13の2 父娘の再会
アイシャールです。今はアデレードの護衛侍女です。
母上が民を引き連れ移り住んでいた砂漠のオアシスで、アデレードが血迷って大暴れしたおかげで、不思議なことに分裂していた帝国が一つにまとまってしまいました。悪魔化していた頃の私は、あのように興奮して暴れる状態だったのではないかと、過去の自分を見ているようでどこか恥ずかしくなりました。
最近のアデレードは、私ごときに似て欲しくない所ばかりが目立っているようで困りますが、それと同時に、アデレードの成長をこの目で確かめることができているのは嬉しくも思います。
私たちはイナリ様の無人島温泉別荘で一泊してから、神国と帝国の国境にある廃墟の集落へ向かっています。前方を飛行するベル様とアデレードは、先ほどからフラフラと不安定な飛行をしているので、ハルコさんにお願いして近づいてもらい、様子を確かめることにします。
「アデレードや、あまり根を詰めるでないのじゃよ」
「むむむむむ・・・」
どうやら、個体魔法の紡ぎ手であるチタン様にアデレードが脳の回路を開いてもらったことで、この長距離移動の無駄な時間を使い個体魔法の練習をしているようです。魔子の流れが不安定になり、ベル様の飛行に支障をきたしているようですね。
「アデレードや、飛びにくいから少し休憩するのじゃよ」
「わかりましたの・・・」
チタン様から教わった初心者用の練習は、小さな樽の中へ無造作に入れた砂の中から、砂鉄だけを分離させるというものでしたが、なかなか上手く操ることができていない様子です。
「はぁーっ・・・こんなことではお姉さまに追いつくなんて夢のまた夢ですの」
「ナナセが個体魔法を先に覚えて、それを教えてもらった方が結果として近道なのじゃよ。わしだって、細かく数値化した温度の概念をナナセに教えてもらってから、凍る温度や沸く温度を細かく操作できるようになったのじゃよ」
「そうだったんですの。あたくしでは、この樽の中の砂に違いなんて全く感じ取れませんの・・・」
私は長年、理屈など考えず感覚だけで魔法を使用していたので、ナナセさんが教えてくれた重力というものについてはあまり理解ができていません。ベル様の温度魔法でさえそうだったのであれば、アデレードが落ち込むことなど無いと思うのですが。きっとナナセさんに良いところを見せたいのでしょう、似て欲しくない所ばかり似てきて困ってしまいます。
・
数回の休憩をはさみ、日が沈んだ頃に目的の神殿に到着しました。ここは先日、アデレードと共に大掃除を済ませてあるので、すぐにでもくつろぐことができます。
「アデレード、私は食事の準備をします。薪の在庫が乏しいので、ハルコさんと共に枯れ木を集めてきて貰えませんか」
「わかりましたの。ついでに木の実などあれば拾ってきますの」
ベル様は温度魔法を使い、石造である神殿を床から屋根までじっくり冷やして下さるそうで、真夏だというのに非常に快適な室温で過ごすことができています。私は持参してきた米とケチャップを使い、道中でハルコさんが捕獲した鳥の肉を混ぜ合わせたピラフを作りました。最近はナナセさんの影響で、すっかり米を使用した料理ばかりになっています。
そうこうしているうちにアデレードとハルコさんが戻り、揃って食事を始めることにしました。すると、アデレードがレベッカお母様のお土産で貰ってきたお酒を出してくれました。
「アイシャお姉さま、せっかくですからレベッカ大お母さまから頂いたお酒を用意しますの。あたくし拾ってきた木の実を茹でてみますから、ベル様と一緒におつまみにすると良いと思いますの」
「アデレードもなかなかやるのぉ、こりゃ楽しみなのじゃよ」
「気がききますね、せっかくなので頂きましょうか」
「お寿司屋さんでバドワ大将がやっていたことの見様見真似ですの。味は保証しかねますけれど・・・」
ああ、私は死刑囚にもかかわらず、このような美味しいお酒とおつまみを頂いて良いのでしょうか。これは非常に強いお酒のようですが、不思議と飲みやすく優しい味で、少し気が緩んでしまったようです。
私はこの時、まさかこんな寂しい廃墟の集落へ何者かが訪れることなど、全く想定していませんでしたから。護衛失格です。
・・・
・・
・
シャルタナーンです。お恥ずかしながら帝国皇帝でございます。
猫神様とイナリ様と、河の生物らしき干からびてしまいそうな二人と獣化した狼のシンジを連れ、王の道の始点となる集落跡地の集落へ向かっております。そこまで行けば井戸があるでしょうし、干からびてしまいそうな二人にはもう少し我慢してもらわねばなりませんな。
「おい皇帝、何やら建物から光を感じるのじゃ。わらわたちが目指しておる集落かもしれんのじゃ」
「私には何も見えませんが・・・」
「わらわは光の神なのじゃ!少しくらい遠くてもわかるのじゃ!きっと人が住んでおるのじゃ!」
「左様でございますか・・・となると、少々厄介かもしれませんな」
「どういうことなのじゃ?」
「過去、砂漠には国籍不明の多くの賊がおりました。賊は王の道に点在する休憩所を塒のように使い、訪れた旅人を襲っておりました。アリッシアとの戦争に明け暮れていた頃は、各地に散らばった帝国軍兵により治安は保たれておりましたが、今現在、どのような状況であるか私は把握できておりませんし、想像すらきません」
「それじゃアリスとテレスが乾いちゃうのじゃ。困るのじゃ」
「私とて多少なりとも剣の腕には覚えがございます。イナリ様が感じ取られた光を発する建物へは私一人で様子を探りに向かいますので、猫神様方と共に離れた位置で待機し、危険があった場合はすぐに逃走できるよう準備しておいて下さい」
「わらわは戦えぬからその方が助かるのじゃ。でもなのじゃ、皇帝も危険そうじゃったらすぐに逃げることを約束するじゃ。念のため乗って逃げられるようにシンジも連れて行くといいのじゃ」
「がう!」
「ではそうさせてもらいます・・・はっ、私も光を確認しました、あれはおそらく古い神殿の場所でしょう」
私は剣を抜いてシンジ様と共に神殿へゆっくりと近づく。イナリ様と猫神様、そして河の生物であるアリス様とテレス様は、少し離れた樹木の影に隠れているようだ。
「シンジ様、賊は弓矢や投擲武器で襲ってくる可能性があります。十分ご注意を」
「がう!」
シンジ様が元気な返事で吠えた。
つまり、私たちの接近を賊に知らせてしまった。
少しすると神殿から漏れていた光と人声が消えた。
「これはおそらく賊が待ち構えております。私たちだけでは危険ですな・・・一旦引きましょう」
「くぅーん・・・」
私とシンジ様は扉の少し手前でモタモタしていると、唐突に暗闇の中から叫び声が聞こえた。
「不審者はこれ以上神殿に近づかせませんのーっ!!」
── ドカッ!バキッ!ドスッ!パカーン! ──
私の記憶はここで一旦消失した。
・
私は不思議な暖かさに包まれ目を覚ました。賊に襲われた私は死後の世界へやってきてしまったのだろうか、なんと優しく心地よい光なのだろう・・・
ゆっくり目を開けると、私の隣で見知らぬ裸の少年が眠っていた。ゆっくり周囲を見回すと、イナリ様と二人の女が、裸の少年と私に暖かな光を浴びせていた。
「・・・イナリ様、ここは死後の世界なのでしょうか?そちらのお二人は天界のお使い様なのでしょうか?」
「ようやく目を覚ましたのじゃ」
なんと運が良い。偶然同行していた神であるイナリ様と猫神様が、天界と呼ばれる理想郷へ私を導いて下さったのであろう。イナリ様へ礼を言おうとすると、天界のお使い様二人のうち、どちらかの一人がポツリとつぶやいた。
「父上・・・」
「???むっ?父・・・まさかアイシャールなのか?アイシャールなんだなっ!!」
イナリ様がアイシャールは生きているとおっしゃっていたが、どうやら王国で死刑となり、私のことを天界で待っていてくれたようだ。
「父上っ!」
「アイシャール、アイシャールっ!会いたかった!素敵な女性に育って・・・別れてから一時も忘れることはなかったのだぞ・・・」
私は目の前にいる麗しい少女を力いっぱい抱きしめた。恥ずかしながら、両目からポロポロと溢れ出した熱いものが頬をつたっていく。
「おい皇帝、そっちの派手な方は孫のアデレードなのじゃ。娘のアイシャールはこっちの地味な方なのじゃ」
「じ、地味・・・」
娘と孫を勘違いしてしまった私は、気まずい空気が流れる天界で、三十年近く離ればなれになっていたアイシャールと涙の再会を果たした。
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