12の39 いざ帝国



 朝、アルテ様とへばりついて寝ていたせいで汗だくで目が覚めた。以前までは光の女神様って感じだったのに、今ではすっかり湿度の女神様だ。私たちはアレクシスさんの目を盗んで昨日のお風呂の残り湯で素早くざぱーと汗を流すと、スッキリした気持ちでダイニングみたいな部屋へ向かった。


「あら、お二人ともずいぶん爽やかな顔をしているわね」


「おはようございますマセッタ様、お互い甘やかしながら生きていくことになったんでスッキリしてます」


 マセッタ様が作ってくれた質素な朝食を食べながら、ベルシァ帝国についての話をした。アイシャ姫のお父さんとお母さんに会ってみたいのもあるし、固体魔法と液体魔法の紡ぎ手から色々と話を聞いてみたいのもある。呪いを解くための鍵を持っているかはわからないけど、このままピステロ様やイナリちゃんやベルおばあちゃんに任せっきりにしちゃ駄目なはずだ。


「私は賛成します。今までナナセ様が何らかの問題に関わると、事態が急激に進展することが何度もありましたから、とても期待できるわ」


「アルテ様は大人しく待っててくれますか?」


「ゆぱゆぱさんやイスカさんやルナさんが遊びに来て下さっているから寂しくありませんし、それに、以前のわたくしはナゼルの町で多くのお仕事を抱えていたようですから、今は色々とお勉強のやり直しをさせられているから忙しいのよ」


「そうですね、ナゼルの役場はアルテ様がいないとミケロさんとバルバレスカ先生の負担がずいぶん大きくなっちゃいます」


「それに、六十年だけ待っていればナナセお姫様とのんびり暮らせるのよね?わたくしそれまで頑張るの!」


「あっ・・・そんな細かいお約束まで教えてもらってたんですか。なんか、すごく嬉しいです」


「アルテ様、油断は禁物よ」


「そうなの?マセッタ女王様」


「私のお父様は六十年もの月日をかけて、ようやくお母様と二人だけの暮らしを手に入れ、河川敷の古民家でのんびりと余生を過ごしておりましたけれど、急遽ナナセ様に教師として働かされることが決まったそうよ。お父様とナナセ様にとっては暇つぶしの遊び感覚なのかもしれませんけれど」


「ちょ、マセッタ様」


「暇つぶしなの?遊びなの?」


「そうよアルテ様、ナナセ様は死ぬまで働き続けると思いますから、のんびりとした暮らしが訪れることなどありえないわね。きっと私のお母様は、死ぬまでお父様を待ち続けることになるのではないかしら。本当の安息はあの世まで持ち越しね」


「酷いわナナセお姫様!あの約束は嘘だったのね!わたくしとの関係は遊びだったのね!」


「ちょっとちょっと!なんかニュアンスずいぶん違う感じなんですけど!」


「ふふっ、お二人ともずいぶん調子が戻ったわね、冗談ですよ」


 マセッタ様、色々と、本当に本当にありがとうございます。


「ということで、さっそく私は帝国へ向かおうと思います。マセッタ様はアルテ様の再教育が終わったらどうするんですか?」


「そうね、イグラシアン皇国がおかしくなってしまった歴史的経緯について、リザとリアに協力させながら、もう少し深く調べてみます。その為にも、ナナセ様の代わりに学園で歴史の教師を担当するのは合理的だわ」


「なるほど、さすがマセッタ様です」


 マセッタ様は常に一石二鳥を狙ってる感じなので感心してしまう。結局、私はポーの町の現況調査から戻った翌日、今度は忙しくベルシァ帝国へ向かうことになった。


 アルテ様、もうちょっと待っててね。


 記憶、必ず見つけ出してくるからさ。



 私はルナ君からペリコをお借りすると、昼すぎに部屋の窓からベルシァ帝国を目指して飛び立った。ひとまずイスカちゃんの廃墟の城にいるピステロ様の所で詳しい話を聞いてから、グレイス神国を経由して向かうつもりだ。


「ピステロ様、なんかまとめ役をやってくれてるようで色々ありがとうございます。あれ?サギリとレイヴ、ここにいたんだ」


「かーかー(ぽりぽり)」

「きょわー(ぽりぽり)」

「美味いか、そうか。」


 私のお手紙を運んでくれたサギリと、アデレちゃんのお手紙を運んできたレイヴが、二匹揃って仲良くピステロ様に餌付けされていた。


「小娘ナナセよ、例の奇妙な亀・ウェィノには城の調査を手伝わせておる。水抜きが済んでおらぬ南側の地下通路を泳いで通過できるが為、その先から登った小部屋を調査させるのに適任であった。」


 上野さん、なんかイタリア風な呼び名になってる。やっぱ日本語の発音って難しいんだね。


「おおー!さすが亀さん。なんか見つかりました?」


「当時の水夫が残した海図や航海日誌らしきものを保管してある部屋があるようだが、亀ではそれ以上のことはわからぬようであるの。」


「へぇー、歴史の先生的にはすごく興味があります。私、今から帝国に行ってきますけど、戻ったら今度はお城の隠し部屋探索したいですね。マス=クリスの害虫駆除が終わってるならですけど・・・」


「城は逃げぬ。そう慌てず、まずはアルテミスの記憶を取り戻すことに専念せよ。我は女王とも連携し、諜報員の二人をイグラシアン皇国へ潜入させる準備を進めている。」


「ああそうでした、なんか共和国の首都ベルサイアに怪しい人が増えてるみたいなんで、まさしくタル=クリスとマス=クリスの出番ですよ。さすがピステロ様は本当に頼りになります、ありがとうございます!」


「あまり褒めるな。重力えんじんもそうだが、我は小娘ナナセの奇抜な考えを具現化しているだけである。」


「それが頼りになるってことです!ホントにありがとうございます!」


 廃墟のお城の修復作業はずいぶん進んでいるようで、ピステロ様とお話をしている横を獣人たちが「領主様ちわっす!」とか言いながら重そうな石材をせっせと運んでいた。やっぱ施工管理士が有能だと工事の進み具合が違う。


 この後ナプレ市へ立ち寄って、ブルネリオさんに「ベルサイアの住民管理をナゼル風にするためラフィール様とオルネライオ様を助けてあげて下さい」と伝えに来た。マセッタ様がどうしてもブルネリオさんに頭を下げたくない、とか言ってたからしょうがない。国政に私怨を挟まないで欲しいけどそんなこと言えない。


「護衛とか侍女とかに大幅な人員配置の変更があったみたいですし、ナプレ市のことが落ち着いてからで良いですからね」


「それでしたら問題ありませんよ、カルヴァスが非常によくやってくれています」


「カルヴァス君が活躍してくれてるの、なんか嬉しいです!よろしくお願いします!」


 だいたいの用件が済んで出発しようとしたら、今度はレオナルドにつかまった。


「折り入って言うようなことではないのだが・・・ナナセよ、これからもアデレードを助けてやってくれ」


「急にどうしたんですか?なんかあったんですか?」


「実はな・・・かくかくしかじか・・・ということで、例の廃墟の城をグレイス神国との貿易拠点にしてアデレード商会に管理させろなどと甘いことを抜かしていたので、思わず徹底的に言い負かしてしまった。まったくもって私の言っていることが何もかも正しいはずなのだが・・・どうにもこうにもモヤモヤが晴れなくてな」


「あはは、やっぱお父さんなんですねぇ。ナナセカンパニーはアデレード商会と徹底抗戦っていう体裁の方がお互いのためだと思うんで、それで良かったんじゃないですか。それに、企業というものは成長し続けなきゃならないんですから、きっと敵がいないと手を抜いちゃって成長が止まっちゃいますよ。まあアデレちゃんならレオナルドさんによく似て商魂たくましいですから、きっと今頃、帝国で何か別のもの見つけて頑張ってるんじゃないですか?」


「そうだと良いのだがな・・・」


「別に口に出さなくてもいいですから、心の中で応援してあげて下さい。いつになるかまではわかりませんけど、そういうのって必ず伝わりますから!」


「あいも変わらず、ナナセは良いことを言うな・・・」


 この異世界は魔子に乗っけて感情をぶつけることができる。レオナルドにはローゼリアさんから受け継いだ魔法の才能があるから、想いは必ず伝わるはずだ。



 私はナプレ市からサギリとレイヴを引き連れ、夕方くらいに南端のモルレウ港へ到着した。初夏の日差しはけっこう強く、私もペリコも暑さにやられていた。


「あづいー、フランジェリカさんお久しぶりですーー。あれ、ガリアリーノさんいないんですか」


「ナナセ様、ようこそお立ち寄り下さりました。ガリアリーノはナゼルの町のお酒を大量に積んだ船でグレイス神国へ向かいましたよ」


「おお!レオナルドさんにお願いしといたお酒の第一便ですね!ところで、そのゆったりとした服装といい、足元を冷やさないようにしてる感じといい・・・」


「ふふふ、お察しの通りです。子を授かったの」


「やったぁ!おめでとうございます!」


「生まれてくる子の名は、仲介人であるナナセ様に付けてもらいたいと思っていたのですよ」


「おおー!それは光栄です!私、名前付けるのとか大好きなんです!男の子だったらゲレゲレ!女の子ならレイ!」


 頭の中で「ナナセ三か条に抵触しています」というロベルタさんっぽい警告機械音声が響いた気がする。フランジェリカさんがめちゃめちゃ微妙な顔をしている。


「げれげれ、でございますか・・・」


「っていうのは冗談で・・・なんか素敵な名前を考えておきますね」


「よろしくお願いします、ナナセ様」


 モルレウ港では少し仮眠を取るだけにして、私たちは夜中に飛び立った。なぜかと言えば夏の日差しがあまりにも暑すぎるので、これから先に待っている砂漠地帯なんかは地獄かもしれないと考え、できるだけ夜のうちに移動することにしたのだ。昼夜逆転しちゃうけどしょうがないね。



 朝方グレイス神国に到着すると、まずはパルフェノス神殿にいるアギオル様にごあいさつへ向かった。前回会った時はボロ泣きしながら記憶を無くしたアルテ様を連れて、ろくなあいさつもせず王都へ帰っちゃったので、なんだか顔を会わせるのが恥ずかしかったけど、私が元気になった様子を見て安心してくれた。


 その後はレオナルドとガリアリーノさんの貿易船が到着した際の手続きを確認したり、ハルタク事業を任せてるジュピトリウスさんの様子を見に行ったりとけっこう忙しく飛び回り、昼すぎくらいに神殿へ戻ってから日が落ちるまで眠らせてもらった。


「ナナセさん、このような暗い中に出発するのは危険では?」


「馬とかで走るなら暗くてコケる可能性がありますけど、空に障害物なんてないから安全ですよ」


「そうですね、しかし心配は尽きません。神都から王の道方面へ向かった先に、以前私とアイシャールが住んでいた集落がございます。今は無人の廃墟となっていると思いますが、井戸もありますし、神殿内であれば一息つくことも可能かと思います。そこから先の旅路は休憩所が点在する王の道の上空を進まれることをお勧めしますよ」


「色々ありがとうございますアギオル様。帰りにまた寄りますね!」


「旅のご無事を祈っております、ナナセさんに神のご加護があらんことを」


 グレイス神国の新都アスィーナから南東へ伸びる街道を上空からなぞるように進むと、わりとすぐに明かりが見えてきた。


「あ、あそこがアギオル様が住んでた集落かな。でも無人の廃墟って言ってたのに明かりがついてるねぇ。誰か住んでるのかな、降りても危なくないかな」


「ぐわぁ・・・」

「きょわぁ・・・」


 ペリコとサギリは私と一緒で慎重な感じだ。


「そうだよねぇ、盗賊のアジトとかになってたら嫌だよねぇ」


「かぁー!かぁー!かぁー!」


「どしたの?レイヴ、あそこ寄りたいの?」


「かぁっ!」


 しかし、レイヴだけが何度かカーカー泣きながら先行して明かりの方へ行ってしまった。


「ちょっとちょっと!レイヴ!大丈夫なの!?」


 私とペリコとサギリは警戒しながら降りていくと、どうやら明かりがついていたのは神殿らしき立派な石造りの建物で、中には大勢の人がいる様子だった。


「レイヴを信じて入ってみますかぁ(コンコン)おじゃましまぁーす!・・・って、何この状況」


 その神殿の内部では、盛大な宴が繰り広げられていた。



── 第十二章 先生ナナセの引きこもり 完 ──





あとがき

12章はずいぶん長くなってしまいました。最後の2話なんて駆け足でしたね。呪い、王国北部の街、帝国の歴史など、色々と盛りだくさんで、それなりに自信を持ってお送りできたのではないかと自負しています。超ざっくりまとめると、とにかくナナセお姉ちゃんに任せちゃ駄目な章でした。


最初は、書いてる本人ですらどうなっちゃうのかと不安でしたが、マセッタ様とリザちゃんに助けてもらってなんとか復活。シン・アルテ様とも仲良しになり直せたようですし、ナナセさんにはこれからも元気に頑張ってもらいたいです。


次章では、イナリ隊長のグループ、アデレード隊長のグループ、そしてナナセさん、偶然か必然か、廃墟の神殿に集合してしまった仲間たちと共にベルシァ帝国へ向かいます。


こういうの群像劇って言うんですかね、前からやってみたかったのですが、思っていたような「繋がった!」感は出せませんでした。残念。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る