13の3 取られちゃった



「…‥・・・といういきさつですの」


「皇帝とシンくん気絶させちゃったんだ・・・」


「暗がりだったもので・・・申し訳ありませんの」


 どうやらアデレちゃんは夜更けに訪ねてきたシャル皇帝ご一行を強盗だと思ったらしく、バルバレスカ先生の顎を美しく打ち抜いた例のハイキックで蹴り倒したそうだ。


「まあシャル皇帝は帯剣してたみたいだし、シンくんもデカい狼の姿だったならしょうがないよ。もし私だったら、ビリビリで気絶よだれ失禁ビクビク、みたいな、もっと酷いことになってたかもしれないし」


「アイシャお姉さまとベル様から、もう少し軽率な行動を控えるよう言われてしまいましたの・・・」


「あはは、私もアンドレさんによく言われてたよそれ。でも、それだとアデレちゃんの良さが霞んじゃうから今のままで良いんじゃない?」


 アデレちゃんたちは慌てて治癒魔法と暖かい光でシャル皇帝とシンくんを包み込んで事なきを得ると、そのまま再会の宴が始まりどんちゃん騒ぎになったようだ。なんでも砂漠のオアシスとかいう所に住んでるアイシャ姫のお母さんから、お土産でもらったお酒がかなり強いやつだったみたいで、あっという間に酔っ払い大所帯が完成したらしい。


 私もついこないだマルセイ港で調子乗って強いお酒を三杯も飲んで、酔っぱらって裸踊りしそうになったから何も言えない。


「シンくんが獣化した勇姿、見たかったなぁ・・・」


「イナリ様や猫神様と同じくらいの大きさで、とても強そうな狼の姿でしたの」


「簡単に蹴り倒したアデレちゃんがそれ言う?」


「申し訳ありませんの・・・」


 結局この日はハルコの羽根に潜り込んだまま、アデレちゃんが嬉しそうに語る帝国冒険物語を聞きながら、知らないうちに眠りについてしまった。レベッカ大お母さまって人、早く会ってみたいな・・・zzz



 翌朝、壮大に寝坊した私は美味しそうな匂いにつられて目が覚めた。どうやらアイシャ姫が侍女らしく朝ご飯の準備をしているようだ。


「ふんふんふ~~ん ♪♪」


「おあよござます」


「ナナセさん、食事の準備は私が担当しますので、ゆっくり休んでいて下さい」


「あいがとござます」


 アイシャ姫は鼻歌まじりで、なんかよくわからない獣の肉とキノコと草を使った煮物を作っていた。私の大きなリュックからちゃっかり調味料やお米を取り出していて、別の鍋でご飯を炊いているようだ。そっか、いい匂いの正体は醤油とみりんを煮詰めた煙と、ご飯が炊ける煙だったのか。ここは日本の朝だ。


「なんか、いつになく気合が入ったお料理してますねぇ」


「ナナセさんが得意としている味付けを真似てみました」


「任せっきりにしちゃうのも悪いんで、お味噌汁だけ作りますよ」


 昨日の夜は飲み過ぎ集団だったので、乾燥海藻を戻したお味噌汁を作っておいた。本当はアサリとかシジミが欲しいところだけど、砂漠へ向かう街道にそんなものは無い。


「なんか、アイシャ姫と二人でお料理するのも楽しいですね」


「ナナセさんはどのような環境であっても何かを作ってしまいますから、確かに今までこういった機会はありませんでした」


「ロベルタさんとはよく一緒に作ったりしてるんですけどねぇ」


「あんな侍女ごときに遅れを取っているようで不本意です」


「まあまあ、今回の旅ではなるべく一緒に作りましょうね」


「はいっ!」


 パパのために嬉しそうにご飯を作っているアイシャ姫が、いつもの冷静な護衛侍女って感じとは違い少女のようで可愛い。そうこうしているうちに神殿の中央に完全なる日本の食卓が完成した。


「よし、朝ご飯の準備完了です」


「父上に私の手料理を振る舞いたくて・・・」


「あはは、なんか微笑ましいです」


 その父上さまは孫のアデレちゃんを連れて、猫神様とイナリちゃんに分乗して朝のお散歩に出かけたようだ。その他のメンバーは私と似たような感じで、思い思いの場所に寝っ転がってダラダラしている。ここ神殿なのにいいのかな。


── がちゃ ──


「ただいま戻りましたの!」

「お腹すいたのじゃ!」

「おやアイシャール、とても良い香りがしますね」

「にゃあ」


 近所のお散歩から戻ってきたご一行は三か所に分散して朝ご飯を食べることになった。


 光魔法が苦手な河童のテレス君は、ベルおばあちゃん、ハルコ、ペリコ、サギリ、レイヴの飛行チームと一緒のテーブルへついた。毒光源であるイナリちゃんは猫神様とシンくんの獣チームになってテレス君と離れるように対角線側に陣取った。残りはシャル皇帝とアデレちゃんと私、それと、鼻歌まじりでせっせと食事の準備をしているアイシャ姫の人族チーム四人だ。


「父上、お待たせしました」


 私とアデレちゃんもお手伝いしながらシャル皇帝が一人で座って待っているテーブルへ料理を並べ終えると、いつだか見たことある瞬間移動をしながらアイシャ姫がシャル皇帝の隣へ座った。しかも、ピッタリとへばりついて。


「アイシャールの手料理を食べられる日が来ようとは・・・」


「父上、私が器に取ります」


 アイシャ姫は煮物の鍋から木の器へお肉を移すと、一口大の大きさに裂いてふーふーしてからシャル皇帝に食べさせた。無論、私とアデレちゃんは放置なので自分で取って食べる。少し出汁が弱いけど、けっこう美味しくできていた。


「美味い!美味い!このような料理は帝国皇帝時代にも口にした記憶がない!さすがアイシャールだ!」


「もっと褒めて下さい父上!さあ、こちらの白いご飯と一緒に召し上がって下さい、さあ!」


「この不思議な黒い調味料は、パンではなく白い米が進むのだな、美味いぞアイシャール!さすが自慢の娘だ!」


「もっと!もっと褒めて下さい!」


 私とアデレちゃんは二人の様子をジト目で眺めながら、それでも邪魔はしないようにと静かに煮物をつついてお腹いっぱいにした。ごちそうさまでした。


「父上、お口のまわりが汚れています(ふきふき)」


「済まぬなアイシャール、体裁など忘れて夢中で頂いてしまったよ」


 相変わらずピッタリとへばりついたアイシャ姫は、シャル皇帝のお世話を甲斐甲斐しく続けている。昨日みたいに泣きながら股間に顔を埋めてグリグリ、よりはマシだけどなんだかやきもち。


「あのあの、お邪魔なようなので、私とアデレちゃんはお片付けしてからお散歩に行ってきます・・・」


 侍女が王子様の世話をしているような、新婚さんがイチャイチャしているような、とにかくそこには二人だけで転移した異世界ができあがっているようなので会話にすら入り込めない。所在ないよ。


「では私は父上に食後のコーヒーを準備します!」


「ナナセ姫、私たちのことは、どうぞお構いなく!」


 アイシャ姫、完全に取られちゃったね。



「ねえお姉さま、あたくし、アイシャお姉さまの心境、なんとなく理解できますの」


「数十年ぶりの再会だもんねぇ、ちょっと過激な気がするけど」


「きっとこれはバルバレスカ様と同じような気持ちなのだと思いますの」


「あー・・・」


 王城のてっぺんにある囚われの姫部屋にいたバルバレスカ先生は、アレクシスさんからお皿をもらったおかげで劇的な変化をした。その時に色々と話したことを思い出す。


「あたくし、以前バルバレスカ様とじっくりお話をする機会があったのですけれど、お部屋係として接してくるアレクおじい様がどんなに近くにいても、お父様として甘えることができなかったのはとても辛かったとおっしゃっていましたの」


「そうだよねぇ。王妃様にまでなったのに、どんなに望んでもお父さんだけは手に入らなかったって言ってたもん。あと、アデレちゃんを取り上げられちゃったアイシャ姫と、オルネライオ様を取り上げられちゃった自分を重ねて見てたって言ってたっけなぁ」


「あたくしのことをめっぽう憎んでいた理由も、父娘としての正しい関係を羨ましく思っていたからだと・・・ですから、人が変わったかのような最近のバルバレスカ様と同様に、アイシャお姉さまも大きな心境の変化が起こるかもしれませんの」


「二人とも家族愛が足りてなかったんだねぇ。言われてみればアイシャ姫も、アデレちゃんが娘として接するようになってから、なんだか少し明るくなったよね。っていうか欲望に忠実になったっていうか・・・」


「こういったことは時間がかかると思いますの。ですから、シャルタナーンお父様と家族の関係を取り戻すまで、あたくしたちはアイシャお姉さまのことをゆっくり見守らなくてはなりませんの」


「なんかアデレちゃん、アイシャ姫より大人ですよね・・・」


「お姉さまはニッポンのお父様に会えず、寂しくはありませんの?」


「私の場合はアルテ様がずっとそばにいてくれたしねぇ。それに、チェルバリオ村長さんとか、食堂のおやっさんとか、あとピステロ様やアンドレさんなんかもそうだし、王都に来てからはセバスさん・・・じゃなくてアレクシスさんもそうだったのかなぁ、とにかくみんなで私のお父さんの代わりをやってくれてる感じがするから大丈夫。きっと私、元の世界に戻る場所とか肉体なんかも無いだろうし、この環境を受け入れるしかないんだよ」


「次々と新しいお父様が現れますの!」


「アデレちゃん!なんか言い方よくないよ!」


 アデレちゃんの言うとおり、アイシャ姫のこと見守らなきゃだね。これから母上様との再会も待ってるし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る