伝書ネコが繋げてくれたもの

春クジラ

始まりは、ある春の日だった。

私の唯一の友人はノラである。ノラと言うのは、猫の事だ。ある日、学校の庭にあるベンチでお昼ご飯を食べていたら、猫がやって来て、私の横で踞って寝始めた。それが、私たちの出会いだった。私はその猫の名前を、ノラと名付け、それから毎日のように、私たちはこのベンチでお昼を過ごしている。私たちは、付かず離れずの良い友人関係を築けている、と思う。


ある時ノラに、猫用のちょっと高価なおやつをあげた事がある。それまで私に見向きもしなかったノラが、喜んで食べてくれたのが嬉しくて、私は次の日も、そのまた次の日も、おやつを持ってきてはノラにあげたのだ。


昨日、ノラの首輪に紙が挟まっていたのを見つけた。捨てようとしたら、表に何か書いてあるのがちらりと見えた。そこには「うちの猫に食べ物を与えている方へ」と書かれていたので、私は紙を広げた。そこにはこんな事が書かれていた。



「あなたもしくはあなた方。のお陰で、うちの猫が夕ご飯を食べません。肥満の原因にもなるので、これ以上食べ物を与えないで下さい」



お菓子をあげたのは悪いと思った。しかし、唯一の友人との関係が断たれてしまうのはどうしても嫌だった。私は、ルーズリーフの切れ端を持ってきて、そこに返事を書く。そしてそれを、ノラの首輪に巻き付けた。


返事は思ったよりも直ぐに帰って来た。

翌日の昼。返事を読んだ時、私は首を傾げた。


「問3の問題、間違ってたから直した」


手紙に書いてあったので裏を返すと、私の書いた数式が赤ペンで上書きされて直されていた。数学のノートから切り取ったせいで、裏側にあった問題に気付かなかったのだ。



ふと、その手紙の主が気になったのはちょっとした好奇心だ。私はお昼休みに新たな手紙を書いて、それを付けたノラの後をこっそりついて行った。


しかし、いつの間にかノラを見失ってしまい、私は辺りをキョロキョロ見回す。その時、ある家の庭に、小さい桜の盆栽を見付けた。しゃがんで花びらを触ろうと手を伸ばした瞬間、声が聞こえた。


「君か?僕の猫に食べ物をやってるのは」


声を主を探す。男の子が、玄関の前に立っていた。その手には、ノラが抱き抱えられていた。男の子はグレーのパーカーを被って、眩しそうにこちらを見ている。見た感じ、私と同じくらいの年の男の子だった。


「ノラは君の猫だったんだね」


私が言うと、男の子は顔をしかめて私と猫を比べるように見る。


「のら……?もしかしてコタロウの事か?」


そう、と頷くと男の子は勘弁してくれと言わんばかりにため息を付いた。あのなぁ、と男の子が口を開く。


「人の家猫に、勝手に名前を付けるな」


男の子が私の前に何かを突き出した。


そこには、私がノラに付けたルーズリーフの切れ端があった。







ノラ、改めコタロウを飼っていた男の子と出会った次の日の放課後。私は担任の先生に呼び出された。


「仁科、これ鳴海の家に届けてくれない?」


「何で私が?」


担任の原先生から用紙を渡される。見ると、それは郊外学習のお知らせだった。行事なんてほとんど行ったことが無かったから、わくわくしたけど、一緒に楽しむ友達がいない事を思い出して私は気落ちした。それに気付いたのか先生が付け加える。


「仁科お前、去年ろくに学校来れ無くて友達作り遅れたでしょう?」


「それはそうですけど」


「ついでに友達になってあげれば、あっちも学校来たくなるんじゃない?」


投げやりにも聞こえる言葉に、私は胸の辺りがチクッとした。


「でも、初対面の人と友達になれる自信無いです」


「もし相性悪かったとしてもとにかく、それ届けてくれるだけで良いから、ね?じゃあ私、そろそろ部活に顔出さなきゃいけないから」


それじゃあ、宜しく。そう言って強制的に会話は切り上げられ、先生は職員室を出ていってしまった。


そう遠くないから、と先生に渡された地図を読みながら、その家に着いた時、私はあれっと声を上げた。




入り口のインターホンを押す。何度か押せば、マイクから聞いたことのある声が聞こえた。


「コタロウなら家にいないよ」


「違うの、先生から手紙渡されて届けに来ただけ」


「それならいらない。帰ってくれ」


私の制止も無駄に終わり、音声は切れてしまった。このまま帰ったら、先生に渡せなかったと報告するのも面倒だ。何て言われるか分からない。そっちの方が嫌だったので、私はインターホンを連打した。


すると、あわただしく走ってくる足音が聞こえ、玄関のドアが開く。


「分かったから、それ以上チャイム鳴らすな!」


「ねぇ、どうして学校来ないの?」


「……」


昨日、コタロウを追って出会った男の子。鳴海君は、その言葉を聞いた瞬間、顔をしかめた。先生から聞いた話では、私と同じく去年から登校していないらしい。沈黙が流れる。


後ろの道路を、学生達がわいわい騒ぎながら通るのが聞こえた。ちらりと振り返ると、私と同じ制服を着ていた。その中の一人と目が合う。


「そこにずっといられんのも嫌だから、取り敢えず中入って」


鳴海君が投げやりに言う。


玄関の扉を背にして、私はお知らせの用紙を、勝訴した人がやるような形で見せた。


「遠足なんて行く訳無いだろう」


少し顔をひきつらせる鳴海君に、私は質問する。


「鳴海君も一緒に楽しむ友達いないの?」


「何でそんな発想になるんだ。そもそも、学校に行く必要性が分からない」


「学校は、勉強して友達作る場所だよ」


「小学生か。僕は少なくとも学業はクリアしてる。郊外学習なんて行かないからな」


ため息をついた鳴海君は、何か引っ掛かる所があったのか、ん?と言って私を見た。


「お前友達いないの?」


「うん」


「高校2年目なのに?」


「去年、学校ほとんど行けなかったから」


鳴海君は、ふーん、と呟くと。それから少し黙ってしまった。



数日後、ベンチでお昼を食べているとコタロウが飛び乗ってきて、私の横で鳴いた。


私は傍に持ってきていたおやつをコタロウにあげた。撫でる際に首輪に付いていた紙を取る。


広げると、そこにはメッセージがあった。


「郊外学習には行かないけど、その日学校には行こうと思う」


私は嬉しさのあまり、思わずコタロウを見る。

素っ気ない文字だが、それは私の心を踊らせた。私は立ち上がると、その紙を持って彼の家に向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝書ネコが繋げてくれたもの 春クジラ @harukujira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ