第5話 誘い (下)

 ニニヨ国の中央にある光の都市ゴレリア。

 王都ヒロミラの十倍の人間が暮らし、積み木都市と呼ばれる聖ワール国の首都であるワールレターよりも広大だ。


 巨大な城壁に囲まれた都市で、ちょっと尋常じゃないほど巨大な城が真ん中にある。その城に続く中央通りには驚くほどの人が行き来していた。

 その城と道を眺めながら、エレステレカはのんびりとお茶を楽しんでいた。

 石造りの立派な宮殿には、これでもかと高級品が詰め込まれていた。エレステレカの知らない獣の毛皮が敷かれ、でっかい壺がある。

 お茶は少し味気ないが、甘い菓子とよく合っている。ティーカップにはドラゴンに幻獣が描かれていた。帝国では花や草ばかりなので異国だなぁと感慨深くなる。


 豪華な扉が開かれると、そこにリリアとウィルが姿を見せた。

「エレステレカ様!!」

 リリアは目を赤くしてこちらに走ってきた。

 エレステレカはゆっくりと立ち上がり、抱き着こうとするリリアに、アイアンクローを決めた。


「泣くな。感動するな」

「い、いたい、痛いです!?」

「これは謀られたこと、そこに感謝に感動は必要ない。このエレステレカを、謀りやがったのよ。わかる、リリア?」

「は、はい! 痛いです! いたいいたい!!」


 誘拐されたエレステレカを救うために国家を上げて捜索している。リリアとウィルは独自で探していたらしい。そこでエレステレカは2人を呼び寄せたのだ。


 ウィルはどこか緊張しているかのように部屋を見回す。

「隠れ家、だそうよ」

「随分目立つ隠れ家だな」

 本当に身を隠すわけではなく、ほとぼりが冷めるまで知人のいない場所に身を潜めるための宮殿なのだろうが・・・それにしたって無駄に豪華で目立つ。


「それに・・・まさかニニヨ国がこんなに大きな国だとは、思ってなかった」

 ウィルは声を震わせながら窓に向かい、行きかう人と巨大な城に目を奪われる。

 エレステレカはこの国の研究をしているので知っていたのだが、世界の中心だと思っている帝国人からすれば、プライドを打ち砕かれただろう。


「世界の中心。彼らはこここそがそうであると信じて疑わないわ。生まれ故郷を捨てると、当然のようにこの場所にあらゆる富を移す。略奪された富はすべてこの地に集められる。戦争があるたびに、国が滅びるたびに、この地に富が集められるのよ」

 すっかりプライドが傷つけられたウィルに近づく。

「想像してみて? このゴレリアが我が帝国にあったとしたら、どうなるかしら?」

 アイアンクローから解放され涙目で頭を押さえるリリア。ウィルは言われた通り、この光の都市が帝国にあったらと考え始めた。

 とても維持できない、そう顔に出ていた。

「その問題すべてが、この国には無いという事よ」

 ウィルは目を丸くして、改めて外を眺めた。


「私の目からは、歪んだ光にしか見えないわね。さて、リリア。まだ変な夢は見ているの?」

 彼女は少し驚き、そして神妙な顔で頷いた。

「近いって、何度も」

「そう、尻まくって逃げなくて正解だったわ。行くわよ」

 戸惑う2人を置いて、エレステレカはさっさと部屋を出ていく。リリアたちは慌ててその後ろを追いかけた。

 外に止まっていた馬車に乗り、堂々とゴレリアから脱出した。


 馬車の旅はしばらく続いた。

 快適な旅ではあったが、いかんせんこの地は広い。

 3日後、やっと目的地にたどり着いた。始祖王リザレクトが天下を取り巨大な王宮を作った場所だった。

 今は、畑すらない平地であった。


「王が死に、荘厳な都は一夜で消えた。しかし我々の心に、魂に刻まれた。この地こそ世界の中心なのだと、この地を支配する者がのが世界の王なのだと」

 熱弁を振るっているのは、馬車の御者の少女。

 首切り少女ツゥーリだ。まるで人形のような少女が、夢を見るようにエレステレカたちに熱く語っていた。

「我々は情に厚く、礼節を重んじる。山を登るには苦痛を伴うが、頂上にたどり着くには必要な苦悩だ」

 我々は苦悩の数だけ頂上へと近づいているのだ。

 ツゥーリの言葉に、エレステレカはひっそりとせせら笑った。


 さて来たぞ、何が起きるんだいと待っていたら、冷たい風が舞い上がった。

 大きな地震が起きる。

 何もない空間が歪み、山が現れた。

 あまりの巨大さに、生物であることに気づくことが遅れた。


 正直、ドラゴンを舐めてた。

 大きなトカゲでしょ? ぐらいに思っていたが・・・その姿にただただ圧倒されてしまった。

 黄色い肌、透明なウロコに包まれていた。ウロコの先は白い繊維が解けている。まるで巨大な黄金の山に雪が降り積もっているかのようだ。


『待っていた。呼びつけてすまなかった』

 そう言って巨大な頭を、エレステレカに向けた。

「あなたが呼んだのは、そっちよ」

 リリアは気まずそうに手を振った。

『すまない、間違えてしまった』

「あ、いいです。キャラの濃さでエレステレカ様に勝つつもりはないですから」

 エレステレカはリリアの頬を抓った。


 ドラゴンは縮みだし、人の形に変わっていく。

 黄色い服の上から白いローブを身に着けた、長い髭の老人へと姿を変えた。それでも、10メートルはある巨体で、結局見上げなければいけなかったが。

 老人はその場に胡坐をかいて座る。こちらも馬車に登って高さを合わせようとするが、まだ見上げなければいけなかった。


『前置きはなしにしよう。我を、ルダエリ帝国に住まわせてくれないか』

「はい?」

『習性のようなものだ。我を含め、ドラゴンの一団がそちらに流れ込むという訳じゃ」

 ドラゴンの群れが故郷へ襲い掛かる想像をして思わず顔をしかめてしまった。


「ダメだ!」

 ツゥーリがかなぎり声を上げみんなが仰天した。

「神話のドラゴンが、この地を去るなど許されない! お、お前は、お前が約束したのだ!」

 突然どうしたのかとリリアとウィルは首を傾げる。


 始祖王リザレクトの神話だ。

 小さな村の青年がドラゴンに出会い、王となる決意をする。そして紆余曲折あり天下を始めて統一した王となった時、再び現れたドラゴンは永劫の繁栄を宣言した。

 まぁこのでかい爺さんが、そのドラゴンで間違いないだろう。そのドラゴンが引っ越しをするということは、繁栄が引越しをするようなものだ。


「まだ我らは道半ば! 争いは止むことなく、飢餓で毎年多くの民が死んでいる! 我らが願いは叶っていない!

 必死の訴えに、ドラゴンは静かに首を振る。


『願いは、すでに叶っているのだ』

 ツゥーリは言葉の意味が理解できず呆然とし、言葉の意味を理解して力なく崩れ落ちた。

 ウィルもピンときたのだろう、顔を向けてきた。エレステレカもその通りだと頷く。

 そう、願いは叶っている。望み通り、世界の富をすべて手中に収めた。民の幸福など、初めから願われていない、ということだ。


『魔力の溢れる土地がある。ドラゴンはそこで子を産み、育て、生きるのだ。我々はその地を≪ゆりかご≫と呼んでいる。この地はまさに≪ゆりかご≫であったが、数百年ごとに移動する。そう、移動したのだ』

 全身がほんのりと輝き、まるで神のような圧迫感がある。が、どうにも好々爺という感じが抜けきれない。

『移動先に、火山が噴火するかのように、魔力が溢れ出る。副産物だな。我らは≪導きの火≫と呼んでいるが、この地では≪王の灯火≫と呼んでいる。帝国では≪スーパーノヴァ≫だそうだな』

「ああ」

 とある魔術師が作り出したすごい魔法。すごい力があり、時間を3年間戻したらしいのだ。

 確かニールが第8王子で、なるほどそれで始祖王の得た力を欲したわけだ。


『すでに力は使われてしまったようだが、祝福されし血に少し残っているな。まぁ、それはどうでもいい。重要なのは≪スーパーノヴァ≫が帝国で発現したということは、≪ゆりかご≫が帝国に移ったということだ。勝手にそちらに行ってもいいのだが、引っ越し先でもめたくないのでね』

「ドラゴンの癖に殊勝な心掛けね。質の悪い国に呼び出したことは勘弁してあげるわ」


 ウィルはリリアと顔を合わせる。

「ダイヤ領ならどうだ?」

「領主様にお伺いを立てないと」

「帝国内で文句の出ない場所はそこぐらいしかないだろ」

 ウィルが土地の場所を説明すると、ドラゴンは考え込む。

『その海は古の邪神ダラキのテリトリーだな。よくそんな場所で暮らしておるな。まぁ古い神はシンプルだ、縄張りを奪われたからと言ってねちっこく恨み続けることはせんだろう』

 リリアとウィル、そしてドラゴンは話を詰め始めた。その様子を見ていたエレステレカは、疲れたように馬車の屋根に腰掛けた。

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