感情がないのかと思うほど、淡々と男たちを嬲り続けている。

 訓練と名の付いた拷問だ。エレステレカも、ちょっと引いてしまうぐらいだ。


「筋がいい」

 その様子を首切り少女、改め暗殺部隊『安らぎの死』の長ツゥーリは事実だけを伝えるかのように口にした。

「あれだけ痛めつけられると、自ら命を絶とうとする。だが、誰も死のうとしない」

 自死と嬲り殺される様にどのような違いがあるのかと思ったが、黙っておいた。


 むごい姿を眺めながら、エレステレカは傍らに立つツゥーリに尋ねた。

「あなたたちが10なら、彼らは何点ぐらいになるかしら?」

 ツゥーリはしばらく無言になった。

「8点ぐらい」

 これだけやって8点かと落胆してしまう。

「10点は無理?」

「幼子を誘拐し、身体能力が飛躍的に向上する薬を投与する。副作用で死ななかった者が次の段階に進み、10歳になるまでに人を10人殺す。その後兄弟として育てられたもの同士で殺し合い、生き残った者が『安らぎの死』の一員となる。我々の肉体は薬の後遺症で30歳まで生きられない」

「OK、8点で妥協しましょう」

 悪党を気取っていたが、世の中知らなくてもいい事は多そうだ。


 長い長い訓練は終わり、暗殺部隊は姿を消した。そして、広間には騎士たちの残骸が地面に転がり残されていた。

 エレステレカは、それでもまだ元気な3人の傍に近づいた。

「ウィル、ジムトリー、モルガネ、生きてる?」

「がっはっはっ! まだまだ!」

 ジムトリーは訓練後の一杯、髭にビールの泡を付けながら豪快に笑っているが、半分死んでいるじゃないかと思えるような姿だ。


「クソ、剣の腕には自信があったんだけどな」

 ウィルは・・・全壊しているように見える。

 ジムトリーと違いウィルはビールが飲める状態じゃないらしく、握られたジョッキは放置されていた。エレステレカはそれを拝借して、生ぬるいビールを飲む。


「よく頑張ってるわね。で、どんなもんよ?」

 表向きは精霊王ファーレンを称える天眼教の教会。しかし実態は対外情報調査対応騎士団の本拠地となる。エレステレカが尼になって隠居する、なんて真っ赤なウソ。しっかりと陰で暗躍するわけだ。

 素人ばかり結果を出すには十年以上時間が必要だと思っていたが、『安らぎの死』を彼らの教官として招くことができた。厄介者を帝国内に入れたのだ、このぐらいのうまみがなければやってられない。


「正直キツいが、これでいい。誰も逃げないだろうな」

 ウィルの言葉に、ジムトリーは肯定するように笑みを浮かべた。

「何もできずおひぃさんを誘拐されちまったらなぁ、情けなくって死んでられねぇや」

「一流の訓練が受けられるんだ、とことんやってやるさ」

 横たわる男たちは拳を突き上げ、ウィルとジムトリーの言葉に答えた。


 もうすっかり全壊、動く屍のようなモルガネが顔を上げた。

「・・・このまま、ニニヨ人の言いなりになるつもりか?」

 返答によっては貴様を殺す。そのような殺気をぶつけられながら、エレステレカは笑みを浮かべる。

「そう、それがニニヨ人のやり方。偉いわよ、モルガネ。よくわかっているわね」


 ただ奴らの願い通りに動いていたわけじゃない。

 移住ではなく、難民として滞在地を固定させた。自由に移動などさせず、帝国の街には一切入れさせなどしない。「私ではこれが限界なんですぅ」なんて嘘をついてだ。

 嘘だと分かっているロウやツゥーリが相当脅してきたが、トロスが2人をなだめ納得させていた。


 脅してくれたのなら、こちらとしても遠慮なく彼らを皆殺し、ついでに内通者や侵入者も合法的に排除できたのに残念だ。

 それに、ニニヨ人はまさに毒、一度コミュニティに入れてしまえばゆっくりと、確実に浸食していく。トロスはそのことを知っているからこそ、少しの辛抱だと抑えたのだろう。

 実に冴えた手だ。スマートで効果的、恐ろしい相手だ。


 そう、このエレステレカじゃなければねぇ。

「くっくっくっ、彼らは選択を間違えたのよ」

 その醜い笑みを見て、モルガネも素直に口を閉ざした。

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