第4話 誘い (中)


 気が付くと、手足を縛られ馬車の中に転がされていた。

 頭が割れそうなほど痛い。

 かなり安物の馬車ようでガタガタと揺れ、更に底冷えがして、隙間からは冷たい風が入ってくる。いっそこのまま殺してくれと懇願してしまいそうな状態だ。

 まるでゴミのように投げ捨てられ、そのような時間がしばらく続いた。


 諜報機関のボス、というのは関係ないだろう。結成してまだ数日、まだ何もしていない。

 と、なると・・・学園祭でニニヨ人を裏切った事、更にロミ家から追い出したことに対しての報復と考えるのが自然だ。

 だが、冷静に考えて欲しい。そう、こちらが一方的に被害者なのだ。攻撃してきたから対応しただけで、報復など見当違いもいいところだ。だが、そういう連中なのだ。


 エレステレカは息を吐くと、白くなって吐き出された。

 寒い。

 頭痛いし、寒い。死ぬほど寒い。お腹空いたし、死ぬほど寒い。

 隙間から外を見ると、雪が降っているのが分かる。

 予測としては、この馬車はニニヨ国に向かっている。ルダエリ帝国でこの時期に雪が降る場所は限られているし、ニニヨ国はそうとう寒い地域だと本に乗っていた。

 雪が降る場所なんて最悪だ。


 寒さが増し、完全な闇に包まれたところで馬車が止まった。

 馬車のドアが開けられ、ニニヨ人の男が軽薄な笑みを浮かべ近づいてくる。縛られた腕を掴み立ち上がらされ、外へと連れ出された。


 崖の底のような道には雪が積もり、ボロ馬車に比べ随分立派なテントが三つ建てられていた。雪の上に焚火が置いてあることに驚いた。

 雪を舐めていた。

 湯を撒けば溶けるじゃないかと思っていたが、雪の中では燃え盛る炎でさえ容易く吹き消してしまいそうだ。


『来い、温めてやる』

 しっかりとした防寒服、彼らは雪に慣れている。それに比べ、こちらは薄着だ。

『可哀そうになぁ、どんな殺され方をすると思う?』

『せいぜい数日楽しませてもらおうぜ』

 言葉が分からないと思っているのだろう、火が消えぬよう雪で風よけを作っている男たちが欲望を隠しもせず口にしていた。


 エレステレカは、自然と笑みが浮かんだ。

 親殺し、未来が変わったといえ売国奴、人殺しだ。どんな殺され方をしても文句は言えない。彼らは罪に相応しい、ゾクゾクするような殺し方をしてくれるだろう。

 とはいえ・・・あの子は泣くだろう。


『ええ、楽しみましょう』

 エレステレカは、男の首に噛みついた。

 今にも死にそうな誘拐された哀れな貴族娘。愛玩動物よりも立場が低い女の抵抗など注意する必要もないとの油断。

 エレステレカは男の喉を噛みちぎった。

 暖かな血を浴び、ほんのわずかだが生気が戻ってくる。すぐさま殴りつけられたが、腰にしていた剣を奪い心臓を一突きにした。あっけなく捕まったが、女学生の割には剣の腕はそこそこあるのだ。


 焚火に当たっていた男たちは動揺することなく、静かに立ち上がり剣を抜いた。

 血の湯気を上げながら、ただ祈った。

「お願いだから、ちゃんと殺しなさいよ」

 一番清らかな死は、こいつらに殺されることだ。

 拷問という名の凌辱を受けて死ぬか、こいつらに強姦されて凍死するかのどちらかだろう。ならば今ここで殺されるのが一番なのだ。

 死ぬために彼らに一歩踏み出した、その時だ。


 後方から少女が現れた。

 

 降りしきる雪のように静かに走り、ニニヨの男たちの首を、有無を言わさず落としていった。

 残った体が死にたくないと赤い血を撒き散らし、暴れながら体が倒れていった。


 エレステレカの心は、冷たくなっていく。

 死を覚悟した時よりも更に、降りしきる雪のように。

「おおっ、危ないでしたな。エレステレカ様、よくご無事で」

 暗闇の中から、2人の男が姿を見せた。


 背の高い上質なコートを着た、筋肉質の20代か30代ぐらいの男。

 そして、声を上げた髪の長い学者のような20代前半だろうと思われる男。

 血を払い感情が読み取れない少女。

 3人ともニニヨ人だ。


「敵ではございません。どうか気を落ち着きませ」

 髪の長い男は両手を広げ、首を差し出すかのように頭を下げる。ニニヨ国の最大級敬意を示す礼の仕方だ。

 両手に武器を持っていません、気に入らなければ首を切り落としてくださいという意味だったはずだ。

「こちらは第4王子のロウ様であります。私はロウ様に仕える博士のトロスと申します。この娘は奴隷のツゥーリです」

 娘は機械のように礼をした。


「ニールという男を覚えていますか?」

 焚火で煮られていた湯に布を入れ、エレステレカにそれを渡しながらトロスが尋ねてきた。

 それを受け取り、血を拭いながら頷いた。

 炎の卒業式、学園祭の黒幕で、スーパーノヴァという魔法を盗み出そうとした。

 死ぬことなく捕まったのだが、どう考えても不自然な自殺をした。


「彼は、ニニヨ国の第8王子のベーリストだったのです。主を亡くしたベーリストの部下ども、つまり彼らが怪しい動きをしており、目を光らせていたのです。するとどうだ、報復のためにエレステレカ様を誘拐するではありませんか! そこで勇敢なるロウ様が、自らが救出に赴いたわけです!」

「・・・誘拐され心細く思っておりました。お救い頂き、本当にありがとうございますロウ様」

 長身の男にエレステレカは帝国風の礼をした。その心は、雪など払うほどの灼熱の炎が渦巻いていた。


 ぅんなわけあるかぁ!!!!!

 はぁ!?

 このタイミングで助けが来るわけがねぇぇだろが!!!!!

 この誘拐を画策したのは、てめぇらだな!!!!!!


 凍死しかけた脳でも、そのぐらいのことはわかる。

 ニールの部下を煽って誘拐させ、救出することで恩を売る。何しろ腐っても公爵家の令嬢、帝国内であればかなりの権力を持っている。

 だが思いもよらないタイミングで自殺しようとしたのを、あの首切り少女が察したのだろう。「あの女、死のうとしている」と、慌てて割って入った。そのため、こんな異質な救出劇になったと推測する。


 久々に憤怒、憎しみの黒い炎が胸から吹きあがってくる。


「あー、んな周りくでぇことする必要あんのかよ」

 ロウが気だるそうにそう言いながら近づき、エレステレカの顎を持ち上げた。

「所詮女だろ、脅せばいいじゃねぇか。なぁ、エレステレカ?」

 驚くほど綺麗に整った顔だ。

 容姿だけなら、ニールよりよほどいい。


「ええ、もちろんですロウ様。脅し下さい。このエレステレカ、殿下の望み通りに動きましょう」

 エレステレカとロウは、まるで恋人同士のように見つめ合う。


 ロウはパッと手を離し、子供のような笑みを浮かべて離れると・・・

 その場にばっと土下座をした。

「わりぃ! 今のなし! 勘弁してくれ!」

 エレステレカは思わず舌打ちをしてしまった。


 悔しさに震えながら、エレステレカも膝をつき頭を下げる。

「どうか頭をお上げください、ロウ様。あなたを試すような言動をお許しください」

 ニニヨ人は謝罪しない。

 いかに自分が間違っていようとも、多くの死者が出ようとも、決して、決して謝らない。

 プライドだ、歴史だ、哲学者の教えだ、なんだかんだと言い訳があるが・・・ただ単に謝れない系人間なだけだ。特にニニヨ人はそんな人間が多い。


 だが、時としてロウのように目的のためなら頭を下げられる者がいる。

 そうした者たちは、中央を奪う王となっていた。


「はっはっはっ! たいしたタマだぜお嬢ちゃん!」

 一転して明るく穏やかな笑みを浮かべエレステレカを立ち上がらせた。

「今日から俺たちは兄弟だ! おい! こいつを治療してやれ!」

 ロウは上質なローブを脱ぎエレステレカにかけてやり、焚火の近くに座らせた。


 死体をどこかに運び消えていた少女が現れ、エレステレカにこびりついていた血を丁寧に拭き始めた。

「いい、ロウ様を裏切ったらお前を殺す」

 焼けた石を布で巻いて足首と首に当て、黒い見たことのない薬をお湯と共に飲んだ。熱々の苦みの強い薬草茶を飲んでいると全身から汗が流れ始め、割れそうなほどの頭痛が収まってくる。

 油が浮くような肉のスープを、舌が火傷するのも構わず一気に飲み干した。

「大丈夫よ、絶対に裏切らないわ」

 人形のような少女の耳に囁く。


「裏切るのは、いつだってあなたたちよ」


 急激に疲れが押し寄せてきたのか、睡魔に抗えず眠りに落ちた。

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