第2話 就職先
ウィル・ライトは、集められた20名の騎士の一人として誇りと不安でいっぱいだった。
帝都近くにあった古い砦、それが自分たちの拠点となる。帝国じゅうから集められた名誉ある騎士たちの一人に選ばれたことは実に名誉なことだ。
実際、名誉ではある。
だが、それだけだ。同僚となる者たちと少し話したが、貴族の次男やら能力があるが故に飛ばされた者たちばかり。
ウィルもまた、彼らと同じだ。
実の兄を侮辱するつもりはないが、優秀とは言い難い。朴訥で、言われたことを淡々とするだけの人だ。そんな兄を愛しているし、兄を支えるために命をかける覚悟がある。
だが、騎士団長の父と兄の出した結論は、この地へ赴けというものだった。
対外情報調査対応騎士団。
帝国にはなかった諜報部隊だ。時期総騎士団長と名高いニューヴァ・ナタが指揮することとなっている。今日は顔見せ、広間に全員が集められた。
ウィルは祈ることしかできない。第二の人生、ニューヴァという青年がせめて有能であってもらいたいと。
隣の奴と会話をしていると、奥から一人の娘が姿を見せた。
黒いジャケット、長い髪はシニヨンにして颯爽と現れた。彼女は前に立つと、集まった騎士たちを見渡した。
「対外情報調査対応騎士団の騎士団長代理、エレステレカ・デュ・ロミです。これからニューヴァ団長に代わり、この私が指揮させてもらいます」
集まった騎士たちは驚いて騒ぎ始めた。
ウィルに至っては、目を回して倒れそうになった。
リリアの友達じゃねぇか!?
「おいおい、お嬢ちゃん。これは遊びじゃないんだぜ!」
背の低い、筋肉だるまの髭男が野次を上げた。
正直、集まった者たちの代弁だ。みんな同じことを思っていた。
ところが彼女は、待っていましたというように笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん。これは遊びじゃないわ。だから私なのよ、ジムトリー。叔母さんは元気? 娘さんにプレゼントを贈るのなら、お人形よりドレスか宝石にしなさい。後で紹介してあげるわ」
「へっ? お、おお」
エレステレカは髭男の頬を撫で、手にしていた書類を押し付けた。そして、男たちの中に割って入る。
「帝国は周辺国の文化が入り込んでいることは知っているわよね? ベィリース国にバル国、聖ワール国の文明が、そしてスパイが入り込んでるわ。特に多いのは、どういう訳か国交のないニニヨ国だって知ってる?」
ウィルは正直初耳だった。
ニニヨ国と言えば山ばかりの蛮族の国、そういうイメージだ。我ら帝国にスパイがいるなど思いもしなかった。
「彼らは狡猾で、実に驚くほど結果を出しているわ。新聞社、活動家、市民を扇動して国力を貶める方法を知っている。私は彼らの策略を潰すために、父を自らの手で殺したわ」
ウィルの横を通った時、彼女は一瞥して、更に後ろに歩いて行った。
そこには壁に寄りかかり、輪に入らなかった陰鬱そうな男がいた。
「ニニヨ人って、本当にひどいわよねモルガネ」
「・・・お前は何もわかっていない」
見た目通り、景気の悪い声で答えた。
「あら、不幸自慢? 私に勝てるつもり?」
モルガネは思わず言葉に詰まる。
父を殺した令嬢の話は帝国に広がっている。それが、この目の前にいる娘だと分かったのだろう。
エレステレカは手に持った書類を押し付けた。
「すごいわよニニヨ人は。頭一つ、二つは残酷で、無知で、タブーのない民族よ。だけど、あらゆる国家の中で最も結果を出しているのはニニヨ国。悔しいし、情けないけど、ここは我々ルダエリ帝国は彼らから教えを乞うしかないわ」
手にした書類を天高く投げ捨てた。
舞う書類を、ウィルは一枚掴む。
そこには、ニニヨ人が起こした犯罪が書かれていた。それは目を疑うほどにむごい犯罪だ。そのうえ、どういう訳か犯罪が無かったこととして潰されている。
周辺がざわめき始める。
「不思議でしょ? ルダエリ人でも捕まれば処刑されるようなことばかり。ところが、国交がなく見つかれば強制国外追放されるはずのニニヨ人が、生活をして、しかも犯罪をしても見過ごされている」
女性の声はよく通る。
「ルダエリ帝国に置いて、ルダエリ人は差別されている」
ウィルの頭に血が上った。
こんなことが許されていいのか!? どうして誰もこいつらを捕まえないんだ! 正しい裁判を受けさせないんだ!?
「さて、素人の皆さん。あなたたちはこのことを知っていた? 一部は知っている人もいるようだけど、とりあえずこの情報が正しいのか裏を取ってもらうわ。帝国内を駆け巡ることになるでしょうね」
ウィルは頷く。
悪くない。事件は件は現場検証がすべてだ。腕力が強ければ出世する普通の騎士団とは違う、諜報部隊なのだ。地道であり、何よりニニヨ人たちのやり口を学ぶには被害者の言葉を聞くのが一番いい。
「愛よ」
唐突に変なことを語り始めた。
「これは残酷な現実と向き合う辛い仕事よ。きっと心が擦り切れ、絶望で動けなくなることもあるはずよ。でも忘れないで、愛を」
彼女は、まるで聖人のように穏やかで優しい声を出していた。
「愛する人が被害者になる、そう思って」
リリアを思い出し、危うく書類を破り捨てそうになった。
全身が怒りで震え始める。
「殺してやる!」
ジムトリーがしゃがれた声を上げた。
まさしく我々を代弁してくれた。
「その怒り、憎しみは正しいわ! 怒りなさい! 怒れ! 今ここで! この地で! 今もなお正義が成されず悪が笑っている!」
騎士たちの空気が変わった。
「政治で金でも神のためでもない! 愛のために怒りなさい! 穢れた黒い炎を胸に宿しなさい! 見ろ! こんなもの許されていいの!? 私は怒っている! 怒りで気が狂いそうよ!!」
「そうだ!!」
モルガネが興奮したように声を上げた。実に陰鬱な、気の滅入る声だ。
集まった名誉ある騎士たちの心が一つになるのを感じた。
妹の友人は圧倒的なまでのカリスマ性がある。
善にせよ悪にせよ、名を残す組織になる予感がした。
ウィルは改め、頷いた。
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