悪役令嬢は燃え尽き症候群2

新藤広釈

第1話 夏から冬へ

 久しぶりに講堂に入ると、視線が集まった。

 エレステレカは気にせず席を探すと、取り巻き達が集まってきた。

「あの噂は本当なのですか?」

「エレステレカ様、その、大丈夫ですか?」

 彼らは本当に、エレステレカの身を案じてくれているようだ。

 今の彼女には、それがとても贅沢だ。


 んっ、ん~っと喉を開く。

「噂は本当よ! 私は、自分の手で父親を殺したわ!!」

 すべての生徒に聞こえる様に声を上げた。

「我が父は帝国を欺き! 愚かにもニニヨ国の人間と通じていた! ロミ家は謀反の意思なし! それを証明するには、長女たる私が忠誠を示さねばならなかった! おおっ、寛大で慈悲深き皇帝シンラクは我らロミ家の存続をお許しになられた!」

 聞きたかったことなのだろう、誰もがエレステレカの言葉に耳を傾けた。

「しかし私は人殺し、親殺し! 許されざる罪だわ! 故に学園を卒業後、教会に入ることとなりました! 私は生涯、父を殺した償いをして生きるわ。幸いなことに、父は死ぬ前に庶民の子を産んでいたの。まだ8歳ですが、ロミ家の当主として次ぐこととなりました」

 エレステレカは深々と頭を下げた。

「これからも、どうかロミ家を変わらずご贔屓をお願いします」


 騒然とする講堂内、エレステレカは自分を心配してくれ集まってくれた友人たちに微笑みを向けた。

「オレイアスとも婚約破棄。これからロミ家は相当苦しくなるわ。今まで私を信じてついて来てくれたことに感謝している。だけど、だからこそ、恨みはしないわ。身の振り方を考えなさい」

 そう言って、人の少ない席に一人で座った。


 生徒たちは心ここにあらずのまま授業が始まり、そのまま変わることなく授業が終わった。エレステレカの周りにすぐさま人が集まってきたが、それを振り切り一人で講堂を出て行った。

「私も甘くなったものね」

 もはや公爵などという立場ではない。

 下手をすれば国家反逆罪で一族皆殺しになってもおかしくなかった状況。

 信を示したが故に現状維持となったが、まだ昔のような権力が戻ったわけじゃない。


 つまり、エレステレカは媚びて媚びて媚びまくるのが正しい姿だ。

 しかし先が分からない現状、手を差し伸べてくれる人たちと共に地獄に落ちる可能性がある。

「それは・・・可哀そうよねぇ」

 親殺しがお優しい事だと笑ってしまう。


 人に会ってはいけないと女子寮に向かっていると、後ろから誰かが駆けてきた。

「エレステレカ様!」

 呼び声に足を止めず進んでいると、手首を掴んで止めさせた。


「リリア。私は話したくない」

 男装に不釣り合いななほど愛らしい瞳を持つ少女リリアは、しっかりと手首を掴み話さなかった。

 諦めて後ろに振り返る。

「わかるでしょ、リリア」

「わかりません」

「わかるべきよ。この学園は貴族の集まる学園、あなたの心持ち一つでどうこうする問題じゃないのよ」

「わかりません」

「損得で考えなさい。あなたも私との関係を見直す・・・」

 大きく開かれた瞳が、エレステレカを貫いた。

 心を射抜く、瞳。

 内に秘めた想いを、否が応でも引っ張り出してくる。


「あー・・・そうね」


 こぶしを固め、彼女の肩に置く。

 その上から、自分の額を押し付けた。

「無能で他人任せの、ろくでもない奴だった」

 公爵家の当主としては、最悪だ。

 だが父親としては・・・嫌いじゃなかった。

 いつも楽しそうな、軽薄な父だった。私を連れて屋敷を抜け出して、演劇を見に行った。お父様は私を膝の上に置いて、目を輝かせながら演劇を見ていた。

 いつだって、お父様と一緒に遊びに行くのが楽しみだった。

 本当に・・・

「でも、娘に殺されるような最期を迎える必要なんてなかったわ」


 そもそもあの無能が、反乱を起こそうとしたわけじゃない。

 優秀な部下に仕事を丸投げ。その部下がニニヨ国と繋がっており、重鎮たちを追放。その代わりにニニヨ人を雇っていく。こうしてロミ家はニニヨ人に侵略された。


 ロミという土地も悪かった。

 ロミ防衛戦という戦争が250年前にあった。周辺国から攻められ、かつて首都であったロミだけとなった。

 500年の歴史があるルダエリ帝国の中で、本当に滅亡しかけたのはこの時だけだ。それはルダエリ人にとって最大のトラウマとなっていた。


 だからこそ、ロミ家は常に優秀な軍人に任されることが多かった。祖父は王家であり優秀な軍人だった。

 この度はそれが裏目に出た。軍事はまだしも政治に関しては丸投げする事例が多く、このような問題が起きた。


 ロミは、ロミだけは陥落してはいけない。

 心理的には現在の首都ヒロミラよりも重要な場所。そこを戦いもせず他国人に明け渡したとなれば・・・貴族のみならず、民衆も黙っていないだろう。


 殺すしかなかった。

 炎の学園祭の功労者が、父の暴挙を知り、国家のため、うら若き乙女が実の父を殺す。悲劇という美談にすり替え、混乱を最小に抑えることができた。

 そう、これは上出来なのだ。


「エレステレカ様・・・」

 リリアは、空いた手を両手で包み込んでくれた。

 血で汚れた手で、彼女を抱きしめることはできない。

 だけど、彼女は迷わず手を両手で包み込んでくれた。汚れてもいいから抱きしめて欲しいというように。


「・・・・・・」

 彼女の優しさに触れ、ああ、本当に参っていた事に気が付いた。

 父を愛していた。

 剣で胸を貫き、悲痛の叫び声を上げる父を冷たく見下ろしながら、心が削れていたことに気づきもしなかった。

 崩れそうな体を支えてもらった。


「おおっ! 我が妹よ! こんなところにいたのか!」

 リリアの体が、わかりやすく硬直する。

 エレステレカが身を離すと、1人の背の高い男性が両手を広げて近づいていた。


「会いたかったぞ! 仕事の関係でこっちに来たんだ!」

 そう言ってリリアを思いっきり抱きしめようとするのを、素早く避けた。

「兄さん、会えてうれしい。だけど、ちょっと待って、すごく立て込んでるんだ」

「兄さんもそうなんだ! 今を逃したらリリアを抱きしめられないだろ! すまないお嬢さん! 少しだけリリアの時間を貸していただけないか?」

「勝手なこと言わないでっ!!」

 悲痛な訴えは、兄には届かなかったようだ。

 エレステレカは苦笑しながらスカートのすそを持ち上げる。


「ええ、もちろんですウィル様。リリアと懇意にさせてもらっていますエレステレカです。私も血が繋がっていない弟ができまして、お二人のように仲の良い関係になりたいと思っていました」

「おっ、おお。おお?」

 首を傾げるリリアの兄ウィル。


「エレステレカ様! ボクはっ!」

 しつこく抱き着こうとするウィルを押し払おうとするリリア。

「家族を大切にしなさい、リリア。そして・・・ウィル様」

 エレステレカは蛇のような笑みを浮かべた。

「また会いましょう」

 スッと消える様に、足早にその場から立ち去った。

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