第3話 誘い (上)

 なんとも釈然としない。

 学園に来るとどういう訳か、変わらずいつもの面々が彼女を取り囲んだからだ。

「あのね、ミラ。少し考えて・・・」

「考えました」

 取り巻きのリーダーのような立ち位置になりつつあるミラが答える。


「船は沈むか否か。満場一致で船は沈まない、となっただけです」

 ミラはメガネを持ち上げた。

「伝えるまでもありませんが、女神エレステレカ教の信者は誰一人去ることはありません。そもそも公爵家の恩恵のためではなく、エレステレカ様に忠誠を誓った者たちです。窮地ならばこそ、我々の出番ですからね」

 赤い剣の聖印を持った者たちは「当然だ」というように頷いていた。

 そういうことで、結局今までと何も変わらないのだった。


「で、実際問題どうなんですかエレステレカ様?」

 心配そうに尋ねてくるミラに、うーんと腕を組む。

「ええ、派閥を越えて、どういう訳かみんながロミ家に支援してくれているのよ」

「はい?」

「権力者から甘い汁を啜って、ふんぞり返りたい。別に権力者になって無駄な仕事を増やしたいわけじゃねぇんだわってのが貴族の本音みたいね」


 足の引っ張り合い、隙を見せれば引きずり降ろされる。ロミ家は最大級の大ポカをしてしまった。現在、当主は平民上がりの8歳の子供。王族の血筋で元騎士団長の祖父が後見人となっているが、所詮すでに引退した人物。

 海千山千の悪党ばかり、その気になれば没落させるなど容易いだろう。

 だが、彼らはそうしない。


「王族に次ぐ権力を持つ公爵家がフラフラされては困るんだよ。やっと異国の虫を払ってくれ、喜ばしい事だ。今度は俺が甘い蜜を吸う番だな」

 エレステレカは、いかにも頭の悪そうな男の演技をした。

「ぐへへ、俺が新たなる公爵になってやるぜ。という気骨のある貴族はいなかった。野心剥き出しより、よっぽど卑しい姿だと思わない?」

「そ、そうですね」

 エレステレカはミラたちの気になる話題を、特に隠すことなく赤裸々に話した。

 政治のことばかりじゃなく、テストのこと、恋愛の話にファッションの話、好きな演劇の話。話題は尽きることなく、話している内にエレステレカたちは、ただの学生になっていた。


 昼休み、リリアを連れて中庭のベンチで軽食を取る。

 中庭は花園になっており、昼になると冬でも寒くならない土地柄なので恋人が占拠している。

 もちろん、エレステレカはそんなルール無視して女同士でベンチに座った。

「あ、あの、いいのかな」

 周りの雰囲気に頬を染めるリリア。

 エレステレカは仲良さげな様子を眺めながらサンドイッチを口に持っていく。

「愛よ、愛。乳繰り合ってる姿は心を豊かにするわ」

 けっけっけっと笑うエレステレカに、リリアは居心地悪そうに小さくなるのだった。


 なんとうか、リリアとは最近よく話をする。

 3年間、憎しみ、殺そうとまでした相手に対して不思議なものだ。

「それで? 何か話があったんでしょ?」

 そう話題を振ると、彼女は落ち着かなくなった。

「いえ、その、えっと・・・」

「いいから言いなさ」

「はい」

 忘れてはいけないが、私は暴君だ。


 最近変な夢を見るそうだ。

 会いに来い。

 待っている。

 そして、土地のイメージが浮かぶそうだ。

「あまりに明確で、夢、というには、変な感じで」

「四方山のある、平地?」

 エレステレカは、ひどく顔をしかめる。

「それは、ニニヨ国よ」

「え?」

「四方の山には国があって、中央の土地を奪い合っている。今はニニヨ国、前はリーヤン、その前はドロンゴで、その前はリーヤン。ちょい戦争に弱いマーネン国は中央取りが少ないわね」

 エレステレカは顎に手を当て考え込む。

 変な夢、精霊か何かなのだろうか?

 リリア関係ということなら・・・


「おお! リリア! こっちにいると聞いてっ・・・げっ、ボス!?」

 笑顔でこちらにやってきていたウィルの顔が、一気に硬直した。

 おい、ウィル。

 秘密工作機関なんだよ、対外情報調査対応騎士団は。げっ、ボスじゃねぇだろ、おい。

「おほほほっ、リリアのお兄様。どなたかと勘違いされているんじゃありませんか?」

「あっ、そ、そうだな! は、ははは!」

 冷徹な視線を受けて慌て話を合わせてくるウィルだったが、リリアの目は疑惑の視線を向けていた。


 恋人たちの中心で機密事項を叫ばれても困るので、人の少ない中庭を散歩することにした。

 どういうことなの兄さん! 仕事なんだ! どういう仕事なの! それはっ、わかるだろ? わかんないよ、騎士団はどうしたんだよ! いろいろあるんだよ!

 仲のいい兄弟ゲンカを眺めながら、2人の後ろを追いかけた。


 風がだいぶ冷たくなってきた。

 帝国の冬は暖かい。暖かいからこそ街が作られたわけだが、情緒的に見れば雪の一つも降ってもらいたいものだ。


 ウィルは急に立ち止まると、剣を引き抜いた。

「リリア、ボス、俺の後ろに」

 エレステレカは大柄のナイフを引き抜き、リリアは男装のために帯びていた模造刀を抜く。


 エレステレカの周りを、武装集団が姿を見せる。

 日に焼けた浅黒い肌、白い髪。この特徴から言って、ニニヨ人で間違いないだろう。黒いレザーアーマーに顔を隠す布、装備から見て諜報部隊なのだろう。それを差し引いても・・・

「どんだけザルなのよ、この国」

 ここを無事乗り切ったのなら、あらゆるコネを使って警備を何とかしなければ。


「リリア、攻撃はウィルに任せて私らは身を守ることに専念するわよ」

「はい」

 ウィルの剣の腕はかなりのものと聞いている。エレステレカとリリアも、女学生の割にはそこそこだ。騒ぎに気が付き、人が集まるまで耐えるぐらいはできるだろう。


 ニニヨ人の攻撃をエレステレカはナイフで受け止めた。

 だが、軽々と弾かれた。

「あ、そこそこじゃ無理そう」

 拳で顔を殴られ朦朧とし、ゴンっという衝撃を受けて意識を完全に失った。

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