12の38 お姫様と女神様
こめかみに青筋を立て、頬をピクピクと引きつらせながらお説教をするアレクシスさんにペコペコ頭を下げ続けている。少しだけ、アルテ様が可哀想だったからと言い訳したらなおさら怒られたのでもう何も言えない。
「ともかく、着替えが終わったら女王陛下へ報告に向かうように。緊急の会議をされておられるので、ナナセ様も参加すべきです」
「わかりました、なんかごめんなさいです」
旅行から戻ってまずはアルテ様とのんびりお風呂に入りたかったけど、なんかそういう感じじゃなくなっちゃったので、オリーブオイルまみれのアルテ様を一生懸命洗ってから、慌てて女王様の執務室へ向かった。
「(コンコン)失礼しまぁす、アレクシスさんに緊急の会議やってるって聞いたのですが・・・」
「あらナナセ様、無事に戻られたのね、ゆっくりできたのかしら」
「リザちゃんのおかげで元気になりました!」
「肩の荷を下ろすことできたのね、ふふっ」
「リザちゃん、マセッタ様からお願いされたって言ってました。色々と配慮して下さってありがとうございます」
ひとまずマセッタ様へのお礼を済ませてから、そこにいたソラ君とティナちゃん、アンドレおじさんとロベルタさんとアルメオさんにもペコペコと頭を下げて回った。緊急の会議を長く中断させるわけにもいかないので、ごあいさつは手短にして私も席についた。
「ナナセ様がいらっしゃったので、ここまでの話をアルメオにまとめて説明してもらいます」
「わかりました」
アルメオさんの説明によると、議題はベルサイア共和国に滞在しているオルネライオ様からの知らせによるものだった。とはいえ、これといって急を要するようなことはなく、現状の報告みたいなものだ。
現在のベルサイア共和国はブルネリオさんの弟さんであるラフィール様という人が、ベルサイア町長から国家元首代理という立場に昇格したものの、これと言って大きな変化をさせたわけではなく、今までの領地の運営とさほど変わっていないそうだ。ただ、王国の属国みたいな扱いとはいえ、王国の直轄領でなくなったことにより、むしろイグラシアン皇国からの「狙われ度」みたいなものが高まってしまっているらしい。
「オルネライオ様は当面は心配ないと書状には記載してます。気がかりなことと言えば、潜入捜査員らしき人物が増えたくらいですね。ただ、それも確証があるわけではなく、何かトラブルを起こすわけでもなく、共和国民として滞りなく納税も行っているそうです」
「もしかしたら、国を分けてしまったのは失策だったのかもしれませんねぇ。私たち王国の役人が手を出しづらくなった感じがします。ベルサイアもナゼルの町とかナプレ市でやってるような細かい住民管理をさせた方が良いかもしれませんね、ひとまず国勢調査です」
「そうね、そのあたりはナプレ市が落ち着いてきたことですし、実弟と実子を助ける意味でもブルネリオにお願いしてしまおうかしら。王都から目が届かないとはいえ、現地にいるラフィールとオルネライオの判断に任せきりにしてしまうのは良くないわね」
「なるほど、ブルネリオさんならどうにか上手くやってくれそうですね。ところでマセッタ様、オルネライオ様ってちょこちょこ連絡してきてたんですか?なんか私、学園の先生とかでバタバタしてて、そっち方面のことすっかり忘れてました、ごめんなさいです」
「酷いものよ、あれから半年以上が経ちましたけれど、今回受け取った書状が二通目ね」
「マセッタ様の方からは、その間に色々送ってたんですか?」
「言われてみれば、私も一通しか送っていないわね。これではオルネライオのことなど悪く言えないわ、ふふっ」
「まあ、それだけマセッタ様とオルネライオ様の間に信頼関係があるってことなんでしょうけど・・・便りのないのはよい便りって言いますし、しばらく心配なさそうですね」
「ナナセ様とアルテ様の方がよほど心配ね」
「私はもう大丈夫です!たぶんですけど!」
一通り会議が終わってからマセッタ様と一緒にゼノアさんの部屋へ戻りながら、命令されていたポーの町の現況調査について簡単な報告をした。けっこう頑張って詳細に作成した報告書には興味がないようで、アルメオさんに提出すればいいと言われてしまった。
「・・・ということで、ポーの町とヴィンサントの町の若い子を集めて学園作ることにしました」
「驚きました。きっとナナセ様であればきっと美味しいハムを増産して下さると思っていましたけれど、そのための礎の方を作って戻ってくることまでは予測できていなかったわ」
「サンジョルジォ様なんだか暇そうだったんで。今後は葡萄酒もヴィンサントの牛もポーのイノシシも、王国全土にどんどん流通させるようにします。あ、そうだ、マルセイ港とその先の河沿いにある集落をナプレの港並に開発するって話をパスティ港長さんとまとめてきたんで、傾いてる変な塔があったあたりの港からポーの町までの陸路や、マルセイ港の先にある河川沿いの集落っていう所からベルサイアまでの陸路なんかもしっかり確保できると思います。これはさすがに建築隊の人たちにもお願いしないとできないので、完成するまで時間かかっちゃうと思いますけど、かなり大掛かりな事業になりますね」
「すごいわね、この短期間でそのようなことまでも・・・お父様はようやくお母様との平穏な老後生活を手に入れたのに、ナナセ様にお尻を叩かれてしまったのね、ふふっ」
「なんかサンジョルジォ様とお話してたら、チェルバリオ村長さんのことたくさん思い出しちゃって・・・」
「今までナゼルの町だけだったものが、王国全土へと規模が広がってしまったようね。これでは余計にナナセ様が多忙になってしまうわ」
「美味しい食材のためなら頑張れます!」
「それはそうと、ナナセ様が現況調査に向かっている間、ピストゥレッロ様から帝国についての報告があったわ」
「ああ、イナリちゃんとアデレちゃんがあっち方面に行ってるんですっけ」
「アデレード様は分裂してしまった帝国を救い、なおかつ友好的な国交を結んできてしまったそうよ。詳しいことまではわかりませんけれど、王国にとって喜ばしいことだわ」
アデレちゃんのグループは色々と手広くやっているようだ。分裂していた帝国を統一っていうのがどういうことなのかよくわからないけど、なんかとにかく平和的に解決したらしい。一瞬、アデレちゃんがブチギレてアイシャ姫と一緒にぐさぐさぐりぐりしながら暴力的に解決しちゃったんじゃないかと思ったけど、そうじゃないことを祈る。
さらにアデレちゃんとアイシャ姫だけでなく、ベルおばあちゃんの活躍により、固体魔法の紡ぎ手にも会うことができたそうで、そこには亡くなったと思われていたアイシャ姫のお母さんまでいたらしい。
「さすが次期皇帝!それこそこんな短期間ですごいじゃないですか」
「イナリ様のグループも多くの収穫があったようだわ」
イナリちゃんのグループはもっとすごかった。学園があるからと言って先に王国へ戻ってきたリアちゃんがピステロ様に色々と報告した内容によると、グレイス神国の南にある集落で液体魔法の紡ぎ手を発見しただけでなく、砂漠の神様とかいうすごい人とも知り合い、さらに行方不明だった帝国皇帝、つまりアイシャ姫のお父さんを引き連れ、東の方角へ新たな旅に出たそうだ。
「これでベルシァ帝国親子勢ぞろいじゃないですか!」
「そのようね。ピストゥレッロ様いわく、ナナセ様も早急に帝国へ向かった方が良いでのはないかと言っていたわ。それと「不思議な亀は我が面倒を見ているから安心しろ」と」
「ああ、亀さんのことすっかり忘れてました。なんかもう、ずっと気になってたようなことが一気に押し寄せて来ちゃいましたねぇ・・・私、学園の先生を放置するわけにも行きませんし、アルテ様のことも気になりますし、この場で今すぐ判断できません」
「今夜はアルテ様とお二人でゆっくりして、しっかり準備をしてから帝国へ向かってみてはどうかしら?学園の歴史の授業は私が受け持つわ」
「そうですねぇ・・・さっきアルテ様とあんまりお話できなかったんで、その後に決めようと思います」
そうこう話しているうちにゼノアさんの鍵付き部屋へ戻ってくると、アルテ様にはお風呂上がりにヴィンサント産のビンテージ葡萄酒を出しておいたので、メソメソしていたはずが、すっかりご機嫌になっていた。良かった。
「マセッタ様とアルテ様、ちょっと待ってて下さいね。さっき王都の港であんこ貰ってきたから、お菓子作ってきます」
「おやつなのね!どうしましょう!早く作って!ナナセお姫様っ!」
「あら、良かったじゃないアルテ様、おやつが無いと言って泣いていたものね」
「えっ?泣くほど過酷なダイエットでもしてたんですか?」
「アレクシス様が行っている教育の一環らしいわ」
アレクシスさんの教育って女性の体型にまで厳しいのかな。
「あのねナナセお姫様、わたくし神としての自覚が足りないとアレクシス様にたくさんお説教されてしまったの」
「そんな自覚、前から無いじゃないですかぁ・・・イナリちゃんとかペリコとか、あとたぶん創造神も」
「早く早く!(ゆさゆさ)」
よくわからない理由でおやつ禁止だった様子のアルテ様が今か今かと瞳を輝かせているので、急いであんこのお菓子を作り始める。私はアルテ様のゆさゆさに弱い。とはいえ、あまり扱い慣れていない和風な感じの食材なので、すぐに作れるお菓子が思い浮かばなかった。
苦肉の策でクレープ生地をササッと焼いてから果実と一緒にくるくる巻いたやつを作ってみた。お皿にたくさん並べて部屋へ戻ると、マセッタ様まで一緒になって高級葡萄酒を飲みながらご機嫌になっていた。この人たち私が旅行に行ってる間、たぶんこんな感じでずっと酒盛りしてたんだろうね。
「はい、あんこと果実のクレープです。これはポーの町とかのお土産じゃなくて、王都の港でリノアおばあちゃんから色々と教わってるエマちゃんとアンジェちゃんが分けてくれたんですよ」
「見た目とはずいぶん違った味わいなのね、とても美味しいわ」
「ナナセお姫様!わたくしこれ気に入ったわ!」
「ありがとうございます!」
この後マセッタ様は私に気を使って夫婦の寝室へ消えていったので、久しぶりにアルテ様と二人きりでベッドへ潜り込んだ。どうやら私が旅行から戻ってくるのを心待ちにしてくれていたようで、寝っ転がりながら手足を絡みつけてきた。ほろ酔いアルテ様は可愛い。
「わたくし、ナナセお姫様の大ファンになってしまったの!」
「あー、マセッタ様から色々と聞いたんですね。でもそれ、私の物語ってだけじゃなく、アルテ様の物語でもあったんじゃないですか?」
「物語の中のアルテミスはドジっ子女神様だったわ、なんだかとても残念な気持ちになってしまいました。けれども、いつもいつもナナセお姫様が助けてくれるから、とても羨ましかったのよ!」
「助けてもらってたのは私の方ですよ、いつもいつもアルテ様が優しく抱きしめてくれてたから、次の日になればどんなことでも頑張れたんです」
「本当は甘えん坊の町長さんですものね、うふふっ」
「はい、町長とか王族とか領主様とか、あと最近だとがっこの先生とか、みんなの前ではきちんとしなきゃって肩肘を張っているつもりですけど、それもこれもアルテ様が甘えさせてくれるからできたんです」
「ナナセお姫様はたくさんのお仕事をしていてすごいわ。今のわたくしは何もできないので、養って貰わないと生きていけません」
「養います!一生養いますから!だからこれからも甘えさせて下さい!」
「わたくしも、これからは甘えていい?」
「もちろんですよ、お互い甘やかしあって過ごすのもいいかもしれませんね。アレクシスさんに叱られない程度に・・・」
「甘いものも食べさせてくれる?」
「もちろんです!一生甘々生活ですよ!」
「うふふっ、ずっと一緒にいて下さいねナナセお姫様っ!(きゅっ)」
オリーブオイルによる保湿効果だろうか、アルテ様のお肌がすべすべつやつやしていて、むにむにほっぺが気持ちいい。前までとは少し様相の違うシン・アルテ様に両手両足を絡みつけられながら、この日はとても穏やかな気持ちで眠りについた。
最初は変化を受け入れることができなかった私だけど、マセッタ様が作ってくれた時間を置いてみたらずいぶん大丈夫になった。それに、まだアルテ様の記憶が戻らないって決まったわけじゃないし、明日からの私はもっともっと頑張らなきゃ。
これからもずっと一緒にいてね、アルテ様zzz
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